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“キラキラ”ではなく“地に足がついた”宇宙開発 和歌山のプロジェクトが始動

左から、和歌山大学 秋山演亮イノベーションイニシアティブ基幹教授、タカショーデジテック代表取締役社長 古澤良祐氏(出資会社)、WALL代表取締役 有井安仁氏、アークエッジ・スペース取締役Co-CTO 柳田幹太氏、BEE代表取締役 久保田善文氏(出資会社)(画像提供:WALL)

左から、和歌山大学 秋山演亮イノベーション・イニシアティブ基幹・教授、タカショーデジテック代表取締役社長 古澤良祐氏(出資会社)、WALL代表取締役 有井安仁氏、アークエッジ・スペース取締役Co-CTO 柳田幹太氏、BEE代表取締役 久保田善文氏(出資会社)(画像提供:WALL)

 北海道大樹町の「スペースポート」や大分県の宇宙産業の取り組みなど、宇宙ビジネスを核として地方創生につなげようという動きがある。衛星やロケットの製造、そして打ち上げ、宇宙港など産業として裾野が広い宇宙関連ビジネスだが、各地の取り組みはどこもまだスタートを切ったばかりで、「宇宙産業の都市」としての優劣が定まるのはこれからだ。

 こうした中、地域の企業・大学と宇宙スタートアップが連携して、人材を育成し、地域の課題を解決しながら、宇宙技術の社会実装を目指す“民間主導”の取り組みがはじまった。和歌山県和歌山市に2025年10月に創業した株式会社WALLによる宇宙産業創出プロジェクトがそれだ。

 WALLは、超小型人工衛星の開発を手がける株式会社アークエッジ・スペース(本社・東京都江東区)と和歌山県内の複数の民間企業が共同出資して設立された。同社は、人工衛星の製造・運用実績があり、大型パラボラアンテナを持つ国立大学法人和歌山大学と共同研究契約(「宇宙産業人材の実践的育成手法の研究」)を締結しており、衛星の設計・製造・運用などを通じて、人材育成と産業創出に努めるとしている。

 WALL代表取締役の有井安仁氏と、和歌山大学イノベーション・イニシアティブ基幹・教授の秋山演亮氏、アークエッジ・スペース取締役Co-CTOの柳田幹太氏に、取り組みの狙いや展望を聞いた。

宇宙開発を地域の課題解決につなげたい

WALL代表取締役の有井氏(画像提供:WALL)
WALL代表取締役の有井氏(画像提供:WALL)

 有井氏によると、和歌山県は他の多くの地方と同様に人口が大幅に減少しており、農林水産業などの担い手不足といった課題を抱えている。さらに、南海トラフ地震による津波が想定されるなど、防災に関する課題も山積している。

 そうした中で、串本町に民間ロケット射場「スペースポート紀伊(スペースワン株式会社)」が建設され、宇宙という新しい成長産業に地域として関わりを持つ機会が増えているが、こうした取り組みが「地域の産業集積」や「地域の生活の豊かさ」につながっていないという。

「どうしたら宇宙産業を、私たちの生活の豊かさや地域課題の解決につなげられるだろうかと考えたことが、そもそもの起点になっています」(有井氏)

 もともとソーシャルビジネスの起業と支援に多数携わってきた有井氏は「缶サット甲子園」(高校生が空き缶サイズの人工衛星の打ち上げを競う大会)をきっかけに、和歌山大学で宇宙関連の研究に携わっている秋山氏とつながった。「せっかくならこの縁を和歌山に宇宙産業を根付かせる事業につなげたい」と、同様の志を持つ地域の経営者に声をかけ、立ち上げたのがWALLだという。

重要なのは「地上IoTデータの活用」

 WALLが手がける事業は3つ。ひとつが「衛星製造」だ。これは、2028年に和歌山県内で製造した人工衛星を和歌山の射場から打ち上げることを目標に「衛星製造を、人材育成とそれに取り組む企業に知見が残るような形で行っていく」という。

 二つ目が「地上IoTデータの活用」だ。紀伊半島は県土の約80%が森林に覆われていることもあり、多くのエリアに携帯電波などの通信インフラが行き届いていない。衛星を利用してこうしたエリアの通信環境を整備し、防災など地域の課題解決に活用していく。

 そして三つ目が、和歌山大学が所有する大型パラボラアンテナを活用した「地上局の運用」だ。

和歌山大学構内パラボラアンテナ(画像提供:WALL)
和歌山大学構内パラボラアンテナ(画像提供:WALL)

