ビットコインの技術学習書『Programming Bitcoin』の日本語翻訳版『プログラミング・ビットコイン』が2020年11月に発売された。これを記念して、著者Jimmy Song氏に、本書を書くことになったきっかけや、ビットコインの将来像などについて話を聞いた。
* * *
――この度は日本語版(『プログラミング・ビットコイン』オライリー・ジャパン刊)の発刊おめでとうございます。まずは自己紹介をお願いします。
ありがとうございます。私の本が英語以外の言語で出版されたと聞いて、とても嬉しく思っています。世界中の開発者が、世界を変革するイノベーションを学ぶことで、恩恵を受けることができることをとても感慨深く思います。
私はビットコインの開発者であり、教育者であり、起業家でもあります。35年前にプログラミングを始め、22年前からはプロフェッショナルとしてプログラミングをしています。また、2013年にビットコインのオープンソースプロジェクトへの参加・貢献をしはじめて以来、ビットに関する仕事をしています。現在は、講師、鑑定人(訴訟などにおいて一定分野の専門的知見に基づき意見を述べる人)、アドバイザー、投資家、そしてもちろん開発者として、ビットコインに関するさまざまなことをしています。
――そもそもビットコインに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
私が最初にビットコインに魅了されたのは、その発行量に”2100万Bitcoin”という制限がついていたことでした。その希少性を知った途端、本能的に手に入れたくなりました。なんというか、希少性が高いものが欲しいという私の本能が揺さぶられたのです。幸いなことに、その心の声に耳を傾けて以降、今に至るまでずっと夢中です。
――いまはどのようにビットコインと関わっていますか。
何人かの人たちと、ビットコインをキリスト教の聖書からみた道徳の観点から扱う本を書いています。また、PSBT(Partially Signed Bitcoin Transaction)のような新しい機能を含む、Pythonライブラリもリリースしています。
参考:https://github.com/buidl-bitcoin/buidl-python
――ところで、今回なぜ技術者向けのビットコイン本を執筆されようと思ったのでしょうか。
私がビットコイン関連のプログラミングを始めた2013年頃は、とてもやりづらく、悔しかった覚えがあります。内部で何が起こっているかを理解するには、把握しておかなければならない相互依存的な構造が非常に多いのです。当時は、よいドキュメントがほとんどありませんでした。例えば、マルチシグのトランザクションへの署名方法を理解することに3日もかかりました。他の開発者たちが、このような経験をしないで済むよう、この本を書くことにしました。幸いにも、同僚に教え始めた2015年以降、このような教材を何度も使ってきましたので、本書を構成する各題材を揃えることは難しくはありませんでした。
―― ビットコインの技術書といえば、Andreas M. Antonopoulos著の『Mastering Bitcoin』(日本語版『ビットコインとブロックチェーン』NTT出版刊)がありますが、『Programming Bitcoin』はどういった点で『Mastering Bitcoin』と違うのでしょうか。また、『Programming Bitcoin』はどのような人に読んでほしいですか。
『Mastering Bitcoin』は、ビットコインでどのようなことができるかがわかっている人に、その仕組みの詳細を解説してくれる、どちらかというと参考書的な本だと思います。タイトルにも”mastery(精通)”という表現が入っていますよね。ビットコインについてある程度の前提知識を持っていて、技術的なこともすでにある程度、理解している人を対象にしていると思います。同書はビットコインの技術的側面についての幅広い講義のようなものだと思います。
私の本はビットコイン関連のプログラミングをゼロから学びたい開発者を対象にしています。プログラミングの知識があることを前提としていますが、クラスがわかれば良い程度です。この本は、開発者がゼロから理解していくことをねらいとしており、楕円曲線暗号のような『Mastering Bitcoin』では扱っていないようなことも対象としています。
私はこの本をビットコインに関心を寄せている開発者に向けて書いていますが、特に、好奇心が旺盛で、この領域でキャリアアップしていきたい人に読んで欲しいと思っています。本書には、学んだことをきちんと理解できているかを確認するための演習もたくさん用意しています。
