スタートアップの活動拠点となっているニューヨーク市のブルックリン・ネイビーヤードにおいて、各企業がそれぞれの取り組みを発表する「ニューラボ・パイロット・ショーケース」が5月上旬に初開催された。
ハードウェアスタートアップや環境問題への取り組みを支援するニューラボ(Newlab)主催の今回のイベントでは、モビリティー(移動性・交通)・エネルギー(資源)・マテリアル(資材)の3つのテーマに分かれて、8社がプレゼンテーションをおこなった。
会場には200人以上の起業家や投資家、政府関係者などが集まり、オンラインでも500人以上が参加した。
2016年に設立されたニューラボには、主にハードウェアを開発する250以上の環境系スタートアップが在籍しているが、それらのスタートアップとベンチャーキャピタリストや政府機関などの資金提供者をつなぐ役目も担っており、今回のイベントもその活動のひとつだ。
イベントの冒頭ではアメリカ商務省で国際通商を担当するマリサ・ラーゴ商務次官が基調演説を行い「ここに集まっているスタートアップは、ニューヨークだけではなくアメリカ経済全体の活性化にとっての生命線です」と期待を語った。
ショーケースでは、湾内の水路を自動測量する技術を開発したフロリダ州のMythos AIが、そのデータを活用し港湾内での船舶の自律航行を目指していることや、大西洋岸に大量に打ち上げられたホンダワラ類の回収を行うマサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンオフしたSOS CARBONが、その海藻を利用し農業用オーガニック肥料の開発をもくろんでいること。さらに、自動で住宅の屋根を葺くロボットを手掛けるRenovateでは、その技術を応用して太陽光パネルを屋根に取り付ける研究・開発などが行われていることが紹介された。
その中で筆者の目を引いたのが、車社会のアメリカにおいてEVの普及につとめるスタートアップである。
バイデン政権は発足当初、温暖化対策を最優先事項とし、2032年までに乗用車の新車販売におけるEVの比率を67%までに広げるとしていたが、自動車業界の圧力により目標比率を35%まで引き下げた。アメリカにおけるEVの普及はこのように既得権層からの反発があり日本同様難しさがあるが、EV普及に向けての問題はこれだけにとどまらない。
ニューヨークを拠点とするit’s electricは、アメリカにおいてEVが普及するには都市部における充電ステーションを増やす必要があると考えている。しかし、大都市では充電ステーションを設置する場所を確保するのは容易ではない。ニューヨークの街はどこもかしこも集合住宅やオフィス・ビルで埋まっている。こうした街ではその個人宅やオフィスビルから電力を供給する仕組みが有効であり、同社はそれに取り組んでいる。
「都市部に集中するビル群は障害にもなりますが、私たちにとってはそれらすべてが(EVへの)電源の供給源になります」
プレゼンテーションでそう語った共同創業者兼COOのティア・ゴードン氏によると、同社は手続きが複雑な電力会社と提携するのではなく、建物を所有する企業や個人と直接契約を結び、余剰電力でEVの充電ができるのではないかというところに目を付けた。
プレゼンテーション後に同社CEOのネイサン・キング氏に詳しく話を聞いた。
ニューヨーク市などのアメリカの大都市では、駐車スペースが限られており、路上駐車をしなければいけない車が多い。そうした車に、道路に面した建物などから電源を供給できるのは理想的だとキング氏は言う。
さらに、電力会社と提携し充電ステーションを設置するには、許可申請や承認待ちなどで数年かかるケースが多いが、個人の住宅やオフィスビルなどはそのようなハードルが少ないと同氏は語った。
充電ステーションの設置は無料で行われ、充電に使われた電気代はその建物のオーナに入る。さらに充電ステーション1カ所につき、年に最大で1000ドル(約16万円)が同社から払われる仕組みだ。
同社が提供する1メートルほどの高さの充電ステーションは、2日間の工事で設置ができる。さらにユーザーには取り外し可能な充電ケーブルを無料で配布する。従来の充電ステーションにはEVをつなげるケーブルが設置されているが、取り外し式ケーブルを使うことによってメンテナンスの負担も軽減することができるという。
キング氏によると、2025年の5月までにニューヨークやロサンゼルスなど全米7都市に330の充電ステーションを設置する予定で、モータータウン(自動車の街)とされるデトロイトではすでに実用化されている。
米国でEVが普及するには「コミュニティーをベースにした(充電)モデル」が必要であると同氏は強調した。
一方で、移動式の充電ステーションを開発するのはカリフォルニア州を拠点とするElectricFishである。 共同創業者兼COOのビンス・ウォン氏によると、同社が開発する小型コンテナ型の移動式EV充電ステーションはEVの充電だけではなく、災害時に緊急用の電源としても使用することが可能だという。
この充電ステーションは2台のEVを同時に充電することができ、さらに緊急時の電源としては10時間分の電気を供給することができる。
ウォン氏も、EV充電ステーションを整備していくにはまだ数年はかかるとみている。そのため、災害時にも対応可能な移動式ステーションに注目したという。
近年カリフォルニア州などで多発している山火事や、毎年のように襲来する大型のハリケーンなどの被害は年々増えている。こうした現実を踏まえ、EVの普及には「耐久性のあるインフラ」が必要だと感じている。
「(EVが普及するためには)信頼かつ耐久性のあるインフラなどの環境整備が重要で、それらがきちんと整うことにより消費者や企業などの見方も変わっていくでしょう」(ウォン氏)
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スタートアップが登壇するイベントでは、単に自社のサービスの紹介やビジネス・アイデアの披露にとどまることが多い。今回ニューラボで開催されたパイロット・ショーケースでは、自社の製品やアイデア、現在のビジネスをさらに発展させ、社会課題にどう取り組む事ができるのかを見せてくれた。参加したのはわずか8社ではあったが、起業家だけではなく投資家、政府関係者なども巻き込んで、スタートアップがスケーリングするイメージが共有できたという点では、ニューラボの試みは成功したのではないだろうか。