 これら3つのうち、宇宙産業を根付かせていくうえで特に重要なのが「地上IoTのデータ活用」だと秋山氏は強調する。

 秋山氏によると「宇宙輸送」や「衛星製造」の市場規模は合わせて約3.3兆円であるのに対し、「衛星用地上機器(地上局、アンテナ、衛星通信端末など)」の市場規模は約21兆円もあり、「ビジネス的な観点から見ると、ここが一番大きなマーケットになる」という。

 加えて、以前から秋山氏は近畿地方整備局などと組み、和歌山の各所にIoT機器(LPWA型)を設置する取り組みを進めており、これらのセンサーネットワークの中に、WALLが製造する人工衛星を組み込むことで、防災などにも役立つ新たな衛星通信インフラを構築できるとのことだ。

和歌山大学の秋山教授(画像提供:和歌山大学)
和歌山大学の秋山教授(画像提供:和歌山大学)

「今回有井さんがWALLを立ち上げる際に、私はアークエッジ・スペースと組むべきだと伝えました。同社の代表・福代孝良氏は農学部出身で、南米アマゾンの森林保護のために、ほとんど地上通信ができない場所でデータを取ろうとしている。つまり我々と同じようなことを考えているわけです。さらに彼らの超小型衛星にはIoT機器(LPWA型)に対応した受信機が搭載されており、そうした知見も得られると期待したのです」(秋山氏)

 なお、プロジェクトのタイムスケジュールとしては、まず地上でのIoTセンサー敷設を先行して進めつつ「それらの電波(データ)をアークエッジ・スペースの衛星できちんと取れるのかを調べていく」という。

「そうした問題を解決しつつ、我々メンバーも地上のことばかりをするのではなく、ちゃんと衛星製造にも参加してそのシステムをきちんと理解する。さらにそこで得た知見を地上のシステム構築にフィードバックしていく形で『地上IoTのデータ活用』を進めようと考えています」(秋山氏)

和歌山は国内有数のテストフィールド

 ではアークエッジ・スペースが参加した理由は、どういった点にあったのか。

 柳田氏によると、同社は超小型衛星を開発・提供しているが、その先の「地上の何かの課題を解決する」事例が増えないことに課題感を持っている。

 これまでいくつかの地方自治体の担当者と話はしたものの、課題の解決のためのプロジェクトを組み上げるところまで進展しないことが多々あったという。

アークエッジ・スペースの柳田氏(画像提供:アークエッジ・スペース)
アークエッジ・スペースの柳田氏(画像提供:アークエッジ・スペース)

 一方、今回のプロジェクトは、すでに有井氏が県内の企業に声をかけており、参加メンバーが集まっている状態にあった。加えて、秋山氏が豊富な研究実績を持ち、和歌山大学にはインフラも整っている。さらに和歌山には「スペースポート紀伊」もあり、宇宙産業を盛り上げる機運が醸成されつつある。つまり「人工衛星を使って、地域の課題を解決することにつながる環境がすでにあったのです」と柳田氏は説明する。

 たとえば、東京近郊の街であれば、通信インフラなどは十分に整っていることが多く、何か問題があっても衛星が無くとも解決できるケースが少なくない。しかし和歌山の場合は、山深いエリアが多く、かつ南海トラフ地震への対策が喫緊の課題になっているなど、衛星に対する期待と需要が極めて高い。こうしたことが参画の決め手になったとのことだ。

 柳田氏の話を受けて「和歌山は国内でも有数のテストフィールドでもある」と秋山氏は説明を加える。

「衛星を使ってIoTセンサーを使う意味において和歌山というのは、実は日本の中でも本当に稀有な、非常にいいテストベッド(実証環境)だと言えます。だからこそ我々は(他の多くの地域が目指す)ロケットを使った輸送系の事業ではなく、衛星を使ったデータ利用に舵を切ったというわけです」

* * *

 取材を通して強く印象に残ったのが、意気込みを求めた際に秋山氏が答えた「キラキラ宇宙ではなく、地に足のついた宇宙開発を目指したい」という言葉だ。

 宇宙開発は華やかでロマンあふれるイメージがある。ゆえに地方創生のキーワードとして人気があることは否めないだろう。もちろん盛り上がり自体を否定するものではない。しかし、息の長い宇宙産業の創出を目指すならば、秋山氏のいう「地に足のついた宇宙開発」を志す必要がある。

 ちなみに筆者は、和歌山県出身である。和歌山では、高校を卒業した若者が大学進学などで他県に出ていき、そのまま戻ってこないケースが非常に多く、筆者もその一人だ。宇宙産業のような新たな産業が根付いていけば、そうした流れも少しは変わるかもしれない。引き続き、WALLの取り組みを注視したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。