主催者によるセッションの様子 壇上はDGDV西川(左)野島、スクリーンはHOF Capital の Fady Yacoub
米国ニューヨーク市に拠点を置く有力ベンチャーキャピタル(VC) 、HOF CapitalとDG Daiwa Venturesは互いに協力し、国内外でスタートアップ投資を行ってきた。その経験から得た世界の最先端技術やトレンドを、日本のスタートアップエコシステムにも還元しようという取り組みのひとつが17日に開催されたイベント「Accelerate 2025」だ。昨年2月に渋谷で開催した初回に続き、2回目となる今回は東京・虎ノ門で開催された。
日本のスタートアップがより大きく成長するために、起業家には海外に進出が求められる。同時に、海外投資家にも日本での投資を呼びかけることも必要だ。その際に必要な行動や求められる能力はどのようなものだろう。
「<アジア×投資家> アジアの投資フロンティアを探る」と題したこの日最初のセッションは、DGDVの海外投資統括/シニアディレクターの揖斐真がホストとなり、シンガポールに拠点を置き、東南アジア中心に投資を行うアーリーステージVC Monk’s Hill Ventures共同創業者兼マネジメント・パートナーであるKuo-Yi Lim(林国毅)氏がゲストで登壇した。アジアのスタートアップ先進地でもあるシンガポールは、米中両国の巨大な投資市場に目配りしつつ、自国にも整備の行き届いたスタートアップエコシステムがあり、そこで有力な起業家を育成・誘致している。
Kuo-Yi Lim氏は、米国でのコンサルティングや起業経験があり、シンガポールでは投資家として同国及び周辺国のスタートアップエコシステムの育成を手掛けてきた。
同氏の話で印象深かったのは、企業のグローバル化とは単に海外に出ていき、事業を行うことだけではなく「文化の統合を行うことだ」という指摘だ。東南アジアでのビジネスを成功させる鍵は、周辺各国から集まってきた才能ある人材をうまく統合し企業活動に活かすことだ。小さな国のシンガポールには多国籍の人材を受け入れる素地がはなから備わっている。一方、日本は大きな市場だが、これからは人口減少で海外に出ていかざるをえない。その際、日本の起業家は、異なる国から集まった人材のモチベーションを引き出し、各々が企業内でリーダーシップが発揮出来るようにする必要がある。しかし、日本人起業家にそれが上手くできるのだろうか。ここが一つのハードルになる。これを超えるには「社会学や人類学を学ぶことも必要になる」とKuo-Yi Lim氏は話していたが、企業統治を行う上で会社経営のテクニックだけではなく、異なる社会への知識・理解、さらには洞察力が必要になるということだろう。同氏によると、この点に関して多様な人材の力を上手く結集し、これまで常にリードしてきたのは、グーグルやペイパルといった米国の企業だ。
「これらの企業は世界中から人を呼び集め、ひとつのプラットフォームに乗せた。こうしたことが出来る能力が勝つか勝たないかを決めるのです」(Kuo-Yi Lim氏)
日本のスタートアップが海外に拠点を持つということは、社会的/文化的背景の異なる人材を雇用するということだ。グローバル化にはマーケティングや資金調達も重要だが、人材育成やマネジメントも日本国内での手法がそのまま通用すると考えない方がよいというのは、当たり前のことだが、心得ておくべき事柄だ。
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この日のイベントでは、スタートアップによるピッチや投資家による米国市場の見通し、さらにはAI関連のスタートアップ関係者による次なるイノベーションについてのディスカッションなどが行われた。注目は不確実性が増す米国市場の話題だが、「スタートアップ投資は短期で結果が出るものではないので、今日や明日の有利、不利に振り回される必要はない」とのこと、しばらくは“静観”といったところだろうか。
