毎年夏に米国ロサンゼルスで開催されるコンピュータ・グラフィックス及びインタラクティブ関連技術の世界最大級のイベント「SIGGRAPH(シーグラフ)」。今年で44回目の開催となる「SIGGRAPH 2017」では、VR技術を用いた展示が多く、特にエンタテインメント以外の分野の展示が目立ち、VR市場が発展している様子がうかがえた。ここでは、遠隔地において、あたかもその場にいるかのような感覚を再現する技術「テレプレゼンス」の最新事例を紹介したい。
今ではビジネスの現場において、当然のように利用されているテレビ会議だが、最近ではVRを活用し、仮想空間内で会議を行うという試みがなされている。しかし、仮想空間内でコミュニケーションを行うツールについては、まだ確立されていない。今回のSIGGRAPHでは、その課題の解決を目指したテレプレゼンス関連の新製品や、学術研究の発表が数多くあった。
会場内でひと際目立っていたのが、リアルタイムかつフォトリアルなVRアバター展示の「MEET MIKE in VR」(VR空間でマイクに会う)だ。エミー賞視覚効果部門でノミネート歴のあるマイク・シーモア(Mike Seymour)氏が、このアバターのモデルとなったことから「MIKE」と名付けられたという。
画面には本物の人間と見間違うほど高精細のCGキャラクターが、人間の声に合わせてしゃべっている様子が映し出さているのだが、舞台裏では人がリアルタイム・トラッキング装置を顔につけた状態で会話をしており、その様子がアバターに反映されているという仕掛けになっている。体験者がVRヘッドセットを使って視聴すると、このアバターが仮想空間内に登場し、自然に言葉をかわすことができる。SIGGRAPH開催期間中、「MEET MIKE」のブースでは仮想空間でマイク氏のCGアバターによる著名人とのライブインタビューなども行われていた。
Unreal EngineをVRコンテンツ制作に使用し、Cubic Motion社と3Lateral社が提供したリアルタイム・トラッキングシステムを採用していた。人間のCG表現や、モデルのアーカイブを研究している南カリフォルニア大学も共同で制作にあたった。マイク氏の顔や頭部のCGモデルは3Dスキャンなどで事前に作成されているが、今回の会場における展示では、頭部の動きや顔の表情がトラッキングシステムによってリアルタイムに再現されていた。
ただ、このサービスは全体的に大掛かりな装置が必要となるため、テレビ会議などで気軽に利用するわけにはいかないという印象だった。もっとも、ここまでリアル表情が再現できるCGアバターであれば、遠隔地間の意思疎通の精度が高まることだろう。
続いて取材を行ったのは、仮想空間内のテレビ会議システムやビジネスツールの開発を行っているWorldViz社。今回は、VRミーティングサービス「Vizible」の展示を行っていた。複数の参加者がひとつの仮想空間内で、パワーポイントのようなプレゼンツールや3Dモデルの共有することにより、お絵かきなどを共同で行うことができる。
実際に、そこに人がいるかのようなVRテレビ会議システムは、すでにさまざまなものがあるが、この「Vizible」に関してはVRを利用した会議システムとしての実用性だけではなく、VRならではの表現が盛り込まれており、リアルさだけでない魅力があった。
筆者も、仮想空間内で他の人々と会議を行うデモを体験した。このデモでは、会話の相手はロボットのような骨格と名前が表示されるだけなので、いささか不気味ではあったが、ネットの向こうにいる相手が、あたかも間近にいるという存在感はあった。仮想空間内で飛行機のデザインを議論するといったテーマで会議を行ったが、他の参加者との仮想オブジェクトを通じたインタラクション(相互交流)も可能で、相手に飛行機の部品(CGの3Dモデル)を手渡すことなどができた。
通常、仮想空間の開発にはUnityなどのツールを用いるため、プログラミングの知識が求められるが、「Vizible」が提供するツールを使えばプログラミングなしにVR用のプレゼンテーションを制作することができる。デモでは、「Vizible」内のPresentation Designerツールを使用し、オブジェクトのドラッグ&ドロップでVRプレゼンテーションを制作できていた。3Dコンテンツに加え、画像や動画、PDFやPowerPointスライドなど従来の2DコンテンツもVRプレゼンテーションに使用することが可能だ。WorldViz社は今後、VR空間でのプレゼンやストーリーテリングの仕方などについて研究開発を行う予定だ。
今回の「SIGGRAPH 2017」では、VRテレプレゼンスの実用化がすぐそこまで来ていることが実感できた一方で、技術的な課題はまだまだ残っているように感じた。展示会場では、それらの課題を解決するであろう実用化前の技術を大学や企業の研究機関が発表や展示していた。次の記事ではこれから普及していくであろう技術について取り上げる。