2013年に創業したiMakerbaseは、深センの工場が母体となって生まれたハードウェアスタートアップ・アクセラレーターだ。
iMakerbase本社2Fにあるコワーキングスペースでは、イタリア・イギリス・韓国・マレーシア・日本などの起業家やエンジニア、デザイナーが働いている。無料で利用できるテーブルで働くものも、会社が成長して単独の個室を構えているものもいる。
社内には工業用のCADを操って、プラスティックの外装ケースを設計する中国人エンジニアもいて、起業家たちと頻繁に話をしている。そのまま1階の射出成形工場に降りていき、金型エンジニアと打ち合わせする姿も見られる。
iMakerbaseは、このオフィス1階の小規模な射出成形工場のほか、深セン郊外や東莞などに複数の射出成形工場を運営している。射出成形以外の仕事は、他の工場とも連携して最終的な製品に仕上げている。CEOのAllen氏は「深センメイカー・サプライチェーン協会」の他、複数のアライアンスの立ち上げ実績もあるが、現在も製造・OEM・ODM業務を続けており、そちらでも利益を上げている。
世界的にメイカームーブメントが盛り上がる中、2014年から中国でも大衆創業・万衆創新(一般人による起業、社会全体によるイノベーション)というボトムアップからのスタートアップ促進キャンペーンが始まった。それと同時に、iMakerbaseの工場もスタートアップからの依頼を多く受けるようになった。自ら工場の社長として活動していたAllen氏は、スタートアップに対して取引先の紹介や投資なども行うようになった。スタートアップとの交流が深まるにつれ、メイカースペース的な性格を帯びるようになってきた。
また、深センへの注目が高まることで、海外スタートアップからの製造受諾や、深センに引っ越して起業する外国人のメイカーも多くなり、彼らをサポートすることも増えた。やがて、スタートアップの支援や、メイカースペース的な業務、海外のメイカーたちへの対応を担当するスタッフが増え、現在のiMakerbaseの形となった。
工場として様々なスタートアップと仕事をするうちにメイカースペースが生まれ、やがて起業支援や投資などにも業務が広がっていくというのは、日本の浜野製作所/ガレージスミダ(東京都墨田区)とよく似ている。
工場での製造業務は、大きな利益が見込めないが、継続的にキャッシュが入ってくる。投資業務は多くの利益をもたらすが、伸びているスタートアップの株や未公開株は現金化が難しく、投資によるキャピタルゲインは、キャッシュフロー上は使いづらい。工場としての製造請負と投資でのキャピタルゲインは、キャッシュフロー上は補完関係にあり、ビジネスとしては相乗効果がある。
スタートアップ育成に力を入れたい深セン政府と、iMakerbaseも補完関係にある。スタートアップイベントや海外の起業家支援は、新たな投資や営業の機会になるので、利益がゼロか多少マイナスであっても、政府から委託、支援されるようなイベントや活動をすることで、ネットワークを大きくできるメリットがある。海外の起業家やスタートアップも、それによって無料や低価格でのサポートを受けられる。たとえば筆者の中国での工作許可証や、いくつかの顧問業務は、iMakerbaseから事務面の支援を受けている。深セン政府とiMakerbaseと海外の起業家は、それぞれwin-winの関係と言える。
アクセラレーターとしてのiMakerbaseの特徴は、小さなアイデアを国際連携で世界的なプロダクトに仕上げ、利益が上がるものにすることだ。
イタリア人のGiovanni氏はプロダクトデザイナーで、自らデザインの会社を運営し、iMakerbaseに入居している。また、マレーシア出身でシンガポール国立大学卒業のJenxi氏はマーケティング・ブランド構築の会社CheeseFlowを運営している。深センに住む多くの欧米人たちのモデルやカメラマンと連携し、プロダクトのブランドイメージをグローバルなものにする。CheeseFlowのオフィスやスタジオもiMakerbase本社に入居している。
ベビーカー向け扇風機Airtoryは、韓国のプロダクトデザイナーのアイデアだ。彼は、3Dプリンタでプロトタイプを作ることはできても、製品にするために何が必要なのかがわからずにいた。そんな中でiMakerbaseが韓国政府と開いたイベントに参加し、支援を受けることになった。前述のイタリア人たちと一緒にデザインを進化させ、Cheeseflowと協力してビデオやプロダクト写真の撮影を行い、グローバル市場でマーケティングを行いつつ、iMakerbaseの工場で量産を行ったことで、製品化に成功した。
iMakerbaseはAirtoryの量産時、工賃の先払いではなく、レベニューシェアで収益を得ている。会社の経営権を握る形での投資は行っていないものの、先に工数を使って、後にレベニューシェアをしたことで収益を挙げるビジネスとしている。サービス提供をすることで投資とし、製品化したものを販売することで回収するプロデューサー的なスタイルは、資本金を出資するスタートアップ投資とは異なるが、非常に深センらしいスタイルだ。
Allen氏が工場主からスタートアップ支援に業務を広げたもう一つのきっかけは、深セン政府のサポートだ。
2014年以降、深セン政府は、VCやメイカー、スタートアップ支援となるデモデイやマッチングイベントなどの様々な活動に、多くの資金を投入し手厚く支援している。人材の採用、海外からのプロジェクト引受、起業促進など、iMakerbaseの活動は、様々な点で深セン政府の産業振興と相性がいい。
さらに、「大湾区(グレーター・ベイ・エリア)構想」が始まり、国際連携にも、政府から戦略的な支援が行われるようになった。グレーター・ベイ・エリアとは、ニューヨークのイーストベイ、サンフランシスコのベイエリア、東京湾一帯、そして香港/マカオ/深セン/珠海/東莞/中山/佛山/広州にまたがる深セン湾区を「世界四大ベイエリア」と呼び、連携を仕掛ける深セン市や広東省政府の構想で、深セン版の「一帯一路」と言える。
海外、国内のどちらにも製造支援や投資を行ってきたiMakerbaseは、この構想を受けて2014年以来、多くの深センの国際イノベーション連携イベントなどを運営サポートしている。また、スタートアップ支援を強める韓国政府と連携し、ソウルにiMakerbaseソウルがある。アメリカやシンガポール・オランダ・フィリピンなどのスタートアップ支援組織とも連携しており、日本支社も開設準備中だ。
Allen氏は、日本のスタートアップピッチイベントに参加したときに、「パワーポイント(の資料)だけがあって、実際に動くデモやサンプル、何かしらサービスになったものがないスタートアップは、ちょっとコメントしづらい」という、工場主らしいコメントを残している。工場出身、製品化重視、サービスでも投資でも支援するというのは、いかにもスピードと柔軟さを重視した深センらしいスタイルだ。こうした具体的なスタートアップ支援は、深センに起業家が集まる一つの理由にもなっている。