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【日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップVol.25】「トランプ関税」を取り戻すAIが誕生

イメージ画像(AIにて作成)

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。

 今回のテーマは、「関税還付AI(人工知能)」です。米国ではトランプ政権以後、追加関税が乱発されています。めまぐるしく変わる関税ルールにどう対応するのか、複雑な還付手続きをどうこなすのかは企業利益に直結しますが、こんな時に役立つのがAIです。(聞き手・執筆:高口康太)

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「トランプ相互関税は違憲」米連邦最高裁が2月20日に出した判決だ。2025年4月から約10カ月にわたり、世界を騒がせてきた相互関税はこの判決で“なかったこと”になるらしい。ただ、この間に徴収された関税が還付されるかどうかは不透明、理屈の上からいえば還付されるべきだが、あまりに金額が大きいので返還は難しいのだとか。

 で、これでトランプ関税が終わりかと思いきや、今度は根拠法を変えて、同様の税率の新たな関税をかけるという。今までは国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいていたが、今度は「1974年通商法122条」が使われる。

  貿易実務は各種の法規制に対応し、膨大な量のペーパーワークがある、めんどうくさい分野だ。書店の棚をみても、こんなに本があるの?!と驚くほど実用書がある。貿易関連の取材をするたびに、「複雑すぎる……。自分には絶対できない」と痛感してきたが、近年それがさらに複雑になっている。関税乱発のトランプ大統領の影響もあるが、レアアース規制など経済安全保障法制を整備する中国の影響も大きい。

 しかし、「社会課題あるところにビジネスチャンスあり」、だ。しかも、日進月歩で進化するAIにとって、ルールの把握やペーパーワークの代行は得意分野の一つ。世界のテクノロジートレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏は、「関税AI」が注目すべき新ジャンルだと話している。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

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関税が「ニューノーマル」になる時代

――2025年は「関税」の一年でした。

マット・チェン(以下、M):グローバルビジネスの流行語大賞候補ですね。トランプ政権は外交と経済の主要ツールとして関税を駆使しました。この数十年間、世界経済はグローバル化を進展させ、関税はどんどん引き下げられてきたのですが、この流れは終焉したといってもいいでしょう。

企業にとって関税は厄介な存在です。利益率が圧縮され、キャッシュフローが削られる。経営に直結する重要課題です。

――日本企業への影響も大きい。

M:日本製造業はアメリカ市場への依存度が高く、自動車、機械、電子・精密部品などの分野では、アメリカは必要不可欠な市場です。日米合意によって、大規模な対米投資や米国製品の輸入増を条件として、追加税率は15%に引き下げられましたが、その負担は決して軽いものではありません。大統領に代わっても関税が下がることは期待できません。

関税コストを負担し、新たなルールにあわせてサプライチェーンを修正する必要があります。そもそも論として、グローバル・バリューチェーン、すなわち一つの製品が完成するまでに、設計や部品が何度も国境を越えるビジネスモデル自体の不透明性が高まりました。国境をまたぐごとにコンプライアンスコストと不確実性が増すからです。

専門家しか理解できない「還付」

M:中長期的にビジネスをどう組み替えるかも重要な話ですが、もう少し卑近なトピックを取りあげましょう。それが還付です。

――還付ですか?

M:関税は「払ったら終わり」ではありません。さまざまな形で還付を受けられる制度が存在するのです。

もっとも一般的な事例だと、加工輸出です。ある製品が米国に輸入される時に関税を支払う必要があります。ただ、その製品を米国内で販売せず、再加工して輸出する、あるいは返品したり品質問題で破棄したりした場合には、一度払った関税の還付を受けられます。

問題は、この還付の制度がきわめて複雑なことです。ルールが非常に細かく、複雑になった結果、今や「専門家しか理解できない」領域になってしまいました。一般的な企業だと、還付申請に必要なデータをそろえるのは一苦労。ERPシステム(基幹業務統合システム)にまとまっていればいいですが、たいていはエクセルやPDF、ひどい時には紙の書類にまで散らばっています。商品ごと、用途ごとに還付のルールは違います。