さて、この日最後のセッションは日本に拠点を置くスタートアップで、海外VCから資金調達を実施した3社が登壇し、司会のDGDVの投資部長/マネージングディレクター渡辺大和の質問に答える形でパネルディスカッションが行われた。登壇者がそれぞれの経験に基いて話した海外資金調達のノウハウやVCとのコミュニケーションについてのエピソードには、興味深い示唆があったので、その一部を紹介したい。
日本の大企業に多数の導入実績がある経営管理クラウド「Loglass」を提供する株式会社ログラスは、直近ラウンドのシリーズBでSequoia HeritageおよびALL STAR SAAS FUNDをリードとして、MIT(マサチューセッツ工科大学)の資産運用会社などからの投資も含め70億円を調達している。登壇した同社 CFOの伊藤駿氏によると、大手企業向けの経営管理SaaSは日本では珍しいが、海外ではすでに普及しているため、同社事業への理解は日本のVCよりむしろ海外投資家の方が早く、「日本特有の事業を理解してもらう」といったような、他の日本のスタートアップにありがちな苦労はなかったという。また、海外からの投資を考えた理由としては、上場後も株式を持ち続けてもらえるようなクロスオーバー投資家を求めていたが、シリーズBのステージにおいては国内からの投資だけでは必要とする額の資金調達が難しく、海外の投資家にも呼びかけることになったのだという。
リフォームや、ヨガレッスン、雪かき代行などローカルサービスを提供する事業者と依頼者のマッチングするプラットフォーム「ゼヒトモ」を提供する株式会社Zehitomoについては、以前当媒体でも紹介した。前回ラウンドでの複数海外投資家からの調達に続き、直近シリーズCでも韓国のKakao Investmentが参画している。
この日の登壇者、共同代表兼COOのJames McCarty氏は、海外投資家が持つ日本に対する知識・イメージと実際のシーンにギャップがあることを紹介した。例えばFAX。日本ではまだ社内で普通にFAXが使われているが、海外投資家は、ロボット、エレクトロニクスの先進国だった日本において、前時代的な「FAXマシーンがまだ使われている」ことに驚くことがあるそうだ。ゼヒトモでもサービス提供者と依頼者のやり取りにFAXを使うことがあるのだが、その事自体に驚かれては困るので、自社の事業や資金について話す前に、前提となる日本の生活・仕事環境についての情報提供をしているという。ピッチの前にひと手間余計にかかることになるのだが、DXされていない領域が日本にある事自体がZehitomoのビジネスチャンスとなるので、こうした説明も無駄にならない。
日本で今後成長が期待される金融アドバイスサービスを手掛けるフィンテック・スタートアップHabitto(ハビット)についても、やはり以前当媒体でも紹介したが、その記事中で同社の解説をしてくれたのは、海外投資家であるチェルビック・キャピタルのマット・チェン氏だ。日本に拠点を置くHabittoは、創業者がイタリア人のサマンサ・ギオッティ氏とオーストラリア人のリアム・マンス氏で、そうしたことから海外投資家とのおつきあいは、むしろ自然な流れだったと同社COOの久米保則氏は話す。ちなみに直近ラウンドのシリーズAでは、フィンテック領域で最も著名なVCのQED Investorsをリードとして招聘しており、QEDとしては日本初投資の投資案件となる。
久米氏によると、海外投資家の日本を見る目は厳しい。そもそも日本は投資対象のエリア外だということも多いらしい。そのため「まず『ジャパン』そのものをピッチして、そのあとビジネス(のピッチ)」ということを心がけているという。巨大な個人金融資産を抱えながらフィンテックがまだまだ浸透していない日本。そこでのビジネスということになれば、他の国でそういった先行例を経験している投資家に自ずと話は通じる。「最初に日本をしっかりピッチする事が大事かなと思います」(久米氏)
このセッションでは、その他にも海外投資家と向き合う際のノウハウや心構えについてのアドバイスもあったが、三者ともに共通していたのは、「(自社が事業展開している)日本という国を売り込むための情報」「日本と(今後事業展開を予定している)進出先の国の相違点」が常に頭の中にあれば、それが必ず役に立つということだ。