2025年開催予定の大阪・関西万博では、空飛ぶクルマによる輸送サービスの実現が目標に掲げられ、その準備が急ピッチで進められているものの、法整備やコスト面での課題は多い。
ところで、同じく”空を土俵”とする輸送サービスを行っている航空会社は、空飛ぶクルマをどう捉えているのだろうか。
2023年1月、東京ビッグサイト(東京都江東区)において「第15回 オートモーティブワールド」が開催された。その中で、日本航空株式会社(JAL)デジタルイノベーション本部 エアモビリティ創造部部長の村越仁氏が登壇し、『JALグループESG戦略としてのエアモビリティ事業 〜展望と課題〜』と題した講演を行ない、JALグループのエアモビリティの取り組みと、事業化に向けた展望と課題を語った。
村越氏によるとコロナ禍直前の2019年は、「航空業界にとって大きな(出来事が多く起きた)年だった」という。2019年7月に、世界の一日のフライト数が、過去最高(22万5千回超え)に達した。しかしこの時期には「空港や空域の混雑」がピークに達していた。こうした状況では自然災害などで一旦運行に支障が出ると、その影響は大きくなる。実際、台風19号によるアクセス寸断によって、約3万人が成田空港で足止めされ、これが大きな問題となったこともあった。
こうした状況がコロナ禍により一転、航空利用の需要が世界中で一気に消滅する。
「国内線で2019年の2割から3割に。国際線に至っては、ほとんどゼロか1割に。そういった状況に陥りました」(村越氏)
加えて、環境意識の高まりにより、大量のCO2を排出する航空輸送に対する懸念の声、いわゆる「飛び恥(flight-shame)」運動が欧州を中心に高まり、航空利用のさらなる減少につながったという。
また別の問題として、テレワークを活用し地方に拠点を構える人が増えたことに加え、人口減少や高齢化によって地域に“空白地帯”が生じ、「住む場所によって、物流や移動のサービスを受けられる人・受けられない人が生じている」ことも大きな課題になってきたと述べた。
「このように人の流れ(や考え方)が新たなステージに入っている中で、都市と地方、地方と地方、といった2地点間を結ぶ事業を展開する我々航空会社も、どんな貢献ができるのかを考えなければいけない。新たな人流、物流、もしくは体験も含めて、移動に関わる新たな流れを生み出せないかといったところが、そもそもの(JAL)エアモビリティ事業の発端ということになります」(村越氏)
現在JALでは、具体的にどのようなエアモビリティサービスの提供をイメージしているのか。
村越氏は、空飛ぶクルマの初期のサービスイメージとして、「空港二次交通」「地域内周遊観光」「都市内エアタクシー」の3点を考えており、特に空港から都市部(ハブ地点)を結ぶ「航空二次交通」に注力していると説明した。
「特に、初期的に有望だと思うのが、地上交通の空白地帯です。日本は海岸線が非常に長いものですから、例えば、神戸から関西空港に行くためには、ぐるりと(海岸沿いを)迂回しなければいけません。こういったところを、海上を含め、直線的に結ぶ。あるいは、関西空港から都市部、観光スポットへ行くようなルートも非常に有効だと考えています」
さらに、「あくまでもエアラインの一担当者としてのイメージであるが」と前置きしつつ、空飛ぶクルマの事業性についても触れる。
まず空飛ぶクルマの事業を展開する際にかかる費用について、ヘリコプター運航に比べて大きく下がるのは、変動費(燃油費、着陸料/航行援助料、運航整備費など)と、固定費(機材費、整備/施設費、運航人件費など)だという。
「特に、飛ばせば飛ばすほどお金がかかる変動費は、空飛ぶクルマの時代になると、(着陸料などが)大幅に減ってくるだろうと思われます」
一方、収入については、そう簡単に採算が取れるものではないとの見解を示した。
「既存のエアラインについては、席の数が数百人と多く、飛ぶ距離も長いものですから、いろいろと調整しようがあります。一方で、空飛ぶクルマの航行距離は、せいぜい100キロから200キロ。お客様は2人から4人ほどです。こういったモデルで、2地点間で航空輸送事業と同じように収支を出そうとすると非常に難しい。より高密度で、運航頻度と就航率を上げていかなければなりません。かつ、(必要とされる時にだけ運行する)オンデマンドで搭乗率も上げて、最適なネットワークを作っていかないといけません」
では具体的に、どの程度の運賃であれば採算が取れると考えているのだろう。この点も「ジャストイメージではあるが」と前置きしつつ、「タクシーのキロあたり単価の1.5倍程度あれば、何とかやっていけるというイメージを持っている」と村越氏は自身の見解を述べた。
例えば、成田空港から東京都心へは直線距離で約65キロメートルあるが、タクシーを使えば、利用時間は90〜120分ほど、運賃は2万7千円程度になる。これが空飛ぶクルマになると、「およそ30分で到着し、運賃は3万円強程度になるだろう」という。
ちなみに、タクシーの場合は1台に数人で乗り込み、割り勘で支払うこともできるが、空飛ぶクルマの場合は、1席当たりの価格になるため、割り勘はできない。こうしたことも含め、「どういう形で利用者に許容してもらうか」がこれからの大きな課題になっていくとのことだ。
最後に村越氏は、現在JALではエアモビリティ事業をESG戦略のひとつに位置づけており、今後は「新しいエアモビリティを活用したシームレスな輸送の実現」を目指すと述べた。
「具体的には、現在我々運航する航空網を“動脈”とし、その先の“毛細血管”も構築し、人、物を含めてシームレスにつなげていく。そういうことに取り組んでいるところです」
長らく日本の航空インフラを提供してきた同社が、新たなエアモビリティをどう取り込み、融合していくのか。今後の展開に注目したい。