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スマート農業の課題「データ標準化」の壁をどう越えていくのか

「2022国際ロボット展」で開催された「『スマート農業の新たな展開』〜データ活用の加速化に向けた標準の活用〜」の様子

「2022国際ロボット展」で開催された「『スマート農業の新たな展開』〜データ活用の加速化に向けた標準の活用〜」の様子

 高齢化や過疎化による労働力不足や、輸出入の拡大による競争の激化など、農業を取り巻く課題は、増えるばかりだ。こうした社会課題を解決するため、IoTやAI(人工知能)、ロボットなどの先端技術を使った「スマート農業」の導入が進められている。特に2019年からは、農林水産省が「スマート農業実証プロジェクト」を開始。全国182の生産現場で実証実験が行われ、社会実装も視野に入れた動きが加速している。

 しかし、異なるメーカー間での農機の連動や各種データの連携がいまだ進んでおらず、スマート農業による効果を最大化できていないのが現状だ。この問題を解決する鍵となるのが「標準化」だ。農業データの標準化が進めば、農機間やデータシステム間の連携が円滑に行えるだけでなく、ソフトウェア開発の効率化などさまざまな効果が期待できる。また、海外市場の獲得においても大きなメリットがあるだろう。

 2022年3月9日〜3月12日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「2022国際ロボット展」において、「『スマート農業の新たな展開』〜データ活用の加速化に向けた標準の活用〜」と題したパネルディスカッションが開催され、データ活用の標準化を進めることで実現できる世界や、そのために解決すべき課題が議論された。

「データ活用の標準化」で実現されること

 農業分野におけるデータ活用の標準化が進むことで、どういったことが期待されるのか。

 まず株式会社クボタ(本社:大阪市浪速区)特別技術顧問・工学博士の飯田聡氏(トップ写真上段左)は、スマート農業加速化実証プロジェクトで、「データをエクスチェンジしたい」という要望が広く寄せられていることを紹介した。

 いくつかの実証プロジェクトでは、水田センサー、ロボットトラクター、ドローンなどさまざまな機器が使われたが、それらのデータは、クボタの農機であれば「クボタスマートアグリシステム(KSAS)」に、それ以外は「アグリノート(agri-note)」(ウォーターセル株式会社、新潟県新潟市)といったように、異なるデータシステムに格納されたが、実証参加者からは「これらデータを相互に連携させて使いたい」という要望が広く寄せられたという。

 飯田氏は、データ連携を実現するためには、農業データの標準化が必要だとし、さらに一歩進めて、そのデータが外部から利用できるようにオープンAPI化することも欠かせないと説明する。

クボタが目指す「スマート・フード・バリューチェーン連動型高度営農支援ソリューション」の概念図
クボタが目指す「スマート・フード・バリューチェーン連動型高度営農支援ソリューション」の概念図

 農業データの標準化、オープンAPI化が実現した先には、営農支援とフードバリューチェーンを連携させた「スマート・フード・バリューチェーン連動型高度営農支援ソリューション」が実現できるとの展望を述べた。

「これは、小売業界などの市場データとも連携して、市場で求められる作物を、求められる時期に、求められる量だけ生産できるようにするもの。この仕組みを実現することで、生産現場におけるフードロス削減につなげられます。我々は市場情報からの需要予測と、収穫予測、出荷データ、GAP(農業生産工程管理)など各種認証を容易にコネクトできるようにしたいと考えており、そのためにも標準化ということが重要になってきます」

 東京大学大学院 農学生命科学研究科 特任教授の二宮正士氏(トップ写真上段右)は、データを標準化することで、「アプリケーションの開発を低コスト化し、効率を上げられる」と期待を寄せる。

 例えば、現状では気象データが標準化されていないため、A県で気象データをもとに稲の病気の発生を予測するアプリケーションを開発したとしても、B県の気象データに対応していないため、B県の農家が使うためには、新たにアプリケーションを開発しなければならないといった状況にあるという。

「この場合も気象データが標準化されれば、どの県の人もすぐに新しいアプリケーションを使えるようになります。開発側もユーザー側もWin-Winの関係が実現します」(二宮氏)

