11月2日に中国政府の工業・情報化部が「ヒューマノイドロボットイノベーション体制を確立し、2025年までに量産を実現」という意見を発表するなど、中国政府はロボット開発に注力している。
「2025年までに量産」というのは中国の政府によくある誇大な掛け声と思われるが、実際に中国でのロボット製品や、各種展示会などを見ていても、新しいロボット開発のためのエコシステムが生まれているのを感じる。
2足や4足で歩くロボットを製造する企業も多く登場しているが、そうした企業にセンサーやアクチュエータ(機械的な動きを生み出す装置。モーターや油圧、空圧装置など)部品や工作機械などを供給する企業も中国各地に生まれ、多くの産業にまたがったエコシステムが生まれつつある。
スマホ大手として知られるシャオミは、2023年に2足歩行ロボット「CyberOne」と、4足歩行ロボット「CyberDog2」を相次いで発表した。とはいうものの、CyberOneはシャオミ公式の動画と展示会などでは動作しないモックアップのみの公開。CyberDog2は入荷時期含めて不明だが直販サイトに掲載されており、ブロガーなどによる開封動画が中国の動画サイトにアップされているので、製品に近いレベルまでは来ているようだ。
そのCyberDog2の関節で使われているアクチュエータ「CyberGear」は、599元で販売されており、様々なテスト動画がネットに上がっている。
ロボットはフィジカルな世界で動作するものなので、モーターなど動作する部品(アクチュエータ)が必要だ。単純なモーターは電流を回転動作に変える道具だが、歩行ロボットの足の付け根関節では、回転する範囲は一定で、高速回転よりも強いトルク(力)や、精密な動作が求められる。回転速度を落としてトルクを強くする減速機構などの機械部品、現在どのぐらいの角度になっているかを高速・高精度で検知するセンサー(エンコーダ)や、エンコーダから角度を受け取って、あとどのぐらいモーターに電流を与え、行き過ぎたら補正するなどの判断する制御ボードなど、複雑なシステムが、それぞれの関節に対して必要になる。高度なロボットは、こうしたシステムを組み合わせてより複雑にしたものになる。
モーターと制御部品やセンサーを組みあわせたシステムをひとつの製品とし、「何度の角度に回転してくれ」などのコマンド制御で動かせるのがインテリジェント・モーターだ。インテリジェント・モーターは部品ともシステムともいえる。シャオミのCyberGearもそうしたもののひとつだ。4足歩行ロボットの大手Unitree Roboticsも犬ロボットの関節で使用しているインテリジェント・モーターを販売している。こうしたパーツを採用し自社のロボットに組み込めば、ロボット全体を製造している企業は、自社の強みを出せる部分の開発のみに注力できる。
2020年創業、広州のHigh Torqueもそうしたロボット部品を開発するスタートアップだ。小型の自社開発ブラシレスモーターに減速機と制御ボードを組み込んだインテリジェント・モーターユニットを販売している。同社は数億ドル規模の売上をもつマーケティング会社Suntangを母体に持つ。マーケティング会社とロボット部品ではまったく異なるが、2013年にSuntangを創業したメンバーは当時から「ロボットをやりたい」という想いがあり、環境が整ってきた2020年にHigh Torqueを起業。すでに30名を超えるメンバーを抱えている。
自社のロボットキットも販売しているが、どちらかというと「モーターの応用例を示すデモのための製品」という位置づけで、インテリジェント・モーターユニットの販売が中心だ。
ここ数年の中国は、高度なロボットモジュールを作る中小企業にとって有利な条件がそろってきた。産業の集積により、ギアなどの機械部品の工作精度が上がっており、また、中国のサプライチェーンにおいては、スタートアップや中小企業でも、モーターに必要な強力な永久磁石などの素材部品が入手しやすい。電気的に接点を制御するブラシレスモーターや動作の制御に必要なマイコン類も、カスタマイズ可能な状態で入手できる。さらに、こうした分野のマイコンは先端技術というよりも、他の産業と組み合わさった応用分野であり中小企業に向くことなど。
こうして流通するようになった高度なロボット部品は、工業用ロボットアームや産業用の3Dプリンタ、CNC加工機などの工作機械とも要素技術が重なる。どれも今、中国で盛り上がりをみせている分野だ。
モーターは用途ごとにギアや制御ファームウェアのカスタマイズが必要で、多品種少量生産に向く。そしてそうしたオーダーに柔軟に対応してくれるHigh Torqueのような中小企業が身近にあることで、最終的なロボット製品を開発するスタートアップも自らが望む部品を入手することができる。このように小規模なB2Bであっても、カスタマイズ、保証といった面での融通がきくのは今も続く中国の製造業の特徴だ。
中国の一人あたりGDPは2022年時点で1万2720ドル、世界銀行の定義ではまだ「中所得国」だ。中国の成長は今も「世界の工場」としての大量生産にあり、貿易黒字の40%程度はアップルやテスラなどの外資企業製品を製造することで稼いでいる。中国国内の企業が、世界が求める製品を作れるようになるかは、社会全体の課題となっている。
中国にとってロボットは有望分野である。ロボット産業の裾野は広く、中国全土で学生ロボット大会は盛り上がっており、強豪チームにはロボット産業を支えるモーターやセンサー・制御ボードを製造する中小の企業などがスポンサードしている。サービスロボットに取り組むスタートアップが多いことの他、産業用ロボットや新しい工作機械に取り組む企業も多数あるので、カスタマイズされた高性能なロボット部品は中小企業にとっても安定した売上が見込める分野になりつつあるようだ。
筆者の本業は、深センでの開発ツールに関する事業開発だ。ロボット開発をしている日本のスタートアップから、「中国のこのインテリジェント・モーターを日本で買えるようにしてほしい」という依頼も多い。この分野の進化は、世界全体のロボット技術をさらに盛り上げていきそうだ。