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大企業の新規事業担当の苦悩 新領域に挑むスタートアップの難しさ〜IVS 2023 KYOTO その2

IVSセッションや会場入口の様子(本文の内容とは関係ありません)

IVSセッションや会場入口の様子(本文の内容とは関係ありません)

 6月28日〜30日の3日間に京都で開催された日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS 2023 KYOTO / IVS Crypto 2023 KYOTO」は、イベント名称にあるようにCryptoのカンファレンスも同時開催となっており、web3関連のセッションも多数開催された。

大企業新規事業担当者の苦労もシェア

 大企業の担当者が登壇する複数のセッションで、web3の新規事業に「どう取り組んでいるのか・その課題は?」という話題が展開されており、その中で大企業の新規事業担当者なら共感できる課題がシェアされていた。

右から2人目がANA高野悠氏
右から2人目がANA高野悠氏

「Web3事業にどう取り組むべきか」と題されたセッションでは全日本空輸株式会社(ANA)におけるNFTの取り組みが紹介された。ANAはロボティックスやXRにも積極的に取り組んでいるので、web3にも理解があるのだろうと想像していたが、パネリストとして登壇したの高野悠氏によると「社内は全然わかっていなかった」という。つまりweb3の新規事業は、トークンを使い、決済やルールも全て新規なものなので、社内の経理や法務もすべて巻き込む必要がある。しかしどこのセクションでもweb3についての知識は無い。それでもANAは、コロナ禍による業績の低迷があり、それが「航空事業のみではいけない」という強い危機感となっている。この危機感があったればこそのweb3事業だが、それでもマイレージとの連携など、社内調整に時間が必要な仕組みを最初は回避したという。

 また、「大企業の視点から見たWeb3の可能性と課題点」というセッションで指摘されていたのは、いわゆる“大企業あるある”だ。web3や生成AIなどが注目を集めると、「それで新しい取り組みを!」ということで、社内の複数のセクションがお互いに連携無く、似たような取り組みを始めてしまうことがあるという。一斉に開花して一斉に散ると、新しい事業は育たない。

 さらに、web3は当初の勢いを失ったとはいうものの、消えてなくなるわけではない。トークンエコノミーや分散台帳技術など、本質的に優れた技術が今後普及するのを待つ間に、経営判断で早々に全退場しては、いざという時に輝けない。規模が大きくならない新規事業で“その時”が来るまで耐えるには「スモールでクイックな取り組みを繰り返すことが大事」だという指摘もあった。大企業内で可能性を感じながら、社内の圧に耐える意欲ある会社員の苦労がしのばれる。

新規事業を手掛けるスタートアップにも難しさが

 IVSでは、株式会社PR TIMESが主催するメディア向けのスタートアップピッチも開催された。最終日の午前中に登壇したのは、株式会社pafin(旧クリプタクト)Co-CEOの斎藤岳氏と株式会社CogSmart代表取締役CEOの樋口彰氏だ。

pahinの斎藤氏
pafinの斎藤氏

 株式会社pafinは、確定申告に必要な仮想通貨の損益を自動で計算するポートフォリオ管理サービス「cryptact」を提供してきたが、新たにブロックチェーン取引を見える化したweb3の家計簿「defitact」を正式リリースした。

 銀行やカード会社など中央集権型の組織が取引履歴を管理しているリアルマネーと異なり、仮想通貨は通貨の種類も多く、ウォレットを通じて行う取引は入出金の実態が見えにくい。資産管理、確定申告も必要だ実際にやるとなると大変な事務作業となる。pafinの提供するこうしたツールは、仮想通貨取引には欠かせないサービスだ。それゆえ「cryptact」の提供を始めた2018年当時は競合となるサービスが10社余りも存在したらしい。それが現在は3社に淘汰。そのうちのひとつが同社で、一貫してトップシェアを保っているという。

 pafinの強さの秘密はチームの多様性で、エンジニアの国籍は9カ国に及ぶ。新しい通貨が生まれ、あるいは消えていくなど仮想通貨に関する情報は日々変化する。チームの出自が多様なら、視野も広く、アンテナ感度も良好というわけだ。

 株式会社CogSmartの事業も興味深い。同社は、代表取締役/最高科学責任者CSOの瀧靖之 東北大学加齢医学研究所教授の研究成果を元に、将来の認知症へのリスク低減を促す検査サービス「BrainSuite®(ブレインスイート)」を展開している。

CogSmartの樋口氏
CogSmartの樋口氏

 BrainSuiteでは、MRI画像を用いて脳の海馬の体積萎縮を測定することができる。通常、アルツハイマー型認知症の場合には、海馬の顕著な萎縮が認められる。萎縮していることが見える化されたことで、期待できるのは行動変容だ。人はさらなる萎縮を抑制しようとし、有酸素運動を増やし、飲酒・喫煙を控えるようになる。

 2025年には65歳以上の5人に1人は認知症という推計もあるが、認知機能の維持、向上につながる行動変容を促すのは難しい。「脳(海馬)の萎縮」という強烈な事実は、待ったなしの行動変容につながるはずだ。同社では今後スポーツクラブなどとも協業し、脳の活性化と定期的な運動習慣の重要性を伝えていく予定だという。

* * *

 スタートアップ起業の起点は、新たな技術であることが多い。上記の両社とも仮想通貨、画像解析AIとこの数年で世に現れた新しい技術が起業のきっかけになっている。しかし “新しいモノ”は事業化の見立てが難しい。その理由は「普及せずに消えていく」からということもあるが、技術の進化が早すぎて、想定していた事業が「飲み込まれ消えてしまう」ためだ。

 例えば生成AI。Open AIが開発するGPTの現行モデルに不足する機能、付加価値を売り出そうと思って準備していても、AI側のアップデートやプラグインの登場でその領域が標準機能に取り込まれてしまう。するとその事業領域がまるごと消滅してしまう。米国のスタートアップ界隈では“Gen AI is eating the world, in all sectors”という警句がすでにあるそうだ。

 新規事業に飛び込むのに苦労する大企業。飛び込んだものの、そのプールの水が無くなるリスクに晒されるスタートアップ。今回のイベントのような機会にお互いの課題を知り、うまく支え合っていく必要があるようだ。

※株式会社pafinと株式会社CogSmartは、DG Daiwa Ventures投資先の一社となります。DG Daiwa Venturesは株式会社大和証券グループ本社と株式会社デジタルガレージが合弁で設立したベンチャーキャピタルです。

Written by
朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。