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野菜の水耕栽培と魚の養殖をつなげた循環型栽培システム その導入メリットと市場動向は?

野菜の水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせた「アクアポニックス」について解説する株式会社アクポニ 代表取締役の濱田健吾氏

野菜の水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせた「アクアポニックス」について解説する株式会社アクポニ 代表取締役の濱田健吾氏

 沿岸環境や天候などに左右されず、海洋への影響も少ない養殖方法として「陸上養殖」が関心を集めている(参考記事「『どこでも誰でも水産養殖』を目指すスタートアップ 小型・分散型の陸上養殖システムを製品化」)。近年、こうした陸上養殖に、さらに野菜の水耕栽培を掛け合わせた循環型栽培システム「アクアポニックス」が登場し、注目を集めているのをご存じだろうか。

 アクアポニックスとは水産養殖の「Aquaculture」と、水耕栽培の「Hydroponics」を組み合わせた造語。魚と野菜をひとつのシステムで育てる米国発祥の新しい手法で、持続可能な循環型生産システムを実現できるのではと期待され、世界中に広まりつつある。

 2024年7月24日〜26日に東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「アクアポニックス・陸上養殖設備展2024」が開催された。この中で、神奈川県藤沢市でアクアポニックスの自社農園を運営しながら研究開発に取り組む株式会社アクポニ(本社:神奈川県横浜市)の代表取締役・濱田健吾氏が登壇。『日本におけるアクアポニックス市場の現状と課題、今後の可能性』と題した講演を行い、アクアポニックスを産業として定着させるために必要な取り組みや市場動向について解説した。

水耕栽培と養殖をつなげる循環型栽培システム

 アクアポニックスとはどのような栽培方法なのだろう。濱田氏はアクアポニックスを、「(魚の)養殖と(野菜の)水耕栽培を掛け合わせた循環型栽培システム」であると説明する。

アクアポニックスのシステム図
アクアポニックスのシステム図

「たとえば、金魚鉢で金魚を飼育すると、必ず水が汚れるので、水換えをしないといけません。しかし、実はその捨てている水は非常に栄養豊富でもったいないものです。なので、これを捨てずに肥料にして、野菜を育てましょうと。(アクアポニックスとは)簡単に言うと、こういう発想の栽培方法です」(濱田氏)

 濱田氏らが行った実証実験では、魚の餌に含まれる窒素を100%とした場合、陸上養殖ではその窒素のうち12%しか魚の成長に寄与していなかった。つまり、残りの88%は水の中に浮遊していたことになる。アクアポニックスでは、こうした栄養豊富な水を、微生物を用いて野菜の肥料に変化させ野菜に与えることで、魚と野菜をひとつのシステムで栽培できるようにするのだという。さらにこのシステムでは、野菜によって水が浄化されるため、水を捨てたり換えたりせずとも、魚の養殖に適した水を循環できる。このように生産効率と環境配慮を両立できるところが、アクアポニックスの大きな特徴とのことだ。 

 アクアポニックスで育てた野菜にはどういった特徴があるのか。濱田氏は大きく2つの特徴があると解説する。アクアポニックスでは、魚の飼育水と野菜の栽培溶液は同じものを使う。つまり「魚にとって害になるもの(農薬や化学肥料)は栽培溶液中にない」ということは、農作物の安全性にもつながる。米国ではアクアポニックスの生産物は安全との認識が広まっており、オーガニック認証も取得できるという。

 さらに、濱田氏らが大学との共同研究で調べたところ、アクアポニックスで作った野菜の成分は、硝酸態窒素が低く、エグ味が少ない。また、カリウムが少なく、ビタミンCが多いなど栄養面でも優位性があることがわかったという。

「そういったことから、アクアポニックスで機能性野菜(栄養成分を人工的に添加・増加した野菜)も栽培できるようになるのではと考えており、今後はここも注力したいところです」

 なお、現時点で濱田氏らは、葉物野菜やハーブを中心にトマトやイチゴなど67品種の野菜や果物を育てている。魚については主に淡水魚を育てているが、この夏から海水版アクアポニックスの実証実験も開始しており、これがうまくいくと、より多くの魚介類を養殖できるようになるとのことだ。

今後の課題は「大規模化」と「ブランド化」

 濱田氏の講演を聴く限り、アクアポニックスの有用性は高いように思える。しかし肝心なのは、この栽培システムが国内の産業に受け入れられ、広く定着するかどうかだろう。濱田氏によると、アクアポニックス先進国である米国では、商業農園の数は約190に上り、最も大規模な農園では年間の売り上げが「10億円を超えている」という。では日本の市場はどのような状況にあるのか。

講演中に示されたアクアポニックスの市場規模と成長性
講演中に示されたアクアポニックスの市場規模と成長性

 アクアポニックスは日本市場ではまだ定義化されていない。このため講演では、参考資料が豊富な国際市場のデータをもとに市場規模が推測された。それによると、「国際市場におけるアクアポニックスの2024年度の市場規模は約3千億円で、2032年には9千億円を超える見込み」。「日本の市場規模は2024年度が150億円ほどで、2032年には500億円を超える見込み」とのことだ。

「こうした(市場規模拡大の)背景には、現在の農水産業が抱える課題に対する持続可能な農業への移行や技術革新の導入、消費者ニーズへの対応といったものがあり、国際的に循環型農業への転換が進んでいることが推測されます。そうした流れに合わせて、日本のトレンドも(アクアポニックスへと)向かうのではないかと考えられます」(濱田氏)

 ただ、日本のアクアポニックス市場が海外のように拡大していくためには、「大規模化」と「ブランド化」という大きく2つの課題が考えられるという。

 海外では、アクアポニックス農園の多くが「大規模化」(3000平方メートル以上)していることに加え、IoT・AI導入などスマート化による大幅なコストダウンが実現しているとのことだ。さらに、オーガニック認証などによる「ブランド化」によって価格を上げられるため、生産物の販売だけで十分に採算が取れる状況にあるという。

 一方、日本ではほとんどのアクアポニックス農園が中小規模であることやスマート化が進んでいないこともあり、コストを下げにくい。さらに、そもそもアクアポニックスという栽培方法が消費者に浸透しておらず、現状ではブランド化が難しいとのこと。

”アクポニ”展示ブースの様子
”アクポニ”展示ブースの様子

 濱田氏が代表を務めるアクポニでは、3年ほど前から自社農園と提携農園で、作業データ、生体データ、環境データを収集・蓄積しており、これをもとに「生産管理支援」や「循環可視化」「(システムの)自動制御」「トレーサビリティ」などの機能を備えた「アクポニ栽培アプリ」を開発・提供している。さらに、アクアポニックス農園施工のパッケージプランの提供や自社農園の見学会やアカデミーを開催するなどしながら、アクアポニックスを国内に広める取り組みも進めているとのことだ。

「スマートアグリ ジャパン2024」が同時開催されたこともあり、展示会場は多くの来場者で賑わっていた。AIやIoTなどを利用した環境制御技術や自動収穫ロボットなどでの省力化に関心を持つ人も多いようだ。環境に配慮しつつ、生産性を上げていくことは、持続可能な農水産業の実現に欠かせない要素だろう。その方向性のひとつとして、アクアポニックスのような新しい栽培システムが浸透することは大きな意味があると言えるだろう。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。