Open Innovation Platform
FOLLOW US

【日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップVol.30】未来予測テックかギャンブルか——急成長する予測市場の今

イメージ図(本文とは関係ありません)

イメージ図(本文とは関係ありません)

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。

 今回のテーマは「予測市場」。未来の出来事に値段をつけ、株のように売り買いする市場がこの1年で急拡大しました。一方でさまざまな不正の温床という指摘もあります。予測市場とはいったいなんなのか。世界のテック・トレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏に聞きました。(聞き手・執筆:高口康太)

*  *  *

 最近、「予測市場」という言葉を目にすることが増えた。

「米国とイランの実効停戦は7月24日までに成立するか?」「次の5分でビットコインの価格は上がるか?」「エチオピアの次の首相はアビィ・アハメドか?」……。原稿執筆時点(7月19日)、実際に予測市場「Polymarket」(ポリマーケット)に並んでいた取引対象となる「予測」の一例だ。

 ある出来事が未来に起きるか否かを、お金をかけて予測する。この予測市場というサービスは1980年代から存在してきたが、近年になって急な盛り上がりを示している。もとは予測取引によって「集合知」を可視化し、精度が高い未来予測を可能にするツールと言われてきたが、最近はギャンブルのような様相をみせている。暗号資産データ会社CoinGeckoによると、その名目取引額は2026年第2四半期には前四半期比48.7%増の1138億ドル(約18兆5000億円)に達したという。世界のありとあらゆる出来事が取引の対象になることもあって、「トランプ大統領のプロンプター(講演時に原稿を表示する機械)を操作する担当者が、非公開の演説内容を利用して約9万ドル(約1460万円)の利益を得ようとした疑いで調査を受けている」などのスキャンダルも発覚している。

 ところで、ここにきて予測市場が、なぜこれほど急拡大し始めたのか。ベンチャー投資の世界に詳しい台湾の投資家マット・チェン氏に聞いた。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

*  *  *

「未来の出来事」が資産になる

――ワールドカップという世界的イベントの影響もあり、予測市場は盛り上がっているそうですね。

マット・チェン(以下、M):大手予測市場Polymarketでは、「優勝チームはどこか」という問いへの累計取引額が40億ドルを超えています。サッカーはそもそも世界で一番賭けの対象になっているスポーツです。台湾でも政府公認のスポーツくじが人気だったのですが、今年は予測市場も選択肢の一つに加わりました。

サッカーだけではなく、「日銀は月末に利上げするか」「ホルムズ海峡の通航はいつ正常化するか」「米政府は2027年までに地球外生命体の存在を確認するか」……。など、無数の問いが投資の対象になっています。

――もう、なんでもありですね。友人同士でだらだら雑談していると出てきそうな話題というか。

M:たんなる予想ではなく、予測に「価格」がついた点が新しいのです。予測市場の仕組みは単純です。結果を検証できる未来の出来事を「イエスかノーか」の二択に落とし込み、参加者が本物のカネで予測する。結果としてついた価格が、そのまま「この出来事が起きる確率」に対する群衆のリアルタイムの総意になります。

――「ワールドカップの優勝チームがどこになるか」という問いは、その人の「好み」で決まりそうなトピックですが、お金をかけるとなると真剣に考えると。

M:しかも株式と同じで、結果が出る前にいつでも持ち分を売ることができるのです。たとえば「フランスがワールドカップで優勝する」という取引を例に考えましょう。この取引商品は「優勝すれば100円もらえる、優勝しなければ1銭ももらえない」という契約だとします。契約の価格が20円だったら、市場は優勝確率をおおむね20%と見ていることになります。50%と見ていれば50円、80%だったら80円になります。

もし、フランスの評価が上がり、価格が60円まで上がったとしましょう。20円の段階で購入していた人はこの時点で売却すれば、20円で仕入れた契約を60円で売れるため、差額の40円を手にします。逆に価格が下がれば、早めに売って損失を抑えることもできる。参加者の売買によって価格、つまり市場が見積もる確率が刻々と変わる仕組みです。

胴元がいない賭け

――日本人の感覚では、スポーツくじやブックメーカーとの違いが気になります。

M:違いは二つあります。第一に「誰と賭けているか」。ブックメーカーの相手は胴元です。胴元がオッズを決め、客が勝てば胴元が払う。客と胴元は対立関係にあります。予測市場は違います。あなたの契約の相手は「逆の見方をする別の参加者」です。プラットフォーム自身は賭けに参加せず、稼ぎは取引手数料です。カジノではなく、取引所に近い存在ですね。

