2024年12月17日、渋谷パルコDGビル18階の「Dragon Gate」にて、スタートアップ育成プログラム「Open Network Lab」(主催:株式会社デジタルガレージ)のデモデイが開催された。プログラムの開始から15年となる今回より、海外を主戦場とするスタートアップを積極的に取り込む「Global Track」を設けた。この日登壇したスタートアップも日本発でありながら、米国での事業を先行させる例が目立った。
以下、登壇順に4チームのピッチ内容を紹介する。
最初に登壇したのは、BlancAI株式会社の則俊慶太氏だ。同社では、AIを活用した採用スクリーニング・自動面接サービスを提供する「Hope」を開発・提供している。
則俊氏によると、採用には多くの課題があり、その最も大きな課題が“人手”がかかり過ぎていることだという。特に米国の製造業、建設業におけるブルーカラーワーカーの採用領域に大きな課題があると話す。採用担当者の多くは、膨大な数の応募者に対応するため、1日のうち約8割を履歴書チェックと電話面接に費やす。それでも応募者の数が多過ぎるため、履歴書の12%ほどしか目を通せず、その中から採用者を選ぶため、マッチングの精度が低く「米国製造業のブルーカラーワーカーの離職率は65%。1000人いれば、そのうち650人が一年で辞めていく」状況にあるという。
こうした状況を改善するため則俊氏が、生成AIを活用し、音声AIの専門家でCTOの矢倉氏とともに開発したのがAI採用エージェント「Hope」だ。
「Hope」は、採用管理システムとつなぐだけで、履歴書チェックを行い、日程調整をして電話面接を自動で行う。その結果、採用担当者は履歴書チェックと電話面接に時間を割かず、承認をするだけで済む。また、全ての候補者の中から採用候補を見つけるので、「離職率も3割にまで減ると仮定している」とのことだ。
市場規模は米国だけで40兆円ほどのマーケットがあるとし、製造業と建設業でおよそ12兆円、そのうちの10%を獲るだけで1兆円の売り上げを作れるという。
則俊氏らは5月にプロダクトをローンチ。現在4社にパイロット版を使用してもらいながら、「そろそろ本番環境で使ってもらえる」状況にあるとのこと。最後に則俊氏は「1分以内に最高の採用をすることを目指す」と今後のビジョンを述べた。これは相当ハードルが高いものの、「AIを使い人間がクリエイティブを発揮すれば実現できる」と力強く述べ、ピッチを終えた。
続いて登壇したのは、Admit AI株式会社の真田諒氏だ。同社は、米国大学受験のプロセスをLLMでリアルタイムに支援する「Admit AI」を開発・提供している。
真田氏によると、米国の大学の学費はこの30年で7倍に上昇し、在学中の学費は総額で日本円にすると約5000万円もかかる。その結果、投入した金額を回収するため、米国のトップ校に入学希望者が殺到し、合格率が大幅に下がっているという。
米国の大学に入るための評価基準は主に3つ。高校の内申点、統一テストのスコア、そしてエッセイだ。良い成績を取り、課外活動で実績を残し、それらを最後に優れたエッセイにまとめることが理想的だが、このプロセスを地道に積み上げるのは難しい。高校の進路相談員も一人あたり400人近い生徒を抱えているため、パーソナライズした指導は行えない。
そんな中、個人指導の市場が拡大しており、真田氏自身もかつて受験コンサルの仕事で起業した。しかし、労働集約的な業界であり、事業をうまく軌道に乗せられなかった。そんなときに出会ったのが、OpenAI社の生成AIと、エンジニアで共同創業者であるCTOの江島氏だったいう。
真田氏は、江島氏とAdmit AI社を設立。米国の大学に入るための一連のプロセスに対して、LLM(大規模言語モデル)で自動的にアドバイスを提供する「Admit AI」を開発した。大学入学までのプロセスに対して、簡単なクリック、入力だけで次々と学習や準備が進められる他、最後のエッセイに関しても、添削のプロが提供するようなアドバイスをLLMによって提供できるとのことだ。
「Admit AI」はすでに米国で試験運用に入っており、無料ユーザー、課金ユーザーともに増加し、利用者からも高い評価を得ている。さらに高校の進路相談員からも「生徒のエッセイの草案の品質が劇的に上がった」などの好意的なコメントをもらっているという。
今後は高校生の受験コンサル以外にも領域を広げ、最終的には40兆円の市場獲得を目指すと述べ、会場にアピールした。
