web3の時代の新しい組織形態として「DAO(自律分散型組織)」がにわかに注目を集めたのは2022年上半期のこと。いくつかのDAO導入プロジェクトが立ち上がり、またDAOの適用を検討した組織も数多くあったが、それから1年あまりが経過した。DAOは、未だ法的な位置づけが明確ではない部分もあり、また「容易に組成できる」とはいうものの、参加者にはトークンや専用のツールに関する知識が求められる。
そういったことから相変わらず“少し敷居が高い感”のあるDAOだが、中には自律的に運営が回りはじめたDAOもある。そのひとつが東京の神楽坂にある「RooptDAO」だ。このプロジェクトでは、シェアハウスの運営会社とその利用者などが参加するDAOによってシェアハウスの運営が行われている。
東京メトロ東西線神楽坂の駅近くにある、昭和の雰囲気が漂う戸建て民家を、オーナーから借上げシェアハウス兼コワーキング施設として提供しているのは、石巻市などで複数のシェアハウスを運営している株式会社巻組だ。この物件、当初は同社の他のシェアハウス同様に自社で管理、運営を行っていたが、1年ほど前からDAOのコンサルティングや実務支援を提供する株式会社ガイアックスのサポートを得て、DAOでの運営に切り替えた。
このプロジェクトでは、NFT『Roopt NFT Kagurazaka』(1トークン3万円)を発行しており、これを保有しているとDAOでの提案や投票が可能になるほか、施設の賃料や利用料として消費することができる。これとは別に、シェアハウスの管理・維持などに貢献した場合に付与されるトークンもあり、これが入居者が自主的に物件管理に関わる動機となっている。
また、シェアハウスの維持費の一部として年間100万円の予算がDAOに供されており、その使い道はDAOでの議論・投票により決定される。
DAOでの運営から1年あまりが経過した10月11日に、DAO化の成果を報告する記者発表会が現地で行われた。この1年間の実績を説明した株式会社巻組代表取締役の渡邊亮子(わたなべきょうこ)氏によると、DAOを導入したことで、物件への注目が高まり稼働率・定着率が上昇。売上も当初想定の1.7倍になったという。また、入居者が自主的に運営に関わることで、物件の運営コストが低減した。
シェアハウス運営にあたっては、管理会社の定期的な訪問・巡回が必要となるが、居住者が自主的に管理を行っているので、その頻度は激減。また庭の草むしりや、共有部分の清掃などにはインセンティブが設定されているため入居者が自ら率先して行うので、維持管理費も大幅に減った。こうした入居者の稼働は1年間で205時間におよび、これはこの規模の物件の場合、約4年分の清掃外注時間に等しい。
また、入居開始に先立ってトークンを販売し、コミュニケーションツールのDiscord上にコミュニティを準備した。これらもプラスに働いており、先行して入金があるため運営側に資金的な余裕ができた。また、外部からの参加者も含むコミュニティ(9月15日現在Discord参加者は約430名)が活発に活動していることでハウスルールの決定や備品の選定などもスムーズに行われ、さらに、コミュニティには入居を検討する参加者も少なからずいるので、募集コストも節約できている。
このように神楽坂のRooptDAOが、一定の成果を得ることができたのはなぜだろう。
ガイアックスweb3事業本部コンサルティング責任者の廣渡裕介氏によると、DAO運営の“落とし穴”となるのは「参加者のモチベーションの低下」と「インセンティブ設計の不備」だという。それらに対して今回の取り組みは「自分たちの衣食住の場を作り出す」というわかりやすく、かつ飽きてしまうと自分たちが困ることになる目的があり、インセンティブとなるNFTの付与、消費についても様々な仕掛けをコミュニティから上手に生み出していることが成功の要因だと説明した。
実際、Discordをのぞいてみると、家電やコンポストなど共有備品の購入の相談や投票、入居希望者の内見対応を誰が担当するかの連絡などが盛んに行われている。DAOのフラットで開放的な議論の場と、DAOのために確保された予算が存在することで、入居者側が裁量をもって自主的に自分たちの“家”を運営することができ、それが住民の満足度につながっている様子がうかがえた。
“落とし穴”に落ちることなく順調に運営されている神楽坂のRooptDAOだが、こうした運用は他所でも可能なのだろうか?
神楽坂のRooptDAOには、建物にも集まる人にも特徴がある。この物件は賃貸物件には珍しくある程度のDIYが許されており、鍵をスマートキーに取り替えたり、庭木の剪定をしたりなどが自由にできるので、そうした部分で入居者があれこれとやり取りし、工夫を凝らす楽しみの余地がある。
またドミトリー形式のシェアハウスで、DAOというイノベーティブな仕組みを取り入れているので当然のことだが、入居者は20代・30代が中心だ。上の世代に比べると、ネット上でのコミュニケーションが上手く、さらにこのDAOの参加者はおそらく同世代の中でも情報感度や目的意識も高く、自立・自治への意識も強い。実際、入居者の貢献に対するインセンティブ設計など、驚くほど詳細にルール化されており、そこに至るコミュニケーション能力や合意形成能力の高さは誰にでもすぐ真似できるというものではなさそうだ。DAOというフィルターをかけたことで、入居者の良い意味での同質性が高まり、それがモチベーション高く運営できる要因のひとつとなっている様子がうかがえる。
シェアハウスの運営ばかりでなく、入居者が自主的に管理するということではマンションの管理組合などもDAO化できる可能性がある。しかし、上記のようにDAOがうまく回るには、現時点では参加者の自治の意識とデジタルツールに対するリテラシーがある程度高いことが要求される。入居者の中に少なからず高齢者を含む共同住宅の管理組合をDAOで運営することは現時点では難しいだろう。
「無理にDAOなんて導入せずとも」という意見もあると思うが、DAOはその仕組み上、住民間のコミュニケーションを必要とする。コミュニティの充実は住民の満足度を上げ、独居高齢世帯の孤立を防ぐ手立てにもなるだろう。また、不透明になりがちな意思決定のプロセスや、管理、改修コストの透明化が図れるということでもDAOのメリットは大きく、DAOで運営することで物件の資産価値が上がることも考えられる。
DAO導入を推進するガイアックス廣渡氏は、RooptDAOの成果をふまえたさらなる展望として、ルールやインセンティブ実行の自動化を上げていた。ユースケースが増えれば、技術開発やノウハウの蓄積が進み課題はすこしずつ解決されていく。現時点では難しいと思われる組織のDAOが可能になる日も来るだろう。神楽坂のRooptDAOの成果がより大きなものにつながることを期待したい。