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盛り上がるストリートバイオの現状と課題

YCAM(山口情報芸術センター)のバイオラボ

YCAM(山口情報芸術センター)のバイオラボ(写真提供: YCAM 津田和俊さん)

 7月25,26日に開催されたNew Context Conference 2017(以下NCC)では、1日目はバイオテクノロジー、2日目はブロックチェーンをテーマにしたセッションが行われた。ここでは、1日目のセッションでも紹介された「ストリートバイオ」に注目したい。

 実は「ストリートバイオ」という言葉そのものは、今のところきちんと定義されていない。「シチズンバイオ」や「オープンバイオ」、「DIYバイオ」などとも呼ばれることもあるが、大学や企業の研究室に所属していない人や、研究施設を持っていないスタートアップ企業などが、研究機関外で行うバイオ関連の活動だと思っていただければよいと思う。代表的なストリートバイオの施設や、そこを拠点として活動する民間の組織として、バイオハッカー界隈で有名なものでは、ロンドンのバイオハックスペースや ボストンのEMW、ニューヨークのGenSpaceなどがあり、日本でも東京にはBioClub 、山口県にはYCAM(山口情報芸術センター)のバイオラボなどなどがある。

 こうした施設や団体が世界各地で続々と現れた背景には、数年前から3Dプリンターやレーザーカッターの低価格化、キット化が進み、こうした設備を取り揃えたファブラボが各地に開設されたことがある。そこでは、これまで個人ではできなかった工作が可能となりDIYのブームが発生した。バイオの実験においても、安全の確保や専門的な設備、検査機器などが数多く必要であり、個人や規模の小さな団体ではなかなかそういった設備を揃えることができなかった。ところがこのDIYブームの影響で登場したいくつかのファブラボに、バイオ関連の実験設備が導入されたことにより、大学や企業の研究室に所属しなくてもバイオ関連の実験が可能となり、「ストリートバイオ」のムーブメントが急速に世界中に広まった。

 バイオ関連の実験には、機械的な設備以外にも生物資料が必要だが、そちらに関しては、厳格な精度を求めないということであれば簡単に入手することができる。さらに金属や樹脂などとは違い、菌類などは栄養と環境さえ整えれば増やすことができる。また「ストリートバイオ」の団体の中にはP2レベル(遺伝子組み換えが可能)のラボスペースを持つ団体もある。この場合は、世界的に定められた遺伝子組み換え生物の取り扱いに関する規定などがあるため、厳密な管理が要求される。

 このようなラボではその設備を活用して、スタートアップを立ち上げようとしているバイオベンチャーなどが実験を行うこともある。NCCでは、YCAMやBioClubなどのストリートバイオ向けの施設や団体、IndieBio、qp3、BioCuriousなどのバイオスタートアップ向けのインキュベーターがセッションを行った。それによると今サンフランシスコやイスラエルなどではバイオ系のスタートアップが目覚しい勢いで成長している。これらの背景には契約制のオープンラボスペースや、ストリートバイオと大学との連携などがあるためだという。IndieBioやqb3、BioCuriousはそれぞれ特色が異なるが、各々がバイオ系のスタートアップのエコシステムを構成する要素として機能している。

 このように、本格的なバイオテクノロジーの企業を支えるインフラになる一方で、ストリートバイオは、より身近な家庭で行うぬか漬けやパン作りなどの発酵食品作りのように、バイオテクノロジーを生活に取り入れて楽しんだり、生活の質を上げたりする目的で行われる側面もある。東京渋谷の道玄坂にあるFabCafe Tokyoの2階にあるFabCafe MTRLでは、まさにそういった形でバイオテクノロジーを学び、楽しむ活動が行われている。

 バイオというと医療や、生命を理解するための研究がイメージされ「私たちの普段の生活にはあまり関係がないのでは?」という声をよく聞く。今回のNCCの講演で紹介された各地での取り組みを知るに及んで、ストリートバイオは予想以上に世界各地に広がっており、それを起点とする草の根スタートアップや、起業を支援するインキュベーターの活動などが盛んになっていることがわかった。

 一方で、当日のイベントでも何名かの登壇者が警告を発していたが「バイオが今熱い」というのは、インターネット黎明期に似た部分があり、玉石混交の企業や団体、個人がこの分野に群れ集まって、業界に賑わいがもたらされている面があるという。このような奔流の中で、着実に成果をあげ、成功を収めるには、表面的な動きだけにとらわれず、コンテクストを理解し、なにが本質なのかを見極める力が問われてくるだろう。

Written by

Wild Scientist
DG Lab 海外特派員
MIT Media Lab Research Affiliate

中学生時代、家族や友人の病気をきっかけに、免疫学分野で主にIgE抗体とクラススイッチング、エピジェネティクス分野でDNAメチル化中心に生物学を学び始める。
高校生時代には、研究費と試薬を集め、株式会社リバネスのラボや京都大学のラボを始め、様々な機関のラボで設備を借りながらDNAメチル化に関する研究を行った。高校卒業後は、フリーの研究者として研究を継続し、現在は主に生命を理解するための研究を行っている。