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CES2024で出会った英国スタートアップ 触れずに動かす技術はまるで“魔法”

CES2024でのAcoustoFab社の展示

CES2024でのAcoustoFab社の展示

CES会場内にも、100年の歴史をアピールするコンテンツが随所に見られた
100年の歴史をアピール

 CESを主催するCTA(Consumer Technology Association、全米民生技術協会)は、今年100年をむかえた。前身のラジオ工業会は1924年に設立されている。その後、電子機械工業会、民生用電子機器工業会と時代とともに変遷し、1999年にCEA(Consumer Electronics Association、全米家電協会) へと名称変更。さらに2015年にCTAとなった。「ラジオ」から「家電」を経て、「技術」へと変遷した名称の通り、サービス企業やB2Bのスタートアップなどを含め、広い範囲のテクノロジーをカバーする。

 ここ数年、CESにおけるスタートアップの存在感は増してきている。今回のCESでは、その製品、技術の市場投入はまだ先になりそうなものを含め、科学技術スタートアップが目立った。

まるで魔法 何もない空間に物体が浮遊し、映像が現れる

 筆者の本業は、開発機材の事業開発だ。新しいパートナーを見つけるために、広大なCES会場を片端から歩きまわり、小規模企業が集まるWEST GATEで、卓上工作機械の展示を見つけた。ロンドンのテクノロジースタートアップ、AcoustoFabのブースだ。そのデモは“魔法”のように何もない空間に物体を浮遊させていた。

CES2024でのAcoustoFabデモ

 空間に映像が出ている様子は、ホログラフCGのようだが、これは筆者のスマホで撮影した実写だ。空間の上下に超音波スピーカーが敷き詰められていて、音波で物体(この動画ではロケット型のスクリーン)を浮遊させている。浮遊したスクリーンについている再帰性反射材(※)でできた小さな球を赤外線カメラで画像検出し、奥のプロジェクタから映像をプロジェクションマッピングさせることで、何もない空間に映像を出現させて動かす、魔法のような効果を生んでいる。

 音声ノイズが聞こえるのは、スマホのマイクが超音波を拾っているためで、実際には音は聞こえない。映像にはもう一つ、コーヒーの液面を波立たせるデモも映っている。

筆者注(※)光がどのような方向から当たっても、光源に向かってそのまま反射するように光学的に工夫された材料で、画像認識によるモーションキャプチャーなどで使われる。

 面白い技術だと思いツイートをしたところ、筑波大の落合陽一准教授からすぐリプライがあり、デモしてくれた東洋人は英国ユニバーシティカレッジロンドン(UCL)で研究中の日本人研究者、平山竜士博士だと知った。(ブース訪問時は、お互いの名札も見ずに英語で話をしていた)そこで再びブースに戻り、詳しい話を聞いた。

 映像を浮遊させるのは、技術デモとして行なっており、実際の産業での応用としては工作機械を想定している。ゆえに「Fab」を社名に入れているとのこと。筆者の業務にも近そうだ。ちょうどCESのあとで、彼らの本社があるロンドンに出張する予定があったので、その場で訪問の約束をした。

音響技術が可能にする、物体に触れない試薬の混合

 AcoustoFabの製品は、まったく接触せずに物体を操作できる工作機械だ。

 超音波スピーカーを敷き詰め、それぞれのスピーカーを電子制御することで、フェーズドアレイ効果により触れることなく物体を浮かせ、任意の方向に操作することができる。これは2014年に公開され、400万再生を記録した落合陽一氏の有名な動画と原理的には同じものだ。

 Acoustic Levitationという技術名で検索すると、落合氏のほかにもいくつか研究事例が見つかる。スタートアップであるAcoustoFabは、研究段階から製品・サービスを提供することを想定して、必要なスピーカーを上下2方向(さらに上1方向だけ)に減らしたり、さらにより重いものを安定して浮かせるなど、多くの改良を加えている。

 音響で浮遊させて操作することで、何も触れずにコンタミネーション(意図しない異物の混入)の恐れなく、液体同士を「混ぜる」、「塗りつける」などの工作が可能で、バイオや製薬、材料などの業界で応用が期待される。

 AcoustoFabのデモ動画でも、00:35~あたりから、メディカルなどの領域での応用イメージが説明されている。ただしこの動画はイメージを伝えるためなので、CGや高速度撮影なども含まれている。

UCLの大学発スタートアップAcoustoFab

 AcoustoFabの住所は、世界大学ランキングの常連校でイギリス屈指の名門UCL(University College London)コンピュータサイエンス科のラボラトリに置かれている。まだ従業員もおらず、全員がUCLの研究者である創業チームが研究のかたわら、プロダクトを洗練させている。

試薬を抽出するシリンジを備えた製品バージョン
試薬を抽出するシリンジを備えた製品バージョン

 現状では実用性がある分野は、上記のように試薬の混合など、コンタミネーションを避けたい物体加工で、こちらについては新たにシリンジ(注射筒)を備えた開発中の製品を見ることができた。(この製品については、訪問時はデモを見ることはできなかった)

 デモの方もさらに洗練させるべく開発を続けており、空間に「3Dの蝶」が出現するものもあった(記事下動画)。指の動きを取るセンサー(Leap Motion)により、何もない空間にハンドジェスチャーで小さな球を浮遊させ高速で8の字に動かし、点滅するLEDライトを当てると蝶があらわれる。

日本の研究者から問い合わせも

 製品レベルまでには技術的な課題が多く、初めてのプロダクト出荷は2024年末が目標だという。価格も「おそらく5000ドルぐらいからスタート」と、正式に決まっていない段階だが、新しいカテゴリのプロダクトのため、注目度は高そうだ。すでに日本の知人の研究者などからも問い合わせがあるという。

 AcoustoFabは2023年に創業したばかりで、現時点では創業メンバー+UCLのみがシェアホルダーというシードステージのスタートアップだ。「コンシューマエレクトロニクス」という言葉から連想される企業ではないが、CESでの出会いが実際のビジネスに繫がっている。CES主催者が名称を変え、展示会も総合的なテクノロジーショーとなった効果がうかがえる。

AcoustoFab本社で見たデモ。カメラのフレームレートと合わないので、鮮明には見えないが、肉眼では軌跡が蝶になっている様子を見ることができた。
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オープンソースハードウェア、メイカームーブメントのアクティビスト。IoT開発ボードの製造販売企業(株)スイッチサイエンスにて事業開発を担当。 現在は中国深圳在住。ニコ技深圳コミュニティCo-Founderとして、ハードウェアスタートアップの支援やスタートアップエコシステムの研究を行っている。早稲田大学ビジネススクール招聘研究員、ガレージスミダ研究所主席研究員。著書に第37回大平正芳記念賞特別賞を受賞したプロトタイプシティ』(KADOKAWA)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。