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実用的な量子コンピューターとは何か 重要な指標とは?〜第5回 量子コンピューティングEXPO【春】講演より〜

第5回 量子コンピューティングEXPO【春】で登壇したQuEra社Presidentの北川拓也氏(左)と、慶應義塾大学 理工学部 教授/量子コンピューティングセンター センター長の山本直樹氏(右)

第5回 量子コンピューティングEXPO【春】で登壇したQuEra社Presidentの北川拓也氏(左)と、慶應義塾大学 理工学部 教授/量子コンピューティングセンター センター長の山本直樹氏(右)

 量子コンピューターの実用化に向けた動きが世界各国で加熱している。日本においても、つい先日、富士通株式会社と理化学研究所が、世界最大規模となる256量子ビットの量子コンピューター(超伝導型)を開発したことを発表した。

 しかし、こうした報道を日々目にするものの、実際のところ量子コンピューターがどういった開発状況にあるのか、さまざまな発表をどう受け止めればいいのかわからないという人も多いのではないだろうか。

 2025年4月15日から17日、東京ビッグサイト(東京都江東区)にて、NexTech Week2025【春】(第5回 量子コンピューティングEXPO【春】)が開催され、その中で「実用的な量子コンピューティングへの道:最新のブレークスルーと重要な指標」と題された講演が行われた。

 講演にはQuEra Computing Inc.(以下、QuEra社)Presidentの北川拓也氏と、慶應義塾大学 理工学部 教授/量子コンピューティングセンター センター長の山本直樹氏が登壇。「実用的な量子コンピューターとは何か?」「重要な指標は何か?」「注目すべき出来事は何か?」をテーマに議論が交わされた。

必要なのは「総力戦」

 本題に入る前に北川氏と山本氏の肩書きについて少し触れておく。まず北川氏が代表を務めるQuEra社は、米国のハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の教授陣が共同で創業した会社で、中性原子方式の量子コンピューターを開発している。

 中性原子方式の量子コンピューターは、レーザーを用いてルビジウムなどの中性原子を格子状に並べ、その挙動をコントロールする仕組みとなっている。最大の特徴は量子ビットをたくさん並べやすいことで、並列計算の能力が他の方式に比べて非常に優れていると言われている。

 なお、量子コンピューター開発においては、計算エラーを検知・訂正する「誤り訂正技術」が非常に重要で、多くの企業が開発にしのぎを削ってきた。QuEra社はこの「誤り訂正技術」を48論理量子ビット(※)の実験で実現したことでも大きな注目を集めている。

※論理量子ビットは、複数の物理量子ビットを束ねてエラー訂正機能を実現するもの

 山本氏は、慶應義塾大学 量子コンピューティングセンターのセンター長だ。量子コンピューター開発においては、ハードの進化に伴うアプリケーションの開発も重要となるが、山本氏はこの量子アプリケーションの開発に6年以上携わっている。

 最初に議論されたテーマは「実用的な量子コンピューターとは何か?」だ。

登壇中の山本氏
登壇中の山本氏

 まず山本氏が「(実用的な量子コンピューターとは)現行のコンピューターに勝てるもの」だと口火を切った。「理想的には、現行のコンピューターだと巨大な時間がかかってしまう計算を、現実的な時間で解くためのアルゴリズムやデバイスがあるという状態です」(山本氏)

 これに対して北川氏は「そのためには問題そのものが『量子的』であることがポイントになる」と述べた。つまり、難問ならなんでもということではなく、量子コンピューターが得意とするのは、化学実験や創薬のシミュレーションなどの分野だと考えられていると話した。

「特に物性化学に対する量子コンピューターとの相性はいいというのが、世間的にも言われているところです。そもそも原子は量子力学に従って動いていますので、いわゆるマッピングを量子コンピューター上で再現することは比較的容易です。いわゆるデジタルツインに対応するもので、クオンタムツインやクオンタムシミュレーションと呼ばれるものですね」(山本氏)