 さらに「ビッグデータを簡単に作れるようになるのが大きい」という。

 高精度なAIを開発するためにはビッグデータが欠かせないが、作物の収穫周期に依存する農業データは「1年に1回しか取れない」ものが多い。県や地域を超えて幅広いデータを取得し、ビッグデータ化するためにも、データの標準化は極めて重要だと述べた。

既存の規格をいかした取り組みも

 ではそうした未来を実現するために、今取り組むべきことは何か。

 飯田氏は、「スマート農業の導入が進む今こそ、農研機構や関連業界が中心となり、標準化を進める必要がある」とした上で、さらに海外進出を念頭に、「国際標準化についても日本が積極的にリードしていくべきだ」と提言した。

 農研機構 農業機械研究部門 知能化農機研究領域 国際標準・土地利用型作業グループ長の元林浩太氏(トップ写真右下段)は、「データ交換に関しては、既存の規格があるため、これを無視してはいけない」と国際標準化を進める上での留意点をあげる。

「既存のものに対抗する規格を作ってしまうのは、国際標準の考え方から逸脱してしまうので、既存のものをうまく利用しながら、足りない部分を拡張していくのが、正しい取り組みだと思います」(元林氏)

 例えば、トラクターとそこに取り付ける作業機の間でデータ交換をする際には「ISO BUS(イソバス)」(ISO11783規格)と呼ばれる規格が海外を中心に使われている。ただISO BUSは大型トラクターを前提としているため、面積が小さい日本の田畑にはフィットしない。そこで農研機構がISO11783規格をもとに「AG-PORT(アグポート)」という国内規格を策定し、すでに活用されている。元林氏によると、「このAG-PORTを高機能化して、国際標準として海外に出してはどうかという議論も行われている」とのことだ。

「標準化」をめぐるさまざまな意見

 通信、暗号、金融、車の自動運転など、農業に限った話ではないが、どれを標準規格とするかや、規格の国際標準化へのアプローチについてはさまざまな意見や考え方がある。

 二宮氏は、「既存で素晴らしい標準があるのであれば、1カ所でまとめて管理しようとしないで、どんどん使っていけばいい」と持論を展開した。

「例えば私は、地理空間に関する情報の標準化を推進するオープンGISコンソーシアムによく参加しますが、完全にボトムアップ(下から意見を吸い上げる)です。皆さんよくご存じのWeb関連の標準化推進団体W3C(World Wide Web Consortium)も、そのほとんどの技術がボトムアップで、世界水準になっています。既存のものがあるならば、どんどん使えばいいのです」

 その上で「今ないものは、日本が打って出て、世界標準にしていけばいい」と自らの意見をまとめた。

 農業情報設計社 代表取締役CEOの濱田安之氏(トップ写真右中段)は、日本の規格を国際標準の場に持ち込むことに関して、「最初から国際標準にするという意志が必要だ」と述べる。

「私はISO規格の委員を務めた経験があるのですが、やはり日本の規格を国際標準の場で最初から作るぐらいじゃないと、いけません。日本で作ってから持っていくというのでは、もう国際標準が決まってしまっているといったことが起こり得る。最初から、国際標準にするという強い意志が必要だと思います」

 一橋大学イノベーション研究センター教授の江藤学氏(トップ写真上段中央)は「ローカル標準の氾濫は危険だ」と指摘する。

「実はローカル標準を作るというのは、本当はよくありません。農業の世界ではこれが相当氾濫しているので、非常に危険です。ローカル標準や、各社の特殊仕様が氾濫することで、ダメになっていった標準って、工業の世界ではたくさんあります。そうならないように、次の世界標準を作るときには、日本が主導して、世界にひとつの標準を作る努力をしないと、かなり危ないと思います」(江藤氏)

 一方で、日本の農業では「人手不足」を解決しようとしているが、海外では「人手余り」の状態の国もあるとし、「日本と海外のニーズの違いも多く、課題は山のようにある」と国際標準を作る難しさをあらためて提示した。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。