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昆虫食「シルクフード」で蚕(かいこ)に再び注目が

食用蚕パウダー(エリー提供)

食用蚕パウダー(エリー提供)

「昆虫食」が広く知られるようになってきた。よく耳にするのはコオロギだが、蚕(かいこ)に着目し、事業を進めるスタートアップがエリー株式会社(東京都中野区)だ。エリーは敷島製パン株式会社(愛知県名古屋市、以下:Pasco)と業務提携契約を締結し、蚕を素材とする食用蚕パウダー「SILKFOOD(シルクフード))の原材料供給を開始した。そして、共同開発商品としてクロワッサンとマドレーヌをPascoから今年1月に発売した。今回発売された『まゆの便りのくろわっさん 2個入 5袋セット』や『まゆの便りのまどれーぬ 6個入』は、エリーが提供する、食用として養殖された蚕を粉末にした食用蚕パウダーを用いたものだ。

 食用の蚕素材事業に取り組むエリー代表取締役社長 梶栗隆弘氏に話を伺うことができた。

昆虫食を社会実装するポイント

今後の展望を語るエリー代表取締役梶栗氏
今後の展望を語るエリー代表取締役梶栗氏

「我々の事業は昆虫である蚕を生産養殖し、加工して最終製品を作ることです」

 梶栗氏は、大学卒業後3年間食品メーカーに勤務した。2017年に起業し、自らの経験を生かして新しい事業を立ち上げようと模索する。「将来3Dプリンターで食品ができあがる未来が来るのではないか」と考えた。その際、フードプリンターのインクとして利用する事ができるタンパク源の候補を探したところ昆虫食に行き着いた。

 昆虫食は食糧不足問題の解決策としてだけでなく、環境負荷の高い肉類のタンパク質の代替となり得る。新しいタンパク源として昆虫食の社会実装を進めることで、環境負荷が高いタンパク質を減らせ、社会課題解決につながると梶栗氏は考えている。

 そして、昆虫食を社会実装するためには、大きなポイントが2つあると話す。

「昆虫食を社会実装するための大きなポイントは、安定的に量産できるという点が1つ目のポイント。2つ目が原材料として汎用性が高く食品に加工しやすい昆虫であることです。蚕はその2つを満たすと考えました」

 安定的な量産については、そもそも日本には養蚕業の伝統があり、研究が進んでいるので不安はない。ハイスピードで世界的な食糧資源にするためにはそこが一番大きい要素だと梶栗氏は述べた。そして汎用性の高さについては、蚕は物性的な特性上からも、味の特性上からも優れた素材だと話した。例えばパウダー化するだけではなく、ペーストにして肉に練り込んだりすることが可能で、将来的には代替肉や代替卵になる可能性を持つ素材だという。

 食用蚕の事業の将来を確信している梶栗氏だが、事業を始めた2018年頃には、昆虫食=コオロギという認識が一般的だったという。どちらにもいいところがあるがと前置きして、コオロギの場合、使い道はパウダー化がメインにならざるを得ない。それに比べて蚕は、汎用性が高くその市場性にも期待ができると梶栗氏は力を込めた。

 そして、食用蚕に興味を持つ企業との提携は徐々に進み、2021年7月、坂田米菓株式会社との提携により、「SILKFOOD(シルクフード)チップス」の販売を開始した。

「サスティナブル」に感度高い企業との事業提携

 さらに今回のPascoとの事業提携について話を聞いた。

「SILKFOOD 食用蚕パウダー」を用いたクロワッサンとマドレーヌ(エリー提供)
「SILKFOOD 食用蚕パウダー」を用いたクロワッサンとマドレーヌ(エリー提供)

「Pascoさんはこういった領域(サスティナブル)への取り組み感度がとても高い企業です。また、我々のような若いスタートアップと新しい食品素材を使って一緒に社会的に意義のある商品を開発したいという思いをもたれていたようで、商社を介して提携が成立しました」

 Pascoの意志は、今回の提携発表のプレスリリースにも記されている。

『1920年(大正9年)の創業以来、Pascoはパンづくりを通じて社会に貢献することを目指しています。日本の伝統ある食文化を大切にし、未来の“食”をつくることも社会貢献のひとつだと考えました。「まゆの便り」の商品はエリー株式会社の食用蚕パウダーを使い、Pascoがこれまでに培ってきた製パン・製菓の技術を生かしてつくりあげたおいしさです。』(Pasco報道発表より)

 梶栗氏は「(Pascoは)私たちが思った以上にいろいろ前向きに取り組んでくださる。「より良く伝えるにはどうしたらいいか、定着させるにはどうしたらいいかを一緒に考えてくださるのです」と述べた。

使い道のない葉を蚕の餌に活用

SILKFOOD チップス(エリー提供)
SILKFOOD チップス(エリー提供)

 すべてが順風満帆だったわけではなく、生産体制の確立には苦労したと梶栗氏は振り返った。かつては日本でも桑畑を持ち、蚕を育てる養蚕業が盛んだったが、現在はほとんど行われていない。エリーが素材とする食用蚕は中国・瀋陽の農家にプロトタイプを作ってもらい、それをベトナムで安定生産できるようにしたものだ。蚕の餌は桑の葉ではなく、キャッサバの葉。キャッサバは芋の部分を食用としているので、葉の部分は通常は使い道がなく、破棄される。それを活用してタンパク源に変えることができ、サスティナブルなサイクルを生み出すことが可能になる。

 今後は一層の生産体制の強化を目指しており、ベトナムのみならず日本の遊休農地などで展開できればと検討を進めている。それらの展開を含め、今年の資金調達の予定を伺うと、「生産と加工設備などにお金をかけていきたい。この夏までにシリーズAの資金調達を予定しており、3月ぐらいから動き始めます」とのこと。

 かつて養蚕業・生糸の輸出で外貨を稼いだ日本。生糸の集散地であった八王子と輸出港横浜を結ぶ道は“シルクロード”と呼ばれた。令和の今回は、“シルクロード”ならぬ“シルクフード”でふたたび養蚕業が脚光を浴びるかもしれない。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。