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中国の投資ファンドYUNQI PARTNERSも注目する オープンソース・ソフトウェアへの投資

COSCON`21に登壇し、confluentを例にオープンソース投資を語る陈昱氏

COSCON`21に登壇し、confluentを例にオープンソース投資を語る陈昱氏

 スタートアップアクセラレーターの草分けであるシリコンバレーのY Combinatorは、「Docker」を生み出したDocker社(旧dotCloud社)のようなオープンソース・ソフトウェア(OSS)のスタートアップに早い段階から投資し、そのいくつかは、ユニコーンとなった。

 クラウドの利用が主流となって以降、「開発はOSS、サービス提供はクラウド」という形の企業が多く登場している。その流れは米国だけではない、中国でもそういった変化を巧みに捉え、OSS企業への投資を加速させているベンチャーキャピタル(VC)がある。

中国有力VCも重視するOSSへの投資

 2014年創業YUNQI PARTNERS(中国 以下、YUNQI)は、アーリーステージのテクノロジー企業への投資に強みを持つVCだ。中国では「シートリップ」展開する世界最大級のオンライン旅行会社Trip.comやポータルサイトを軸にさまざまなインターネットサービスを展開している奇虎(Qihoo)360など、海外でも有名なテック企業に初期から投資していた毛丞宇(Michael Mao)氏と黄榆镔(YiPin Ng)氏の2人が共同創業者となりスタートし、現在はマイコンチップ製造や自動運転、バイオ、SaaS、PaaS (Platform as a Service)など多方面のテクノロジー企業に投資している。

 なかでもOSS企業への投資がなぜ魅力的なのか。それは、コミュニティをベースに急成長を遂げるOSS企業は、SaaS、PaaS時代のソフトウェア企業として非常に有望なのだという。

 YUNQIのパートナーの陈昱(Yu Chen)氏は、中国オープンソースカンファレンス2021(COSCON21)に登壇し、「90年代は投資からイグジットまで15年ぐらいの時間がかかっていたが、現在は8年ほどと、半分になっている。SaaSの分野だと最速で3年ほどでイグジットを迎える企業もある。OSSは企業の成長を加速する。投資家にとって魅力的だ」と、VCから見たOSS企業の魅力を語った。

 イグジットまでの期間が短くなったのは、インターネットによりマーケティングが加速し、「勢いがついたものが、もっと勢いがつく」ようになったことがその理由だという。

急激な成長を見せたConfluent

 講演のなかで例にあげたのが、データ分析のSaaS「Confluent(コンフェルト) Platform」を提供する米国のConfluent社だ。Confluentは、日本でも著名なビジネスSNS「LinkedIn(リンクトイン)」の社内で、OSSであるデータストリーム処理ソフトKafka(カフカ)として始まった。2010年に開発が始まったときはLinkedInの社員が開発するOSSプロジェクトとして、ユーザーと開発者を増やしてきた。

 2年後の2012年にKafkaは著名なOSS財団であるApache Software Foundationのプロジェクトとなって、LinkedInを離れた自律的な発展が見込めるOSSプロジェクトとなった。2015年にシリーズBとして2400万ドルを調達したConfluentは、KafkaをSaaSとして提供するサービスとして起業、Confluentが事業としてうまくいくことがそのままKafkaの開発コミュニティを強くするような舵取りを心がけ、3年後の2017年時点ではシリーズCでさらに5億ドル規模の調達を行い、その後もユニコーンと見られる成長を続け、2021年にIPOに成功した。

 陈昱(Yu Chen)氏はOSSユニコーンについて、「サービスと同じぐらい開発コミュニティの維持と拡大が大事」と語る。

開発コミュニティの分離はリスクに

 OSSへのフリーライド問題は、常に話題になるテーマだ。最近もいくつかのOSS開発者が、「突然メンテナンスをやめてしまった問題」がメディアを賑わせた。KafkaやConfluentのような大きいプロジェクトでも別の問題が発生する可能性があり、陈昱(Yu Chen)氏はプレゼンの中でアマゾンとElastic社の間で起きた問題についてリマインドした。

 オープンソースの検索・分析エンジンプロジェクト「Elasticsearch」はElastic社がクラウドサービスを提供し、開発コミュニティを支援していたが、クラウドサービスAmazon Web Services(AWS)を提供するアマゾンがAmazon Elasticsearch Serviceを商標登録し、Elastic社の同意を得ずに「共同開発している」と発表したことなどにより、Elastic側もクラウドプロバイダーでの利用を制限する新しいライセンスに変更することになった。同様の問題はMongoDBなど多くの巨大なOSSプロジェクトで起きている。

 陈昱(Yu Chen)氏はこうした問題にも触れ、「開発コミュニティはOSS起業としてのエンジンなので、それを損なうようなことが起こると、投資には大きなリスクになる」と語った。

ユニコーンとOSS開発コミュニティの両立

 有望なスタートアップに投資・育成することと、開発コミュニティと良好な関係を維持し、開発を加速することを両立させるには、それぞれへの理解と知識が必要だ。ゆえに、OSSを用いたクラウドビジネスについて、YUNQI PARTNERSのような投資ファンドがしっかりと理解し、実際のビジネスに活かしているのは驚きだ。

 だが、それもそのはず、陈昱(Yu Chen)氏は、グーグルのニューヨークオフィスや上海オフィスでエンジニアとして勤務したことがあり、その後中国の上場企業でCTOを務め、かつ名門ビジネススクールであるシカゴ大学のブース・スクール・オブ・ビジネスでMBAを取得している。投資ファンドのパートナーでありながら、2020年には中国での「オープンソース・エキスパート33人(2020中国开源先锋33人)」に選ばれるなど、技術・投資・オープンソースそれぞれの分野にまたがっての実績がある。

 アメリカでは、グーグルやメタ(旧フェイスブック)が国を代表する企業になり、Y Combinatorがアクセラレータとして投資・育成で成功を収め、ConfluentのようなOSSスタートアップが続々登場している。

 中国でもアリババやテンセントのようなテックジャイアントが中国を代表する企業になり、YUNQI のようなファンドが成功し、前回の記事で紹介したPingCAPのようなスタートアップも続々と登場している。YUNQIは初期からPingCAPを含めた多くの中国OSSスタートアップに投資している。

 日本の起業家が米国で起業したTreasure Data社が公開したFluentdプロジェクトがOSSコミュニティに受け入れられていったように、企業活動とOSSプロジェクトが協働していくケースは増えていくだろう。

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■著者からのご案内

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オープンソースハードウェア、メイカームーブメントのアクティビスト。IoT開発ボードの製造販売企業(株)スイッチサイエンスにて事業開発を担当。 現在は中国深圳在住。ニコ技深圳コミュニティCo-Founderとして、ハードウェアスタートアップの支援やスタートアップエコシステムの研究を行っている。早稲田大学ビジネススクール招聘研究員、ガレージスミダ研究所主席研究員。著書に第37回大平正芳記念賞特別賞を受賞したプロトタイプシティ』(KADOKAWA)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。