―― ビットコインの開発者に関してどのような印象を持たれていますか。また、これからビットコインの開発者になる人たちにどのようなことを期待していますか。
一番言いたいのは、「もっとたくさんの開発者が必要だ!」ということです。開発者には謙虚な心で、ビットコインの世界に加わってきて欲しいですね。ビットコインの世界により多くの開発者を引き込むことにこの本が役立つことを願っています。
―― 読者から、どのような反響がありましたか。興味深かったもの、多かったものなどあれば教えて下さい。
読者からの反応はとてもポジティブなものです。自身が書いた本が誰かの役に立ったり、人生を変えたということを聞くことは、著者としてこの上ない幸せです。フィードバックとして多かったのは、読者がとても演習を楽しんでいるということ、そういった方法で学ぶことをとても気に入っているということでした。
―― 最近、注目しているビットコイン関連の話題はどのようなことですか。また、特に注目しているBIP(Bitcoin Improvement Proposals)はありますか。また、それはなぜですか。
PSBT(BIP174)とマルチシグは個人的にとても興味深いです。私自身、ビットコインは安全な状態にしておきたいものですが、マルチシグは単一障害点の回避策になります。ビットコインの保有者にはビットコインを安全に保管しておきたいニーズが多くありますが、マルチシグはビットコインの「価値の保存」としての機能に貢献できる優れた技術なので、セキュアなカストディソリューションにとって将来にわたりとても重要です。
―― ビットコインがより多くの人に使われるようになるには、どのようなことが必要とお考えですか。
時間です。「価値を保存」する技術としてのビットコインの真価を証明するための唯一の方法は、ビットコインが生き残ることです。過去12年とてもうまくいっていますが、大きな問題なく20年に到達した頃には、より多くの人が使っていると思います。
―― 日本は金融的に比較的安定していて、暗号通貨に関する法規制も整っているからか、ビットコインは投資商品や価値の保存先・運用先として認識されているようです。ビットコインが「価値の交換手段」としても認識されるような変化は起きるでしょうか。
これは議論の余地があるかもしれませんが、交換媒体や支払い方法としてのビットコインという観点は、現時点ではそれほど重要ではないと考えています。貨幣の歴史を勉強してきてわかるのは、人々は一般的に、収益化している資産を使うことを好まないということです。これがビットコインの現在の状況です。世界中の中央銀行が通貨の供給量の拡大を続ける中、ビットコインはそのような貨幣価値が下がり続ける状況に対しての備えとなるものであり、次の10年のチャンスはそこにあると思います。
―― ビットコインは、その鍵管理が大変重要ですが、特に長期保有者(HODLers)にとって、現時点でベストプラクティスと言える手法があれば、お教えください。
アドバイスとしては、そこがダメになると取り返しのつかなくなるような、単一障害点(SPoF)を避けることです。例えば、バックアップなしでハードウェアウォレットにコインを保管することは、非常に悪い考えです。取引所でコインを保管するのも、悪い考えです。バックアップシードやバックアップデバイスを保管するために複数のプロバイダーを使用するのは、良い方法のひとつです。できれば、鍵ごとに異なるウォレット業者を使ってマルチシグを使って保管してください。他にも細かなことはたくさんありますが、大きなものはこれらです。
―― 次回作の構想は何かありますか。また、演習問題にSegwitを加えたものや、Taprootなどの新しい技術も加えたものなどの第2版の予定はありますか。
ウォレットを作る講座を準備しているところです。そこでは、HDウォレット、Segwitマルチシグ、PSBT、Neutrinoなど、この本では対象としていないたくさんのトピックを扱います。1年以内に講座をはじめられたらと思っています。順調に進めば、数年後にはその本を出版できると思います。
―― Lightning Networkの実装&演習版もあると最高なのですが、予定はありますか。
Lightning Networkに関して、いくつか関心を寄せていることはあります。ただ、まだお話できる段階ではなく調査しているところです。
※このインタビューはメールによる質問と回答という形で行われました。質問事項については本書の監修を担当したDG Lab ブロックチェーンチームが検討し、取りまとめたものです。英語原文はこちら(Click here for English version)