今年に入り訪日外国人が急増するなど、旅行業界に回復の兆しが見えてきた。しかし、多くの観光地で、いまだ改善されていない課題もある。それが「移動の問題」だ。
日本の観光地は、見どころが10キロ圏内に分散し、歩いて回れないことが多い。かといって、電車やバスを利用するにも、運行数が少なかったり、最寄り駅が観光スポットから離れていたりする。となると、レンタカーだが、慣れない運転をしながら駐車場を探したりするのも大変だ。
こうした観光地における移動の問題を、小型EVで解決しようとするスタートアップがある。それが、2020年12月創業の株式会社eMoBi(えもび、東京都中央区日本橋)だ。
同社は、自社開発した3人乗りの小型EV(電動トゥクトゥク)を使ったシェアリングサービス「Emobi(最初の「E」サービス名は大文字、会社名は小文字)」を提供しており、現時点で全国8カ所、40台以上の導入実績がある。今年(2023年)9月には総額1億円の資金調達を行い、事業を拡大中。同社代表取締役の石川達基氏に、「Emobi」提供の狙いや今後の展望を聞いた。
日本の観光地が抱える移動の問題について石川氏は、観光スポットの分散や車などの利用しづらさに加え、「そもそも公共交通で、住民と観光客、双方のニーズに応えるのは無理がある」と指摘する。
例えば、同社が「Emobi」のサービスを展開する鎌倉では、電車やバスが観光に利用されるが、そのルートは、基本的に住民の利便性を第一とするため、駅やバス停の多くは観光スポットとは関係のない住宅地の近隣にある。そのため観光客は、観光スポットから遠い場所で降りて歩かねばならず、利便性は低い。
さらに、観光客と地域住民では、“支払いが許容できる料金”にも大きな差がある。例えば、観光で鎌倉に来た人は、「おそらく江ノ電の乗車券を千円に上げても乗るが、地元の人は乗らないでしょうね」という。
「つまり、動き方もビジネス上の性質も全く違うユーザーに、同じ器で対応すること自体に、無理があるだろうという話です。さらに、公共交通機関のルートは固定していますが、今はSNSの時代なので、常に新しい観光資源が発掘されています。このため観光客の移動の傾向は、かなり流動的です。そういう意味では、フレキシブルで、観光に特化したインフラがあった方が、みんながハッピーになれるだろうと。そんな考えが根本にあり『Emobi』を開発しました」
では「Emobi」とはどのようなサービスなのか。「Emobi」で提供される小型EVは、東南アジアで見かけるトゥクトゥクのような3人乗りの3輪車で、普通免許で運転できる。ハンドルは自転車のようなバーハンドルになっており、車の運転に慣れていない人でも簡単に操作できる。公道で50キロまで速度が出せるので車との並走が可能。さらに小型なため、狭い道でも楽にすれ違いができ、駐車も簡単だ。また、3人乗りであるため、友人や家族と一緒に乗れる。
「最近、僕らがよく話しているのが、『モビリティサービスを通して、観光のUXを劇的に良くしよう』ということです。これは、単に移動の利便性向上だけでなく、観光地を総テーマパーク化するといった話。要は、ものすごく回遊性を上げて、魅力がある場所にアクセスしやすくする。そのうえで、観光客の移動データを収集し、各所にフィードバックすることで、観光を劇的にアップデートしていくことを目指しています」(石川氏)
石川氏が、EV事業に取り組むきっかけとなったのは、学生時代に電動バイクのバッテリー開発ベンチャーにインターンとして参画したことだ。ベトナムの電動バイクのメーカーにセールスに出向くなど、フルコミットして働いていたが「ビジネスになるかどうかは、結局、バッテリーを導入する側(EVメーカー側)の意向で決まることに気づき、EV開発側に回ろうと、独立を決めた」という。
その後、eMoBiを立ち上げ、小型EVを自社開発し、まずは九州などの離島でシェアリングサービスを開始した。
「日帰りで来る人も多いコンパクトな離島に小型EVを置いたら、ものすごく稼働が良くて。マーケティングコストもかからず、すごく収益性の高いモデルになったんです。僕らはこれを『離島型』と呼んでいるのですが、ビジネスとしては非常にうまく回りました」(石川氏)
次に着手したのが、鎌倉でのシェアリングサービスの提供だ。石川氏らは、これを「都市型」と呼んでいる。鎌倉駅近くに拠点を構え、同世代であるZ世代向けに、SNSに投稿したり広告出稿するなどして、集客に努めている。
資金調達も進み、今後はどのようなビジネスを展開しようとしているのか。石川氏からは、「『ホテル型』(ホテルとの協業)に力を入れる」との答えが返ってきた。
現在、石川氏らは鎌倉で「都市型」のビジネスモデルに注力しているものの、マーケティングコストに加え、オフィスの賃料や従業員の人件費がかさんでいる。さらに、バッテリー交換などの業務負担も少なくないため、「これを全て自分たちでやっていたら、いつまでたってもスケール(事業拡大)できない」と感じていたという。
そうした中、沖縄県のホテルに営業をかける機会があり、好感触を得た。その際、ホテルに小型EVを置いてもらうことで、「都市型」のビジネスモデルで抱えていた課題の解決への道筋が見えたという。
「ホテルには、(小型EVを駐車する)敷地もありますし、オペレーションの人員も持っています。さらにお客様もかかえています。しかも、地方ではバスやタクシーがあまり発達していないため、旅行者は常に、移動手段に困っています。そこで僕らの小型EVをホテルに置いてもらい、お客様に利用してもらおうと。これだとマーケティングコストも、人件費も場所代もかけずに運営できるうえ、スケーリングも大いに期待できます。もう少し踏み込んだところでいうと、例えば、鉄道会社や航空会社とも連携して、パッケージサービスを安価に提供すれば、レンタカー市場にも食い込んでいけます」(石川氏)
さらに石川氏は、「ホテル側にユーザーの移動データを提供することで、新たなビジネスも展開できる」という。
「実は多くのホテルは、『滞在中のお客様の行動を把握できていない』という課題を抱えています。もし、お客様の行動を把握できれば、例えば、ホテルに戻ってくる時間に合わせて食事を用意するなど、ホスピタリティのアップにつなげられます。あるいは、近隣の蕎麦屋やコンビニなどに、多くのお客さんが行っていることが分かれば、施設内にそうした店を増やすこともできる。こうした形で、お客様の移動情報を活用したいという声が、ホテル側から多数寄せられています。そこで、ユーザーの移動データを提供するサービスも新たに展開しようというわけです」
実際に、名門ホテルを含む複数ホテルへの小型EV導入が、毎月のように発生していることに加え、ユーザーの移動データを提供するサービスも利用が急増しているとのことだ。
「資金調達した総額1億円の多くを、小型EVの製造に回しています。現在運用しているのは40台ですが、今年中には140台の体制になる予定です。その多くをホテルとの協業に投入し、一気にスケールすることを狙っています」(石川氏)
「将来的には、世界中どこに行っても、『Emobi』のサービスが利用できるレベルまで持っていきたい」と話す石川氏。観光立国日本を支え、さらに世界で利用されるサービスとなることを期待したい。