第二に「流動性」。スポーツくじは買ったら結果を待つだけですが、予測市場では途中で売ることができる。「中央銀行は利上げするか」という契約を使って、保有株の金利リスクをヘッジ(回避)する投資家すらいます。

――ほとんど金融商品ですね。

M:米国では、以前から存在した「イベント契約」(event contract)と呼ばれる金融商品としての位置づけになりつつあります。イベント契約と予測市場の仕組みはほぼ同じです。ただ、イベント契約は取引対象も参加者もごく少数でした。スマートフォンやステーブルコインの普及で、誰でも簡単に参加できる環境が広がったことで、予測市場ビジネスとして生まれ変わりました。

ただ、まだ法的地位は確定していません。連邦法では先物・デリバティブを監督する商品先物取引委員会(CFTC)が管轄し、プラットフォームには「指定契約市場」(DCM)という正式なライセンスを与えるというイベント契約のガバナンスが採用されました。ただし、米国内でも一部の州当局は賭博法の適用を主張しており、連邦法と州法の境界は、まだ確定していません。

新しいビジネスなので世界の対応もまちまちです。英国では賭博として監視の対象となり、許認可が必要となりました。既存の賭博法やオンラインゲーム規制で対応する国や、無認可サービスを禁止する国も出てきています。

もう一つ、私が重要だと考えている区分があります。これはGame of Chance(運のゲーム)ではなく、Game of Skill(技術のゲーム)だという点です。スロットマシンやルーレットは運任せですが、予測市場で勝つには経済、スポーツ、政治への判断力が要る。人よりひとつでも多く情報を握れば、その分だけ勝率が上がる。判断力で競う以上、賭博よりも金融取引に近いのです。

――ただ、ギャンブルとして楽しんでいる参加者が多いのでは?

M:予測市場は金融ツールなのか、新手の娯楽なのか。おそらく両方です。予測市場は「群衆の知恵の予言機」と持ち上げられますが、多くのユーザーにとって予想が当たるかどうかは二の次で、ただ楽しく遊びたいだけ。この「投資」と「娯楽」の間の曖昧さこそが、分類を拒み、代替を拒む。予測市場のいちばんの魅力だと私は思っています。

――予測市場そのものは新しい概念ではありませんが、この1~2年、話題となる機会が増えました。

M:2024年の米大統領選が転機となりました。選挙結果を占う重要なツールが世論調査ですが、コストがかかるため頻繁に行うことはできません。一方、予測市場はリアルタイムです。一つのニュース、一回の討論会、なにかの事件が即座にオッズに反映され、選挙情勢を可視化しました。世論調査より敏感な風向計になったわけです。

2強時代——KalshiとPolymarket

――業界の勢力図を教えてください。

M:二強が君臨しています。一つはKalshi(カルシ)。CFTCのライセンスを取得し、米国初の連邦監督下のイベント契約取引所になりました。この「コンプライアンス優先」の姿勢がウォール街に愛され、今年、評価額220億ドルをつけた後、足元では約400億ドルの評価額で資金調達を進めていると伝えられます。背後にはセコイア・キャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)といった一線級のベンチャーキャピタルが控えています。

もう一つが、先ほど触れたPolymarketです。ブロックチェーン上に構築され、ステーブルコイン(法定通貨に連動する暗号資産)で決済する方式です。無許可でイベント契約を提供していたとして2022年に米国向け市場の閉鎖を命じられました。2025年7月にライセンスを持つ企業を買収し、Polymarket USとして米国市場に再上陸を果たしています。現在は約150億ドルの評価額で調達を模索しているところです。

日本の予測市場は「賭けない」

――やっぱりちょっと怪しい(笑)。規制が厳しい日本だと予測市場ビジネスは難しそうです。

M:ところが今、日本での予測市場参入は急拡大しています。筆頭は株式会社Masenticが運営する「ミライマ(Miraima)」。2025年11月のローンチですが、運営会社によると、月間アクティブユーザー数(MAU)はすでに100万人に迫るとのことです。初期の爆発は衆議院選挙でした。高市早苗氏の人気が急上昇すると、政治の熱がそのままサービスに波及しました。後発の「POYP(運営会社は株式会社POYP)」や、ゲーム会社gumiの「ヨソクヒロバ」も相次いで参入しています。

――ただ、日本でお金を賭けるのは違法になるのでは?

