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中国にも有力オープンソース・ソフトウェア「TiDB」透明性を武器にシェアを伸ばす

中国にも有力オープンソースソフトウェア(イメージ図)

中国にも有力オープンソースソフトウェア(イメージ図)

 オープンソースを活用する大きなメリットは、ソフトウェアのソースコードが可視化されること、誰でも開発に参加でき、利用者が自ら不具合の修正も可能になることによる透明性の確保だ。また、消費者の信頼を得るために食品が原材料表示をするように、ソフトウェアのソースコードが公開されることは、製品の品質を保証する上で大きなプラスの効果がある。

 中国の政府や産業界もオープンソースと無縁ではない。

 中国製品といえば、「安かろう・悪かろう」の代名詞だった時代は過去のものになりつつある。近年、標準化に向けて強い取り組みを推進しており、ISO(International Organization for Standardization国際標準化機構)、IEC(International Electrotechnical Commission 国際電気標準会議)のなどの国際標準に準拠した品質や規格の保証が要求されるようになった。日本には、国際標準に準じた日本国内の規格であるJIS規格があるように、中国にもGB規格という中国国家標準規格がある。

 こうした標準化と並行し、中国政府はオープンソースによる透明性確保にも熱心だ。標準化とオープンソース化は、手法は異なれど、どちらも品質をアピールする点で同じ効果がある。

 2021年に発表された第14次5カ年計画の第十五章に、「オープンソースのコミュニティなど、イノベーションのための新しい仕組みをサポートし、オープンソースの知財を完全なものとし、ハードウェアの設計やソフトウェアをオープン化することを促進する(翻訳は筆者)」とある。

 知財保護について歴史の浅い中国の産業界は、知財権利処理のひとつの形であるオープンソースについてもまだ未発展だ。政府や大企業は、知財管理制度の拡充や啓蒙と同じ目線で、オープンソース活動の支援にも力を注いでいる。

中国発 世界シェア拡大中

 ところで、すでに世界でのシェアを伸ばしている中国発のオープンソース・ソフトウェアがある。PingCAPが中心になって開発しているTiDBだ。

 TiDBはオープンソースのデータベースソフトで、広く使われているMySQLと一定の互換性を持ちながら、クラウドでの分散化を最初から視野に入れたハイブリッド・トランザクション/分析処理(HTAP)データベースとして開発されている。

 開発の中心になっているのは中国の企業PingCAPで、2020年にシリーズDの調達を発表した有望なテック企業だ。ソフトウェアそのものはオープンソースであり、GitHub上で公開されている。PingCAPは月額課金のクラウドサービスを提供している。米国のDockerなど、オープンソースとクラウドを組み合わせたサービスを提供している企業と同じビジネスモデルだ。

 TiDBのユーザは中国以外にも多く、米国のSquareやShopee、日本のPaypayなどでも利用実績がある。2021年4月にはPingCAP日本法人も立ち上がり、さくらインターネットなどの日本企業との協業なども進んでいる。同社サイトにもU-NEXT、コロプラなど著名な日本企業のロゴが並んでいる。

 日本を代表するweb/テック企業のひとつであるDeNAが、次世代のデータベースとして中国PingCAPの開発するオープンソースのデータベースソフト、TiDBの利用を検討しているというニュース も話題になっている。

 DeNAクラスの大企業ともなると、多数の仮想サーバをデータベースに使用することになる。拡張性や運用のしやすさが求められ、さらには企業の生命線と言える部分でもあるため信頼性も必要だ。DeNAのインフラチームのテックブログによると、現在のAmazon Auroraからの乗り換え候補としてTiDBの技術検証を行い、その評価を公表している。

オープンソース利用の前提とそのメリット

 オープンソース・ソフトウェアは、利用者が自分で検証できることに強みがある。つまり、利用者側にも技術力があり、プロダクトの検証ができるケースでは非常に役立つ。

 今回のDeNAの動きは典型的なケースだ。テックブログにはオープンソースであることについては言及されていないが、プロプラエタリ(開発企業が情報公開していないこと)のサービスだったらそもそも選択肢に入らなかったのではないだろうか。

PingCAPが公開している比較表
図1:PingCAPが公開している比較表

 PingCAPが公開しているTiDB日本語版のページには、競合するソリューションとの比較で、オープンソースであることに加えて、多くの人々が開発に参加している開発コミュニティの大きさもセールスポイントとして挙げている(図1 同社サイトより)。

 オープンソースにすることは、開発メンバーを強化するための方法のひとつで、実際にそれで開発パワーが上がらなければ意味がない。TiDBは多くの開発者を惹きつけているので、それは優秀な開発者たちへのアピールポイントになる。

 クラウド利用が当たり前の時代になり、ソフトウェアの利用はクラウドとセットで提供され月額課金となる。この場合、ソフトウェアそのものはオープンソースという企業が増えている。クラウド以後、ここ数年で発展したAIやブロックチェーンなどの分野では、オープンソースのソリューションがデファクト・スタンダードになっている事が多い。そのため、「コードそのものよりも、それを生み出すコミュニティが大事(“Community Over Code”もともとはApache Software Foundationのスローガン)」という言葉もよく聞かれるようになった。 

 今回のDeNAのように、システムの評価が自前でできる企業にとって、オープンソースの選択肢が増えることはプラスの効果がある。

 PingCAPはCNCF (Cloud Native Computing Foundation。Linux Foundationから始まったプロジェクトで、クラウド以降のオープンソース技術を推進していくためのFoundation。グーグル、ファーウェイなど米中問わず多くのメンバーが名を連ねている)にも深くコミットしていて、TiDB以外にもクラウド前提の大規模ソリューションに向いたソフトウェアをリリースしている。

 国籍でなく、開発コミュニティがオープンなのか、それとも社内で閉じてしまっているのか。そして自分の会社は、その開発コミュニティにコミットしていけるかどうか、という視点でソフトウェアが選ばれる時代がすでに来ている。

 システムへのクラウドへの移行、オープンソースソフトウェアへの積極的なコントリビュートは世界的に不可避の技術トレンドで、日本もその例外ではない。

Written by
オープンソースハードウェア、メイカームーブメントのアクティビスト。IoT開発ボードの製造販売企業(株)スイッチサイエンスにて事業開発を担当。 現在は中国深圳在住。ニコ技深圳コミュニティCo-Founderとして、ハードウェアスタートアップの支援やスタートアップエコシステムの研究を行っている。早稲田大学ビジネススクール招聘研究員、ガレージスミダ研究所主席研究員。著書に第37回大平正芳記念賞特別賞を受賞したプロトタイプシティ』(KADOKAWA)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。