「Maker Faire」はDIYのお祭りだ。「メーカー(maker)」=「大量生産を行う製造業」に対して、「メイカー(MAKER)」=「自分のアイデアでハードウェアを自作する愛好家」という定義のもと、多様なDIY祭りが世界120都市ほどで行われていたが、2019年、「Maker Faire」のブランドを保持していた米国のMaker Media社が経営破綻した。さらに2020〜2022年の3年間、世界はコロナ禍に見舞われ、イベントの開催すら難しくなった。
現在「Maker Faire」というブランドはアメリカのMake:Community社が引き継いでいる。(世界のMaker Faire)日本のオライリー・ジャパンなど、各地のオーガナイザーは、同社に申請し、ライセンスフィーを払ってイベントを開催している。
2023年は、世界数十か所で開催された。Maker Faireの名前を冠さない独自のDIYイベントも増え始め、世界中でDIYのお祭りは再開に向かっている。
Maker Faireメイカームーブメントは、あくまで個人の好奇心で駆動されるものであるが、教育効果やスタートアップ支援、技術開発など、様々な役割も果たしてきた。筆者はこれまで40都市でのべ150近いメイカーイベントに参加してきた。おそらく世界一だと思われるが、どのイベントも、その街や国のテクノロジーとの付き合い方が見られて興味深い。
2023年はランシット(タイ)・上海・京都・東京・ベイエリア(アメリカ)・深セン・台北と、4カ国7都市のMaker Faireに参加してきた。それぞれのフェアに、各国のメイカーたちの役割が垣間見える。
本稿では、筆者が体験してきた各国のMaker Faireについて、4つの役割に分類してみた。その違いを次に紹介する。
1.メイカーの楽しみを共有、最大化。新しいメイカーを呼び込む(ベイエリア/上海)
Maker Faireの最大の価値がこれだ。
アメリカ・ベイエリアのMaker Faireでは、スチームパンク風の巨大なオブジェが目立った。これらの作者は、ネバタ州で開催される「バーニング・マン」などのイベントで活躍するプロ、セミプロのアーティストや手品師などで、テクノロジー的には特記するものではない。有名な「メントス・コーラ」ショー(編注コーラの中にメントスを入れるコーラが噴出する現象)が今年も行われていたが、2012年で見たものとあまり変化はなかった。
ベイエリアの「大規模で派手なアートが見られるが、技術に秀でているわけでも、毎年進化しているわけではない」というのは、コロナ前から見られた傾向だ。
港湾を舞台に、大きな出展物が並ぶ
半導体大手のインテルなどがスポンサーしていた頃は、テクノロジー企業やスタートアップのブースも多かったが、今年のスポンサーで半導体メーカーは、マイクロチップ・テクノロジーのみ。その他のスポンサーでテック系はParticle Industries, Inc. と当媒体でも過去に何度か紹介してきたM5Stack。他はレーザーカッターなどの企業が並ぶ。
イベントを取材しに来るメディアも、日本ではテックメディアだが、ベイエリアではサンフランシスコのローカル出来事を紹介するメディアだ。「お祭り」としては再開し、コスプレやスチームパンク趣味を支えるイベントではあるが、テクノロジー愛好家やスタートアップ色は年々薄くなっている。
機材や作品は自作なのでDIYのフェアであり、Maker Faire以外の場所で出会うのが難しいアート作品が集まっているという点でフェスとしての効果は高く、これもMaker Faireのゴールのひとつと言えるだろう。
発起人のデール・ダハティ氏と会場で話したところ、「来年も、もっと大規模にやりたいが、それはスポンサーの集まり具合によるので、自分たちでコントロールできるものでもない」と話していた。
上海のMaker Faireもイベント興行会社がオーガナイザーとなり、知育エンターテイメントショーとしての側面が目立ち、科学技術開発やスタートアップ、産業振興などの色は非常に薄いイベントになっていた。
電子工作中心のMaker Faire東京とはかなり異なるスタイルで、客層も親子連れやお年寄りなど、技術愛好家以外も目立つ。こちらもこれはこれでMaker Faireの姿だと言えるだろう。
