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量子コンピューターの開発が加速するにつれ、量子コンピューティング領域でのビジネス創出を試みる量子技術関連のスタートアップの活動も活発化している。
2026年2月27日、Tokyo Innovation Base(東京都千代田区)にて、そうしたスタートアップにフォーカスしたイベントが開催された。Q-STAR(量子技術による新産業創出協議会)主催による「Quantum Startup Day2026」がそれだ。
同イベントでは、量子スタートアップ12社によるピッチが披露されたほか、海外アクセラレーターやJETRO(日本貿易振興機構)による基調講演も行われた。
「ユースケースの量産により、量子アニーリングを民主化する」という切り口で関心を集めていたのが、東北大学情報科学研究科修士課程の安部央人(あべ・ひろと)氏による講演だ。
安部氏は学部生の時に教育関連事業で起業したが、その後、量子アニーリングが「社会インフラになる可能性を秘めている」ことを感じ、東北大学の大関研究室に入り、研究を続けているという。
「近年AIが普及してさまざまな問題を解決してくれますが、莫大な消費電力が課題になっています。一方で量子アニーリングは『最適化問題』という領域においては、一度システムとして定着すればAIとは比較にならないほど少ない電力消費で計算ができます。計算リソースの課題を量子技術で解決して、AIの処理の一部を移行していけると、持続可能な形で次のイノベーションの爆発を起こせるのではないかと考えています」(安部氏)
現在、安部氏が主な活動の場としているのが、東北大学大関研究室が中心となって展開するウェブサイト「Quantum Universe」だ。これは、量子教育イベントや社会実装・共同研究事例、教育関連動画などさまざまな取り組みをまとめ「量子人材の発見と育成ができる包括的なプラットフォーム」になっている。
安部氏よると「Quantum Universe」を通して目指しているのが「AIの初期現象を量子アニーリングの領域で起こすこと」だ。AIが民主化したきっかけのひとつは「誰でも使えるライブラリーやフレームワークが生まれた」ことにあり、これを量子の世界で起こすために実践しているのが「圧倒的な数のユースケースを展示する」ことだという。
「私たちは、プラットフォーム上で実際に動いて使える(量子アニーリングの)アプリを100個展示しています」
展示されているアプリには、たとえばその日の気候や、見た目の派手さ更には洗濯サイクルまでを考慮し、その日に最適な組み合わせのコーディネートを提案してくれる「Qoordinate(コーディネート提案)」や、自分の食べたい内容に合わせてラーメン二郎のオーダーの文言(「ニンニクマシマシアブラナシ…」など)の最適な組み合わせを提示してくれる「ラーメン二郎最適化」などユニークで親しみやすいものがそろっている。
「こうした圧倒的な数のユースケースを先行して用意することで、使う人の意識や敷居を下げたりしながら、新たなビジネスや起業が連続して生まれる環境を作っていこうとしています」
この他にも安部氏らは「実践的量子ソリューション創出」という取り組みも行っている。ここでは企業が抱える課題を提供してもらい、その課題を、量子アニーリングを活用して解決するプログラムも実施しており、この取り組みを通して新たな事業を創出する企業も出てきているとのことだ。
「私たちはハードウェアの進化を待つのではなく、ソフトウェアとユースケースの圧倒的な量産で、次世代のインフラを社会に広めていきます」と述べ、安部氏は講演を締め括った。
「ゲート型量子コンピューティングに特化したソフトウェアプラットフォームの開発」で注目を集めていたのが、イスラエル発の量子スタートアップClassiq Technologies G.K.(クラシックテクノロジーズ)の今野義丸氏によるピッチだ。
同社共同創業者兼CEOであるNir Minerbi(ニール・ミネルビ)氏は「量子業界のマイクロソフトを目指す」と公言している。これはすなわち「ユーザーに快適で有用なプラットフォームを、ゲート型量子コンピューティングの領域で提供したい」という意味だ。
今野氏によると、現在のゲート型量子コンピューティングのプログラミングには、大きく3つの課題があるという。ひとつが、プログラミングに使われる言語がQPU(古典コンピューターでいうCPU)依存の「低水準言語」となっており、これを習得するのに膨大な手間と時間がかかることだ。
二つ目が「マニュアル作業の限界」だ。量子プログラミングでは、低水準言語でプログラミングした後、それを楽譜のような量子回路図(時間軸に沿って量子操作を記述した図)に落とし込まなければならない。現在この作業の多くが手作業(マニュアル)で行われており、「かなり高度な職人技」となっている。10〜20量子ビット規模であれば対応可能だが、今後100量子ビット以上にスケールしていくと「とても人間には扱いきれなくなる可能性が高い」という。
そして三つ目が「多様なハードウェアへの対応」だ。今開発されている量子コンピューターのハードウェアには、超伝導、光、イオントラップ、中性原子型などさまざまなタイプがあり、この先どれがスタンダードになるかはまだ誰にもわからない。
しかし、量子プログラミングはひとつのハードウェアにひとつの言語が対応するため、たとえば超伝導型量子コンピューター用に作ったプログラムを、イオントラップ型で使う際には、またゼロから作り直さないといけなくなる。
「ひとつのハードウェアに対して、ひとつの(専用の)回路を作っていくので、ハードが変わったり、バージョンが変わったりした際には、また作り直さないといけない。これは企業にとっては、かなり大きなリスクになると考えられます」(今野氏)
こうした課題を解決するのが、Classiq Technologies G.K.が開発・提供するソフトウェアプラットフォームだという。
まず同社のプラットフォーム上では、一般的なエンジニアも理解しやすい「Qmod(キューモード)」という高水準言語を利用できる。しかも、このQmodでプログラムを記述すると、そこから自動的に量子回路図が生成される仕組みなので、量子プログラミングにかかる手間と時間を一気に短縮できるという。
「さらに、Qmodで量子回路を自動作成する際には、最適化も行われます。回路が小さければ小さいほど、ハードウェアの使用コストも下がってきますので、大きなビジネスインパクトがあります」
なお、Qmodを記述する作業についても、現在は生成AIによるコーディングのサポートが組み込まれているため、「Python(パイソン)レベルの知識を持つエンジニアであれば、Qmodの習得とAIのサポートにより、開発プロセスを大幅に加速できる」とのことだ。
加えて、同社のプラットフォームはクラウド経由でさまざまなハードウェアとつながっており、「クリック数回でそのハードウェアにマッチした量子回路を自動で作り直すこともできる」
「これができることで、過去に作ったものでも、新しいハードウェアのバージョンに合った回路を生成し直すことができます。あるいは、AというハードからBというハードに変わった場合に、課題解決に合わせたアルゴリズムは踏襲しながら、そのハードに沿ったものを自動で生成できるというわけです」
こうした強みを有するプラットフォームを活用することで、多くの企業が量子コンピューティングに挑戦する際に「今ある人材のリソースを活用」しつつ「コストを最適化」しながら「ベンダーロックインも回避」できると、今野氏は同社のサービスを会場にアピールした。
今回の取材を通して実感したのは、量子スタートアップや研究機関の取り組みが多様な領域に広がってきているということだ。量子業界のさらなる拡充と加速に期待が持てそうだ。