人工衛星から得られるデータを、ビジネスで利用する動きが活発化している。農業や水産業、防災などさまざまな分野でサービスが登場しているが、不動産分野でも衛星データのビジネス活用が見られるようになってきた。
そのひとつが、JAXA発のスタートアップ・株式会社Penetrator(ペネトレーター:東京都文京区、創業2022年)が開発している不動産取引支援サービス「WHERE」だ。現在、不動産事業者が土地を仕入れる際には、人脈に頼って土地の情報を集めたり、現地に出向いて土地を調査したりしているが、「WHERE」はそうしたアナログな作業にかかる手間や時間を、衛星画像とAIを用いて一気に短縮してくれるという。
同社CEOの阿久津岳生氏と、マーケティング担当の藤井富実矢氏に、「WHERE」の特徴や開発の経緯、今後の展望を聞いた。
Penetratorの創業者である阿久津氏は、これまで不動産関連の8つの会社を創業・経営した経験を持つ。長く不動産業に従事する中で、改善の必要性を強く感じていたのが「土地(用地)の仕入れ」だという。
土地の仕入れとは、土地の所有者からその土地を直接買ったり借りたりする仕事だ。阿久津氏によると、土地の仕入れは、マンション建設や商業施設建設といった不動産ビジネスにおける「源流」であり、「仕入れを制する者は市場を制する」と言われるほど重要な仕事だという。
しかし、「土地を売りたい所有者がいる」といった土地の仕入れに関する情報は、地域密着型の小規模不動産会社などが持つ人脈に頼って収集するのが通例となっている。このため仕入れ担当者は、接待などの地道な営業活動を続ける必要がある。
人脈に頼らない場合は、空き地や空き家、遊休地など「活用できそうな土地」を現地に行って調査し、その土地の用途地域(住居、商業、工業などその土地の利用用途を定めたもの)や所有者を調べたうえでアプローチするため、膨大な時間や手間がかかっていた。
「土地の仕入れ情報は、こうしたアナログ的な手法で集められていて、一部の限られた人しか得ることができませんでした。『WHERE』はこの状況をテクノロジーの力で変革し、スピーディーに誰でも簡単に手に入れられるようにするものです」(阿久津氏)
「WHERE」は、宇宙から撮影された衛星画像から、利用者が求める土地の候補地をAIが特定し、その土地の所有者などの登記情報も合わせて提示してくれるサービスだ。その使い方は以下のようになる。
まず利用者は設定画面で、エリアや用途など求める土地の条件を設定し、「不動産探索」ボタンを押す。するとAIが衛星画像を分析し、候補地をマップ上に表示してくれる。
候補地には、用途地域や公示価格、学校区など、土地の良し悪しを判断するための評価情報が示されているので、利用者はその情報をもとに候補地を絞り込み、「所有者情報取得」ボタンをクリックする。
すると、所有者情報などの登記情報がリストアップされる(※)ので、このリストをもとに、土地の仕入れ担当者は、不動産所有者に直接アプローチできるようになるというわけだ。
※「WHERE」には、法務局の登記情報を自動的に提示する独自のシステムが組み込まれている
「これまでアナログな手法で膨大な手間と時間をかけて集めていた土地の仕入れ情報を、わずか数クリックで、オフィスにいながら集められるようになるため、土地の仕入れ業務を一気に短縮できます。これにより、不動産事業者はもちろん、土地開発事業者も大きなメリットを享受できます。こうしたことが『WHERE』がもたらす最大の価値だと考えています」(阿久津氏)
不動産業に従事していた阿久津氏が、なぜ衛星画像を利用するサービスを開発できたのだろう。
先述したように、もともと阿久津氏は不動産関連の会社を複数経営していた。売上が10億円を超え成功を収めていたが、「世界を変えたい」という志を持つ阿久津氏は、事業範囲が地域に限定される既存の不動産ビジネスに限界を感じていたという。
「わたしは常々従業員に、『成長するためにはひとつ上の視座を持つことが大事』だと伝えていました。新入社員なら先輩の視座を、課長なら部長の視座を持つことで大きく成長できるという話です。これを自分に当てはめた時に、世界を変えたいならば、世界のひとつ上、つまり宇宙からの視座を得る必要があると考えるようになりました。これがJAXAの大学院に通い始めたきっかけです」(阿久津氏)
阿久津氏は、JAXA宇宙科学研究所内にある「総合研究大学院大学」に入学し、宇宙について学び始める。その際、研究室で出会ったのが、現在Penetratorで技術責任者を務める今川氏だ。
「彼の研究は、月のクレーターを月の衛星画像からAIで解析するというものでした。わたしが『月ではなくて地球の衛星画像から、駐車場や空き地を見つけることはできる?』と聞くと、彼は『できますよ』と即答しました。後日、彼が作ったプロトタイプを試すと、本当にAIで地球上の空き地や駐車場を見つけることができました。しかも、日本だけでなく、世界中の不動産を探索できた。これを見た時に『これは絶対に事業としてやっていける』と確信し、今の会社を興したのです」(阿久津氏)
阿久津氏は2022年にPenetratorを設立。それまで経営していた会社を全て譲渡し、「WHERE」の事業にフルコミットできる体制を整えた。その後、不動産業に従事する中で培った知見をAI学習やUX(ユーザーエクスペリエンス)に注ぎ込みながら「WHERE」を開発し、ベータ版のリリースまでこぎつけたという。
「衛星データを解析する宇宙の専門家がビジネスを手掛けると、なかなか前に進まない傾向があります。しかし、わたしはビジネスの方が長いので、事業として前に進める意向が強い。この2つの知見を融合できているところに、当社のアドバンテージがあると自負しています」(阿久津氏)
現在「WHERE」は、国内の大手デベロッパーを中心に導入が進み、徐々に成果が出始めているという。さらに「海外版の開発にも注力している」とマーケティング担当の藤井氏は説明する。
「現在は、来年1月に米国・ラスベガスで開催されるテクノロジーの国際見本市に向けて、海外版を開発しているところです。米国でニーズがあるのかどうか、その辺りを現地で直に探る動きを始めています」(藤井氏)
今後の事業拡大に向けては、「サービスの認知度アップ」に加え、「データベースの強化」が重要と捉えているという。
「『WHERE』で候補地を検索した際に提示される土地の評価情報は、多ければ多いほどサービスの付加価値向上につながります。そのため、当社の競争戦略のひとつとして、データベースの強化を掲げています。ただ、自社で購入するだけだとコスト的に厳しいものがありますので、大手企業や研究機関、官公庁などと積極的につながり、互いにWin-Winとなる形でデータ連携していきたいと考えています」(藤井氏)
なお、今年(2024年)12月着金予定でシリーズAの資金調達を行うため、今後はVCなど投資家への積極的なアプローチをしたいとのこと。
衛星データの不動産ビジネスでの活用を実現するスタートアップはまだ事例が少なく、アイデア次第で事業の幅を広げられる可能性がある分野とも言えるだろう。阿久津氏が持つ不動産ビジネスの知見をどう活かしていくのか。Penetratorの今後の展開に注目したい。