2.メイカー教育、プロジェクトをシェアすることで、子供たちの創造性を引き出す(タイ・ランシット/台湾・台北)
正解が教科書に書いてある教育を超えて、ロボットコンテストや発明を行うプロジェクトなど、独自のアイデアや表現が必要になる教育は、STEAM教育(Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics )ともメイカー教育とも呼ばれる。こうした新しいスタイルの教育は、Maker Faireに期待される役割の大きな部分だ。
ベイエリアのMaker Faireでも、子供たち限定のスクールデイが設けられていた。上海や東京のMaker Faireでもスクール出展のゾーンがあるなど、どこのMaker Faireでも教育には配慮されているが、特にタイ・ランシットのMaker Faireは、フェアそのものが「WRC(World Robotics maker Challenge)」という学生向けロボット大会に付随して開催されており、教育への注力が目立つフェアとなっている。当媒体の記事でも紹介したことがある、タイは全国の中学高校にマイコンボードを配布し、大規模な発明コンテストを開催するなど、教育にメイカームーブメントを積極的に取り入れている。
教育関係者の出展が目立つMaker Faire Rangsit 2023
台北のMaker Faireも、メイカー教育を中心にした交流が目立つフェアとなっていた。50組ほどの出展の中で10組が香港の小中学校からで、それらはイギリスに本拠地を置く Micro:bit Educational Foundationがサポートするプロジェクトだ。
3.メイカーを相手にしたビジネス(深セン)
深センのMaker Faireは、個人よりも企業出展が目立つ珍しいMaker Faireだ。メイカー向けサービス企業のSeeedがイベントを立ち上げて、現在はNPOのChaihuo Makerに運営を委託しているが、実際は今もSeeedのメンバーがほとんどの運営をしている。
3Dプリンターのbamboo lab、プログラマブルなLEDのWorldSemi(「NeoPixel」というシリーズ名で有名)、やM5Stack、PCB製造サービスのJLCやElecrowなど、「メイカーが使うハードウェアやサービス」の企業が多く出展している。今年はイギリスからRaspberryPi FoundationのCEOのエベン・アプトン氏もブース展示に訪れた。
一方で、Maker Faire東京では出展者の最大勢力である「市井のメイカーやメイカーコミュニティ」はほとんど出展していない。大学や学校のプロジェクトも多く出展しているので、企業出展だけが目立つことはないが、メイカーを相手にした商売が目立つのは、深センに特徴的なキャラクターと言えるかもしれない。
4.メイカーたちの交流、DIYによる技術開発(東京)
こうして世界各地のフェアを見てみると、DIYの技術愛好家だけで多くの来場者が見込め、スポンサーも集まる「Maker Faire東京」は、世界的に見て特異なMaker Faireといえるかもしれない。
筆者はいくつかのMaker Faireで運営をサポートしているが、個別の声がけなどで出展者集めが大きな課題になっているフェアがほとんどで、多くのプロジェクトが落選通知に泣いているフェアは、自分の知る限り東京だけだ。
アイデアはシェアすることで、他人から魅力を見つけてもらう事ができ、強化されてもいくが、風変わりなアイデア・発明品は、シェアする場所を見つけることが難しい。
今でもMaker Faireでなければ披露されない発明品は多いし、そうした発明品が多いほど、Maker Faireそのものの価値も大きいと言える。そうしたことで言えば、東京は世界でもっとも価値の高いフェアかもしれない。個人のプロジェクトが製品開発につながる、起業につながる例も増えてきた。
日本の製造業は長らくヒット商品を出せずにいるが、Maker Faireへ出展しているメイカーたちの発想、技術、エネルギーを産業界とつなげることに、未来への道がありそうだ。