M:だから日本勢には共通の仕掛けが工夫されています。現金を直接賭けることはしないのです。ユーザーは広告視聴やゲームでコインを稼ぎ、予測市場ではそのコインを賭けます。予想が当たれば店舗での決済に利用できるギフトカードやポイントに換える。予測に使うコインと、商品に交換できるポイントを分離した、懸賞に近い設計です。海外とはかなり違う、別種のビジネスとして成長しています。

巨頭の死角はインドにある——Yoso

――世界には巨人がいて、日本国内にも有力企業が生まれている。最近盛り上がったビジネスという認識でしたが、すでに業界の構図は固まっているわけですね。

M:二強が押さえているのは米国と世界の主流市場だけ。空白はあります。台湾企業が立ち上げたYoso(ヨソ)はその好例です。ブロックチェーン上で稼働するオンチェーンサービスで、現在は(仮想通貨の)Suiを採用しています。主な市場として、インドをターゲットにした点が新しい。

キーワードは「ローカライズ」。インドで人気のクリケットを主な予想の対象とし、さらに現地の優良株やETFの値動き、ボリウッドスターのSNS動向、ネットフィリックスのランキング、現地の政治・文化イベントなどを対象としています。扱うテーマの7割はインドのローカルなトピックです。AIを使ってインドメディアが取りあげたトピックを抽出し、取引対象とするのです。

2026年初頭に始まったばかりのサービスですが、同社によると、わずか半年で年間の予測取引額は1億ドルを超えると想定され、登録アドレス数は5万を突破しました。彼らのユーザー獲得戦略もユニークです。ユーザーにまず無料で資金を提供するのです。取引に失敗しても損失はなく、成功すれば利益が得られるとなれば、試してみようと考える人は多いでしょう。マーケティング費用の節約を考えれば、無料で資金を提供しても割に合うという判断です。この戦略に注目し、私たちチェルビック・ベンチャーズも出資しています。

――今回は、予測市場とはなにか、そして、米国など先行市場以外では未開拓の領域も多く残っているというお話でした。そうした点についてはよくわかったのですが、最後にどうしても気になる点があります。予測市場は一過性のブームなのか、継続的なビジネスなのか、どちらでしょう。法規制の影響も大きいですし。

M:よく聞かれる質問です。インドも今年5月に「オンラインゲーム促進・規制法(Promotion and Regulation of Online Gaming Act, 2025)」の施行規則「PROG Rules 2026」を施行し、金銭を賭けるオンラインゲームが禁止されました。予測市場ビジネスにも影響は及び、Polymarketはインド当局によってアクセス禁止措置を科されました。Kalshiはインドを利用制限地域に加えました。今後、二強以外にも影響が広がる可能性は考えられます。

それでも、私は「予測市場が終わることはない」と考えています。人間はギャンブル好きな生き物です。違法賭博を潰しても、必ず次のギャンブルが生まれるのはそのためです。予測市場がギャンブルの要素を備えているのは事実ですが、他の違法賭博と比べれば、法規制の遵守などコントロールしやすい側面があります。予測市場はやがて新しいタイプの取引所へ進化し、イベント契約は娯楽性と実用性を兼ね備えた金融資産として定着するでしょう。

*  *  *

 昔、経済学の本で読んだ予測市場が、なぜ今になって盛り上がっているのか。マットさんの解説はその疑問に答えるものだった。賭博に近い怪しげな要素はぬぐい去れないが、だからこそ多くの人を引きつけ、マーケットとして成立する。

 インサイダー取引などの不正リスクを払拭できれば、ビジネス用途での活用も広がりそうだ。リアルタイムの未来予測ツールという使い方に加え、たとえばホルムズ海峡の閉鎖が長引けば損失を被る企業が「一定期日までに通航が正常化しない」という契約を買っておくなどの金融ツールとしての活用もありうる。

 予測市場が急成長したのは、未来予測ができるからというだけではない。「集合知」という知的な看板を掲げながら、実際には人間の賭博欲を刺激できるからだ。予言機と賭博場を一つの画面に同居させたことこそ、このビジネス最大の発明なのかもしれない。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。