今年10月からニューヨーク市の一部の地区では、家庭の「生ゴミ」と「一般ゴミ」の分別を義務付ける条例が実施されている。市内から排出される年間1400万トンの3分の1は、生ゴミなどの有機廃棄物で、そこから発生するメタンなどの温室効果ガスを削減することが目的だ。
来年の10月までに、実施地区を拡大し市内全域で分別の義務化が施行される予定だが、分別が徹底されると多くの生ゴミが出ることになる。この大量の生ゴミを利用して、再生可能エネルギーの生産に取り組むスタートアップに話を聞いた。
マンハッタンからイースト・リバーを挟んだ対岸にあるブルックリン・ネイビー・ヤード。ここには数多くのスタートアップが集まっている。
黒船来航で知られるペリー提督も施設長を勤めたことのある、かつての海軍造船所の跡地に、ニューヨーク市は西海岸のシリコン・バレーに対抗すべく、10年ほど前からインキュベーション施設群を運営してきた。
この敷地内には、200以上のスタートアップが集まっており、そのなかの施設のひとつNewlabは環境問題に取り組むプロジェクトが多いことでも有名だ。
この施設に通うマニッサ・ウィジェシンハ・ネルキン氏(33)は、同僚と「Zero Day」を立ち上げ、4月から次世代型ゴミ箱の開発に取り組んでいる。
高さ90センチ奥行き横幅ともに30センチほどの外見は、ただの箱のようであるが、中にはごみを粉砕するシュレッダー、そして廃棄物から空気を抜き真空状態にしてパッケージ化する機能がついている。
一度に最大約7〜9キロの生ゴミの処理が可能で、3つのブロック状のパッケージが箱内にたまると利用者のスマートフォンなどに通知が送られ、箱の下の部分から取り出す仕組みである。
ロボット掃除機などと同じく「消費者用ロボット」と位置づける。このゴミ箱には3つの特徴があるとマニッサ氏は説明する。
ひとつめは、粉砕した生ゴミを包む気泡緩衝シート(いわゆるプチプチ)にバイオ素材を使用し、すべてをそのまま焼却することができる。また、包んだゴミが漏れない工夫も凝らしている。現在のゴミ袋はほとんどがプラスチックを使っていて、焼却時に有毒なガスを発するが、その心配がないという。
ふたつめは、ゴミを包むシートの強度。ニューヨークの街を歩いていると、生ゴミを漁るネズミなどを目にすることがあるが、このバイオ素材を使用したシートは強度が高く、ネズミなどに破られることがないという。そして最後に、生ゴミから発生される匂いを抑える機能があるという。
将来的には、このパッケージ化されたブロック状のゴミをニューヨーク市が回収し、生ゴミから発生するメタンをバイオガスに変換する施設に送り、再生エネルギーとしての使用が可能になるとマニッサ氏は語る。
現段階では州外の再生エネルギー施設を使って、パッケージ化された生ゴミをバイオガスに変換する作業を行っているが、パッケージ化することによって生ゴミとその他のごみの分別をする手間が省け、作業の効率性が高まっていると同氏は説明する。
シンプルで、一見アート・オブジェのようなこのゴミ箱は、「Forest(森林)」と命名する予定で、来年10月までには商品化したいとマニッサ氏は語った。
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ところで、前述の通りニューヨーク市は、1990年代からテック系企業やスタートアップの誘致に力を注ぎ、マンハッタン地区を中心とした「シリコン・アレー(路地)」を拡大してきた。それが今ではお隣のブルックリン地区やニュージャージー州まで広まっており、全米第2のテック・ハブとしても注目を集めている。
さらにニューヨーク市は起業家の多様化を図るため、2022年に人種マイノリティーや女性起業家を援助する「Founder Fellowship」を設立した。今年で2年目となるフェローシップには150万ドル(約2億円)が費やされ、マニッサ氏は今年2月にそのフェローの1人として選ばれて、4月からプログラムに参加している。
約7800平方メートルあるかつての造船工場を改築して、2016年に建てられたNewlab内には、いくつもの作業用デスクや会議室が並び、マニッサ氏はフェローとして1年間そこを自由に使うことができるという。フェローには専属のアドバイザーが付けられ、起業や資金集めに関するアドバイスが受けられる。さらにスタートアップ向けのワークショップ、投資家とのネットワーキング・イベントなどにも無料で参加したりすることができる。
Newlabの特徴は、施設内に製品のプロトタイプなどを製造する工房が設置されているところにあると同氏は語る。
アメリカの大学を卒業後、いくつものIT企業で仕事をしてきたマニッサ氏によると、ニューヨークのスタートアップを取り巻く環境は、シリコンバレー系のIT企業に比べて男性中心の仕事場ではなく、「ここでは自分がアウトサイダー(部外者)と感じることはありません」と語った。
スリランカのコロンボで生まれ育ったマニッサ氏は、地元の高校を卒業後、18歳で奨学金を得てシカゴの大学に進学した。それまで海外経験がなく、ほぼ独学で英語を学んだ同氏は、アメリカに引っ越した当初は「英語を話すことができても、聞き取ることが非常に大変だった」と当時を振り返る。
大学卒業後にはIT企業に就職し、テック系スタートアップ数社で計7年間ほど働いて資金を貯めた後、イギリスのビジネス・スクールに進学。その際に「起業」と「サステイナビリティー」というテーマに目覚めたという。
アメリカのIT企業の給与には満足していたものの、「社会的な意義が感じられない」としてマニッサ氏は自身で起業することを決意。
スリランカで暮らしていた当時に通学途中で目にしたゴミの山、そしてその強烈な匂いが頭から離れず、「この社会からごみをゼロにしたい」という強い思いを抱き、オンライン・コミュニティーで意気投合したアメリカ人のマット・ハウザー氏(30)と一緒に2022年末にゼロ・デイを起業した。
マニッサ氏によると、今年末までにNewlab内、そしてニューヨーク市の関連施設や商業施設などに試験的に「フォレスト」を設置し、生ゴミの回収を開始する予定だという。
現在の大きな課題は、数多くのサステナビリティー関連のスタートアップ、特にゴミの問題は今注目が集まっているため、いかにして他社の一歩先を行くかだ。
筆者がマニッサ氏に「海外からアメリカを目指す起業家へのアドバイス」を尋ねたところ、「アメリカで起業したいなら、まずは英語の本を読んだり、映画を観たりでもいいから、英語をしっかりと勉強すること」。
そして、「女性だからといって軽視する人間がいても気にせず、関わらないこと。それが、自分自身で創業したスタートアップで働くことのいい部分です」と同氏は笑顔で答えた。
2歳になる息子を育てながら自分の目標に向かって進むマニッサ氏に接して、さまざまな国、文化から人々があつまるニューヨークという街の底力を改めて強く感じた。