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陸上養殖 成功の秘訣は“地域との良好な関係構築” 〜陸上養殖設備展2025 より〜

陸上養殖設備展2025のセミナーに登壇した静岡ガス株式会社の橘髙大輝氏(左)と、株式会社ARKの竹之下航洋氏(右)

陸上養殖設備展2025のセミナーに登壇した静岡ガス株式会社の橘髙大輝氏(左)と、株式会社ARKの竹之下航洋氏(右)

 世界中で魚介類の消費量が増える中、日本では、気候変動による環境変化などの影響で、漁獲量は減少傾向にある。沿岸で生け簀などを使って魚介や海藻を育てる海面養殖も行われているが、天候の影響を受けやすく、エサや排泄物が環境汚染につながりやすいなどの課題がある。

 そこで近年注目されているのが、天候に左右されず、海洋への影響も少ない「陸上養殖」だ。当媒体では2023年に、小型・分散型の閉鎖循環式陸上養殖システムを開発・提供するスタートアップ・株式会社ARK(神奈川県平塚市)の取り組みを紹介した。その際は初号機の製品発売イベントを取材したが、その後同社のビジネスはどのように展開しているのだろう。また同社のシステムを導入する企業側は、どういったビジネスを始めているのか。

 2025年10月15日から17日、東京ビッグサイト(東京都江東区)で、「陸上養殖設備展2025」が開催された。その中で「新たな事業の柱へ、食のバリューチェーン事業への挑戦」と題した講演に、株式会社ARK 代表取締役の竹之下航洋氏と、静岡ガス株式会社の橘髙(きったか)大輝氏が登壇。今年(2025年)7月から静岡ガスが開始した陸上養殖事業について紹介した。

なぜガス会社が陸上養殖を?

 講演の前半では、それぞれが自社で展開する陸上養殖ビジネスについての説明があった。

 ARKの竹之下氏によると、現時点で閉鎖循環式陸上養殖システムは、秋田から沖縄まで「17都道府県20箇所」で導入されているという。事業化も順調だ。岡山県笠岡市の東山陸上養殖研究所では2024年から車海老を養殖し、地元の飲食店や道の駅で販売されるほか、ふるさと納税の返礼品に採用されている。

 そうした中で「特に理想的な形で進んでいる」のが、静岡ガスのプロジェクトだという。

 静岡ガスでは、2024年11月にARKの閉鎖循環式陸上養殖システムのテスト運用を開始。地域のマーケット状況を見定めたうえで、2025年7月に事業化へと踏み切っている。

 なぜ地方のインフラ企業である静岡ガスが、陸上養殖に参入したのだろう。

 静岡ガスの橘髙氏は、同社では近年、従来のエネルギー事業に加え、最新テクノロジー領域での事業探索を進めており、「10年、15年後に大きな可能性がある領域を探す中で、陸上養殖にたどり着いた」と説明する。

登壇中の橘高氏

「陸上養殖に関しては、大手企業もスタートアップも、大きな成功を収めている企業はなく、技術としても未成熟だと思います。ただ、今の業界の盛り上がりを見ていると、(近いうちに)必ず技術革新というか、ブレイクスルーが起こるタイミングが来るのかなと。そのときに、我々のような“硬い企業”は、そこから始めてはとても間に合いませんので、今から土台を作るという意味で参入したというわけです」(橘高氏)

 もう一点、「食のバリューチェーン全体に入り込みたい」狙いもあったという。

 静岡ガスは「食の出口の部分」にあたるガスコンロの事業も展開しており、ショールームで料理教室を実施するなど食との関わりを細々と続けていた。しかし、今後事業をスケールしていくには「バリューチェーン全体に取り組むことが重要」だと考えたという。

「ガス事業に関して、当社は海外から原料を調達し自前でガスを作ってお客様に届ける、という全ての工程を担っています。このようにバリューチェーン全体をやっているからこそ得られるものがあると、我々は認識しており、これと同じことを食料分野でもやっていきたい。そうした中で(食の入り口の部分にあたる)陸上養殖に可能性を見出したというわけです」(橘高氏)

 “儲からない”から“儲けが出る”へ

 講演の後半には、陸上養殖事業に関するセッションが行われた。

 まず橘高氏からの「ARKのシステムの強みは?」という問いかけに対して竹之下氏は、自身が他のメーカーで開発に携わった際に「陸上養殖は産業としてはすごく将来性はあると思ったが、一方でこれは儲からないと感じた」と切り出した。

登壇中の竹之下氏

「今までの仕組みだと、初期投資も大きすぎるし、ランニングコストも高すぎるので、これはどうひっくり返っても儲けが出せないと思ったのです。じゃあ、事業として、産業として成立するためにはどうするかといったところで、僕らは1からハードウェアを設計する道を選んだのです」(竹之下氏)

 竹之下氏らは、陸上養殖の運用にかかる動力エネルギーや熱エネルギーをできるだけ下げるため、「冷蔵庫で使われるようなグレードの高い断熱材を使う」などさまざまな工夫を施したという。その結果、導入コスト、ランニングコストが下がり「儲けを出しやすいシステム」になったことが強みだとした。

 一方、竹之下氏からは、静岡ガスが事業化するにあたり「なぜその魚種(クエタマ(※)やハタ)を選んだのか?」という質問が投げかけられた。

※高級魚だが成長が遅いクエに、成長が早いタマカイを掛け合わせたハイブリッド種

 橘高氏は、今回の事業の一番のミッションは「地域に新しい価値を提供する」ことだとし、「ハタは静岡でほとんど食べられていない。流通していないこと」が選定のポイントだったと述べた。

「流通していないということは、静岡の海ではハタはあまり取ることができないということです。仮に取れたとしても、東京の市場に行っているだろうという話を聞きました。これがポイントです。静岡の海で取れる魚を我々が養殖してしまうと、地域の漁業者や関係者の方々との間に軋轢が生まれてしまいますから。我々の取り組みは、漁業関係者の方々に応援してもらう形を目指しています」(橘高氏)

「漁業関係者に応援してもらうことはすごく大事だと思っています。(中略)我々は既存の生産業を壊したいと思っているのではなく。基本的には漁業事業、海面養殖、(他社の)陸上養殖も、そして僕らも共存していくべきだと思っています」(竹之下氏)

 セッションの最後は「今後注力したい領域」が議論のテーマとなった。まず竹之下氏は「文化を作ること」が重要だと述べた。

「日本だとやはり天然物がおいしいとよく言われます。でも実は陸上養殖で作った魚もすごくおいしい。しかも我々のシステムで作ると、水を殺菌するので、抗生物質も使わなくても病気にならず安心安全。こういったところの認知を深め、より陸上養殖の魚が価値を持つようにしたいと考えています」

 橘高氏は、事業としてスタートしたばかりということもあり「販路の開拓に注力したい」とした。

「先ほどから申しているように、陸上養殖に関しては(食のバリューチェーンの)上流から全体をしっかりと業者としてやっていきたいという思いがあります。流通もそうですし、販路もそう。もっと上流の部分でもさまざまな方と関わっていきたいと思います。そういったところも踏まえて、ご興味のある方がいれば、ぜひお話しできればと思います」

 陸上養殖の事業に着手する企業は徐々に増えつつある。ただ、事業を成功に導くのは簡単なことではない。特に、「儲けが出て、かつ地域に貢献できる事業」にしていくためには、さまざまなことに気を配る必要があるようだ。静岡ガスとARKの取り組みが、この先大きく発展することを期待したい。

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