 もう一点、北川氏が実用的な量子コンピューターの実現に必要なこととしてあげたのが「総力戦」を意識することだ。そのポイントはAIの活用だという。

登壇中の北川氏
登壇中の北川氏

「AIは本当にすごいと思っていて、そのすごいAIに頭から量子(技術)だけで勝ちに行くのはちょっと時間がかかると思います。というか、すごいのだったら手を組もうよと。AIのすごいところと量子コンピューターのすごいところを組み合わせて、今までのAIや量子だけではできなかったことをやるというのは、かなり短期ですごいことが起こるのではないかと考えています」(北川氏)

 山本氏は、量子コンピューターは基本的にアルゴリズム設計が極めて難しいが「この量子アルゴリズムをAIで見つける動きが出始めている」と説明を加える。

「実際に現行コンピューターでも、AIが(これまで)50年間見つけられなかった行列乗算アルゴリズムを見つけた事例が雑誌『nature』に掲載されました。ああいったことがあるのなら、実は量子でもできるのではないかということは、やはり期待してしまいますね」(山本氏)

「量子ビット数」は重要な指標

 続いてのテーマは「実用的な量子コンピューターの実現を示す指標としてどのようなことに注目すべきか」だ。

 まず山本氏が「コヒーレンスタイム(量子重ね合わせや量子もつれを維持できる時間)の長さ」を挙げる。これに加えて北川氏は「誤り(エラー)率」と「(物理および論理)量子ビット数」も重要な指標になると述べた。

 特に「量子ビット数」については、現在さまざまな方式の量子コンピューターが開発されているが「この『量子ビット数』を明確に打ち出していない企業は、まだそのステージなのだなと思っていただくのが正しい」と言い切った。

「たとえば論文などでよくある、一回きりで、2つの量子ビットだけで高い数字を出すというのは簡単なのですが、マシン全体(システムレベル)で100量子ビットなどを動かすというのは、我々も含めて極めて難易度が高いです。作っている本人だから余計にわかるのですが、そういった数字を見ていくと(その企業の)進捗がわかると思います」(北川氏)

 さらに二人は「ブレイクイーブンも指標のひとつになる」と述べた。ここで言う「ブレイクイーブン」とは論理量子ビットの有用性に関することだ。量子コンピューター開発では、たとえば100個の量子ビットを束ねて1つの論理量子ビットを作るといったことをする。この1論理量子ビットで起こるエラーと、1物理量子ビットで起こるエラーの数を比べて「論理量子ビットの方が良くなる」閾値があり、これを「ブレイクイーブン」と呼ぶ。

 現在ブレイクイーブンを達成しているのは、グーグル社やQuEra社などに限られ「ブレイクイーンを達成した・しない」ということも、企業の進捗を図る重要な指標になるとのことだ。

「そしてもうひとつ、会話をしながら重要だと思うのは、こんな風に(北川氏と山本氏が)同じような意見で合意できることです。専門家同士で合意できるということは、つまり(量子コンピューティング分野が)コミュニティとしてある程度コンセンサスの方向が決まってきているということ。これは投資家目線からすると、投資がしやすくなるということです。特に大事なのは、国がこれからどこにどんな風にお金を出していくかを考える際に、実はちゃんと論文を読んで議論すれば資金をつけやすい時代になってきていることです。だからこそ、各国は今莫大なお金をさらに投じ始めているのです」(北川氏)

統合技術として成熟しつつある

 最後に「現在、量子コンピューティング分野で最もエキサイティングな発展、出来事は何か」について意見が交わされた。

 山本氏は「(少し前までは)量子アルゴリズムは机上の空論のようなところがあったが、最近は実機で動き、それをサポートするツールもそろっている」「またエンジニアリング的に非常にユーザーフレンドリーになってきたことは感慨深く、エキサイティングだ」と話す。

 北川氏も「(量子コンピューターが)統合技術として非常に成熟してきているのはおもしろい」と同意。さらに「最近はアルゴリズムへのインサイト(欲求、動機)から、アーキテクチャやハードウェアそのもののデザインを改善していく動きが出てきている」など、ハードウェアやアルゴリズムを一体化してデザインしていくことの重要性を示して、対談を終えた。

 今回の講演を通して印象に残ったのは、北川氏、山本氏のどちらからも、量子コンピューターの近い将来の実現を信じて疑わない強い信念が感じられたことだ。少し前の量子コンピューター関連の講演では、開発の進捗に関して慎重な発言をするケースが多々見受けられた。そういう点からも技術の着実な歩みを感じられる講演であった。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。