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 “感電”でビリっと クレーン事故の危険をVRと体感で学べる訓練ツール

シンフォニア株式会社の「小型移動式クレーンVR訓練システム」とアプリ連動感電デバイス「UNAGI」の連動ソリューションを体験する様子

シンフォニア株式会社の「小型移動式クレーンVR訓練システム」とアプリ連動感電デバイス「UNAGI」の連動ソリューションを体験する様子

 ヘッドマウントディスプレイなどを用いて、コンピューターが作り出す仮想空間を体験できるVR技術。その特性を活かし、さまざまな技能を訓練するシステムが実用化されているが、近年は視覚作用に加え、特殊なデバイスを用いて“体感刺激”をプラスすることで、よりリアルな訓練体験を提供するシステムも登場している。 

 そのひとつが、シンフォニア株式会社(東京都府中市、2014年創業)が開発した「小型移動式クレーンVR訓練システム(以下、クレーンVR)」とアプリ連動感電デバイス「UNAGI」の連動ソリューションだ。

 これは、「クレーンVR」によって視覚や聴覚で提供される作業中の事故体験に、「UNAGI」による触覚(感電)を加えたもので、クレーン操縦者が感電事故の怖さを身体で覚えることで、労働災害の発生を減らすことに貢献するという。

感電の危険を身体に記憶するためのVR

「クレーンVR」と「UNAGI」の連動ソリューションでは、どのような体験ができるのか。まずはそれぞれのシステムについて、シンフォニア代表取締役の瀬戸豊氏に聞いた。

「クレーンVR」は、小型移動式クレーンの操縦環境をVR空間内で忠実に再現したもので、実車を使わずとも、荷物を持ち上げるなどの基本作業や技能試験(小型移動式クレーン運転技能講習)のための訓練を行えるという。

「クレーンVR(ラジコン版)」の利用イメージ(画像提供・シンフォニア)

 この「クレーンVR」、開発当初はその操作に小型移動式クレーン車に搭載されるレバーを模したコントローラーを用いていた。しかし、実際の現場ではほとんどの操縦者が専用のラジコンを使って操作することを知り、ラジコン版の開発にも着手。クレーン製造会社の古河ユニック株式会社と共同で、現場で実際に使われるラジコンを使って訓練ができるバージョンを開発した(※)。

※より簡易なシンフォニア製ラジコンを使うことも可能

「そして、昨年(2024年)末に、古河ユニック監修のもと、重大事故を再現した『危険体験コンテンツ』を追加しました。現場では、確認事項をうっかり失念してしまい、重大事故につながることがあります。そういう事故の事例を、一般社団法人 日本クレーン協会さんが蓄積していますので、その中から起こりがちなものをピックアップして、VR内で再現し、ユーザーに危険予知の力を身につけてもらおうと考えたのです」(瀬戸氏)

 一方、「UNAGI」は“感電体感デバイス”だ。手に電極アタッチメントを持ち、UNAGI本体をポケットなどに入れて使う。感電のタイミングや電流の強さなどをアプリケーションから制御でき、VRやパソコン、スマートフォンなどとBluetoothでつないで利用できる。

 なぜ、感電をわざわざ体験する必要があるのか。「UNAGI」を開発したきっかけは、世界的な脱炭素化の流れを受け「(自動車と同じように)これまでガソリンで動かしていた産業用機器の多くが、電動になる」と考えたことだという。

インタビュー中の瀬戸氏

「今後は、工場などで使っている機械もエンジンからモーターへと変わっていくと予測されます。その中で、たとえばこれまでエンジンのメンテナンスを前提とした技術を持っていた保守担当者が、電気を扱う訓練をしないといけなくなる。そうしたニーズの高まりを受け、感電の怖さを、VRを使ってより簡便に体感できるデバイスとして開発したのが『UNAGI』です」

 この「UNAGI」と「クレーンVR」の危険体験コンテンツを組み合わせると、“感電事故の体験”を提供する連動ソリューションとなる。

 具体的には、過去に実際に起きた「高圧電線へのブーム(クレーン上部の棒状の部分)接触感電事故」を「クレーンVR」で再現したもので、体験者はクレーンを操縦しながら、夜間見通しが悪い中での電圧電線への接近・接触を体験。感電する瞬間には「UNAGI」が作動することで、指に装着した絆創膏型の電極から電気が流れる仕組みとなっている。

「UNAGI」の装着イメージ。電極アタッチメントには絆創膏型(右)も(画像提供・シンフォニア)

 こうした身体に電気が走る衝撃を感じることで、体験者は事故を単なる映像ではなく「自分の身に起きたこと」として認識しやすくなるという。また、高圧線に近づいてはいけないというルールを、頭ではなく「身体に記憶できる」ようになるとのことだ。

 実際に筆者も体験してみたが、クレーン操縦による荷物の微妙な揺れが再現されるなど細部までリアリティのある映像となっており、そこに感電体験が合わさることで、事故の怖さを“自分事”として強く感じることができた。ちなみに感電体験については、電流の強さを「強」に設定したこともあり、「うわっ」と声が漏れ、思わず体をのけぞるほどの衝撃があった。加えて、事故体験後には、自分の行動を少し離れた場所から客観視できる映像が詳細な解説文と合わせて流れ、現場で注意すべきポイントを深く理解できるものとなっていた。

建設業界、鉄道業界から引き合いが

「クレーンVR」と「UNAGI」の連動ソリューションは今年6月から提供が開始されており、「すでに建設業界や鉄道業界から多くの問い合わせが来ている」と瀬戸氏は胸を張る。

「特にゼネコンからの問い合わせが多いです。ゼネコンは中小企業にいろいろ業務を依頼するのですが、そういう協力会社の安全施策も実施しなければいけません。その際に我々のツールを利用したいという問い合わせをいただいています」

 では、こうしたVR関連のツールを次々と開発することに、瀬戸氏はどういった思いを抱いているのか。「もちろん事故がなくなってほしいという願いが一番」と前置きしたうえで、「XR技術の社会実装につなげたい思いも強い」という。

「VRやARなどのXR技術について知っている人は多いのですが、たとえば『VRゴーグルを持っていますか?』と尋ねると、多くの人は『持っていない』『着けたことがない』と答えます。こうした状況を変えたいという思いが強くあります。今回の連携ソリューションも、これまでXRとは無縁だった“感電事故を防ぐための訓練”というジャンルに、VRツールを提供することで、一気に(VR利用が)広がるのではと期待しています。そういうものを他のジャンルでもどんどん作り、XRの普及や社会実装につなげたいと考えています」

 ちなみに、現在注目している技術を聞くと、「MR(Mixed Reality:複合現実)を使った製品」との答えが返ってきた。MRとは、現実世界の中に仮想オブジェクトを投影し、その操作も可能となる技術だが、このMRを活用し、たとえば、複数人が同じ仮想オブジェクトを見ながら訓練体験を共有できるようなツールができないか模索中とのこと。

 瀬戸氏の話を聞きながら思い出したのは2018年に東京大学名誉教授で、東大VR教育研究センター・初代センター長の廣瀬通孝氏を取材した際に聞いた言葉だ。当時、廣瀬氏は「産業分野においてVRを使った訓練のニーズが大幅に増える」と予測していたが、今それが現実のものとなっている。瀬戸氏が目指すXR技術の普及や社会実装が進むかどうか、今後の動向を引き続き注視したい。

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