次に登壇したのは、Amplium株式会社の佐藤響氏だ。今年(2024年)6月にApple社からApple Vision Proが発売された。これを利用して見る180度、3D、8Kで再現されたサッカーの映像は、まるでスタジアムに行っているかのような臨場感で楽しめる。
今年のWWDC(Appleが開発者向けに開催するカンファレンス)ではBlackmagic Designやキヤノンが、Apple Vision Pro用のイマーシブビデオ(180度または360度、3D、8K・16Kのような高解像度コンテンツ)に対応したカメラのリリースを発表したこともあり、「イマーシブビデオが未来のエンタメの“当たり前”になる」と佐藤氏は考えているとのこと。
しかし、現時点では、クリエイター側にとっては、見栄えのいいイマーシブビデオの制作に膨大な手間がかかったり、Apple Vision Proに最適化した映像制作がブラックボックス化されていたりする他、制作したイマーシブビデオを配信する最適な場所が存在しない。ユーザー側もイマーシブビデオを視聴するために煩雑な手間がかかるなどの課題がある。
そこで佐藤氏らが開発したのが、煩雑な視聴体験を簡略化し、高品質なイマーシブビデオを配信できるプラットフォーム「Amplium」だ。
「Amplium」の特徴は、リアルタイムで動画にカラーグレーディングをかけ、元の映像よりも綺麗な映像を楽しめる他、AIを活用することで8Kの映像を16Kに向上し、クオリティの高いビデオ配信を行っていることだという。
現在、10個のイマーシブビデオを獲得しており、β版を発表した直後には500人を超えるApple Vision Proユーザーがダウンロードしてくれたという。また、Apple Vision Pro関連のニュースレターでフューチャーされるなど、同社が提供する視聴体験は高い評価を受けているとのことだ。
「高品質なイマーシブビデオを継続的に配信する」ことが同社の最も重要なミッションであると佐藤氏は話す。そのために、イマーシブビデオに詳しいアドバイザーやイマーシブビデオの獲得に力を入れている他、イマーシブビデオの制作実績のあるチームと共に現在プロダクションチームも組成しているという。
今後のマイルストーンとしては、まず近日中にアプリの正式リリースをアナウンスすること。そしてリリース後は映像品質をさらに向上し、かつ自社でコンテンツを制作できる体制を整えていくと述べ、ピッチを締め括った。
続いて登壇したのは、xMap株式会社のモハメド・バトラン氏だ。モハメド氏らが開発・提供しているのは、LLMを活用して地理情報を解析するサービス「Polygon AI」だ。
冒頭、モハメド氏は「Polygon AI」によって、「マップを新しい局面に持ち上げる」と述べた。
「Polygon AI」の画面構成は大きく左右に分かれており、右側にはマップが、そして左側にはチャット画面が表示され、マップ上で囲った場所やエリアに対する質問ができるようになっている。
質問内容は、例えば「何人ぐらいの男女が近くに住んでいますか?」「洪水が起きたときの最大の深さは?」「そこにホテルを建設することができますか?」「三ツ星レストランをオープンすることができるか?」といったもの。それに対して、地域のさまざまなデータを学習した生成AIが回答を返してくれるので、その内容をもとに事業者(あるいは行政関係者)は不動産の最適活用ができるようになるという。
「Polygon AI」はSaaS型サービスとなっており、ユーザーネームとパスワードを設定すればすぐに利用できる。数ヶ月前にプロダクトをローンチしたが、すでに数十万人がウェブサイトを訪問しており、「ユーザー獲得数を見てもかなりの勢いで成長している」とモハメド氏は胸を張る。
本プロジェクトは東京大学のチームが実施しており、GIS(地理情報システム)やマップ関連の高い技術力を有したメンバーが揃っており、関連する複数の特許も保有している。
サービス開始から数ヶ月だが、すでに約70万ドルものビジネスが成立しているとのことだ。また、シードラウンドですでに200万ドル調達しており、これを残り一ヶ月でさらに増やしていきたいと会場にアピールした。
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審査の結果、「オーディエンスアワード」は「Hope」を開発・提供するBlancAIが受賞。「ベストチームアワード」は、BlancAIと、「Polygon AI」を開発・提供するxMapがダブル受賞した。
日本発で世界を目指すスタートアップがどこまで大きく育つのか。今後を期待を持って見守りたい。