自社に専門家がいない場合には、専門業者に外注する必要があります。それでも申請から還付までに半年から1年以上かかるのが普通です。中小企業だと、手間も時間もかかりすぎて割に合わないと、還付を諦めることもよくあります。後述するスタートアップPax社の調べによると、還付可能な関税のうち、80%は請求されていないそうです。

新たなAIの強み

――以前にバイオ製薬のAIエージェントについてお話をうかがいましたが、コンプライアンス対応と、分散したデータを統合してのペーパーワーク代行がAIの強みとのことでした。関税還付も似ていますね。

M:まさに。AIの性能が向上する中、その用途はコンテンツ生成や事務作業効率化にとどまりません。分散して保管されている非構造化データを集約し、標準的な規格に変換することにおいては高い性能を発揮します。文章などの抽象的な成果物を出力する際には品質がばらつきますが、高度にルール化された分野ではそうした問題も少ないのです。

関税還付申請はその典型ですし、GMP報告書(医薬品製造管理基準)の作成、病院がカルテに基づいて作成する医療保険請求書なども有力な分野です。

米国ではこうした、専門家でなければできなかった複雑な作業をAIに代行させようとする企業が多数登場しています。

――なるほど、AIに記事を書かせるとかなり凡庸になりがちですが、申請書のようにルールがきちんとしているものは得意になってきた、と。

Pax(本社・米国サンフランシスコ)というスタートアップがあります。私の投資先の一つです。あの著名なアクセラレーター「Yコンビネーター」の出身です。AIを使って企業が提供する様々なフォーマットの書類を読み取り、計算可能な構造化データに変換します。独自のアルゴリズムで最も有利な還付の組み合わせを見つけ出し、数週間で処理を完了させてしまいます。結果として、企業は予想以上の還付金を受け取ることができています。

随分前に私が出資したFlexport((本社・米国サンフランシスコ)もこの領域に参入しました。同社のソリューションは申請自動化ではなく、還付金額を最大化させる物流、サプライチェーンの組み合わせを発見するものです。Flexportは2013年に創業し、今や評価額80億ドルに達するフォワーダー(自社で船や飛行機は持たず、荷主と運送事業者を仲介して、適切な物流を支援する事業者)の巨人です。彼らは世界の膨大な輸出入データを扱っており、その組み合わせは「地球上の砂の数」よりも多いと言われています。

Flexportが開発したAIアルゴリズムは、あらゆる組み合わせを同時に評価し、最高の還付額を生み出すパターンを自動で見つけ出します。人間の直感的な判断に頼る古いシステムでは不可能な芸当です。実際、このAIを使った分析により、従来のやり方と比べて企業が受け取る還付額が約400%もアップしたという結果が出ています。

――関税ハックをAIが見つけてくれるのは面白いですね。

M:PaxとFlexportはアプローチこそ違いますが、共通しているのは「テクノロジーが複雑な制度の問題を解決し、見過ごされていた価値を解放している」ということです。関税の時代において、企業はコスト管理やキャッシュフロー戦略を見直す必要があります。複雑な制度の中から自らの資源を取り戻すために、AIの力を使うべきなのです。

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 これまでまったく知らなかった「関税AI」という分野が存在し、トランプ時代の追い風を受けて発展している……。この事実も面白かったが、それ以上にうならされたのがマットさんの発想法だ。

 以前に有望スタートアップの見極め方をうかがった時、「自分の中に明確な基準を持ち、その戦略に基づいて投資すること」と話していたが、進化したAIが非構造化データの集約とルールベースの成果物出力に強いとの発想から、関税AIにも目を付けたようだ。

 AIの進化に驚くだけではなく、AIの強みと弱み、近い将来に何ができそうで、何ができなさそうなのか、この点に嗅覚を持っているかどうかが重要だと改めて感じた。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。