2017年2月27日〜3月3日の5日間、サンフランシスコのモスコーニセンターで開催されたゲーム開発者向けの世界的カンファレンス、Game Developers Conference 2017(GDC)では、仮想現実(VR)関連のプロダクトやデモも多く出展され、期間中は多数の企業から仮想現実/拡張現実(VR/AR)関連の新作発表・リリースが行われた。
VR/AR市場は昨年、各種ハードウェアプラットフォームが展開したものの、課題も多い。今回は、ゲーム業界に詳しく、VR技術の可能性を予見してきたリーダーたちによるパネルセッション「Dear VR, Where’s My Money? 」から、モデレーターのネルソン・ロドリゲス氏(Nelson Rodriguez)と登壇者のディーン・タカハシ氏(Dean Takahashi)にインタビューし、VR/ARビジネスの現状や、具体的に何が成功し、何が難しいのか、今後伸びていきそうなビジネス・マネタイゼーションのモデルについて話を聞いた。
今回インタビューしたふたりは同じセッションに登壇したが、大きく異なる背景を持っている。ネルソン・ロドリゲス氏は、世界中に20万以上のサーバーを持つコンテンツ・デリバリ・ネットワーク (CDN) を展開する最大手企業、アカマイ社でゲーム業界を担当している。アカマイ社はアップル、Amazon、LINE、ソニー、任天堂などを顧客に持ち、各種ストリーミング配信やWebアプリケーションなどの動的配信を多数手掛ける。ディーン・タカハシ氏は著名なテックメディアVentureBeatグループに籍を置く記者だ。同グループのメディアは、月間800万UU・1800万PVを誇り、有料レポートはGoogleやMicrosoftなどからの評価も高いと言われる。タカハシ氏は過去21年間に多くのゲーム関連記事を書いており、最近はVRについても数多く執筆している。
ロドリゲス氏、タカハシ氏によれば、VRビジネスの現状における課題は大きく3つある。「デバイスの販売台数が少なく市場規模が小さい」「デバイスの技術とユーザビリティが未成熟である」「コンテンツが限定されビジネス利用が弱い」ことである。両氏ともに共通の問題意識を持っている点は大変興味深い。以下、インタビューでの両氏の話をベースに記していく。
まず「デバイスの販売台数が少なく市場規模が小さい」ことについて。タカハシ氏によれば、VRデバイスの2016年販売台数はPCベースで100万台、モバイルベースで500万台ほどだ。ロドリゲス氏は具体的に、ほとんどの販売台数は韓国サムソン社のギアVRだったとした上で、現状ユーザーベースが小さいことから、その状況下ならではのコンテンツ内容とターゲット層が存在し、プレミアムモデルが優位にあり課金モデルは下火だとまとめた。この結論はタカハシ氏も一致する。
しかし、ギアVRの事例ではそもそも1億円程度の収益を出すプレミアム型ゲームは両手で数えるほどしかなく、課金モデルに関しては「ベイト」というタイトル1つだけで、市場規模自体が小さい。なお参考までに、AR技術を取り入れた課金型ゲームのポケモンGOは、2016年中に1000億円を売り上げている。ロドリゲス氏によれば、VR市場で高収益を目指すには、ユーザーがコンテンツに強く共感でき、VR空間にいたいと思わせることが重要となる。
だが、VR市場にもすでに広告モデルが生まれている。VR広告は他のどのプラットフォームよりも没入感があり、インプレッションあたりの収益が高いと言われている。今後の課題は、コンテンツとユーザビリティを害することなく、いかに広告表示をするかということだ。
次に「デバイスの技術とユーザビリティが未成熟」なことだが、現状のVR市場では、デバイスと周辺技術に多くの課題が存在する、とタカハシ氏は語る。具体的に「スタート画面を見るまでの立ち上がりが遅い。ワイヤレスにすることも必要だ。コントローラーの精度も発展途上で、新しいセンサーの登場も待たれている。様々な課題があり、まだ市場に広く受け入れられるレベルに達していないのが、今のVR技術だ」。ロドリゲス氏はさらに掘り下げて、ユーザビリティへの影響を述べた。具体的に「ユーザーがデバイスをどれくらい装着していたいか。酔ってしまわないか。VR空間で何をすればいいかユーザーが理解できるか。ゲームのファイルサイズが大き過ぎないか、アクセスにはどれだけの時間がかかるか。デバイスを装着したままでもローディングを待ち続けられるか」といった懸念点がある。それらへ対処しユーザビリティを向上する方法として「ひとつは、少数の情熱的なユーザー向けに最適なソリューションを提供できるよう集中すること。また開発者であれば、プラットフォーマー側と直接やりとりし、ハードウェアに合うコンテンツの提供に徹すること、が手段として有用」だとした。
両氏に共通する考えは、デバイス・技術の機能と性能向上は必要条件で、さらにユーザビリティを最大限に高める取組みが市場の底上げに繋がる、ということだ。
Takahashi氏のインタビュー動画
最後に「コンテンツが限定されビジネス利用が弱い」ことだが、各種VRデバイスは、エンタメ・ゲーム分野での利用が多く、コンテンツもその領域が中心だ。その中でも成功しているコンテンツの事例としてタカハシ氏があげたのは、Owlchemy Labs社のジョブ・シミュレーターだ。その名の通り、職場体験を味わいながらミッションをクリアしていく(その途中でさまざまなイタズラもできる)VRコンテンツである。1タイトルで3億円ほどの収益を上げており、現状のVR市場では比較的成功している部類になる。同社は開発時に「VRコンテンツはソーシャルの起点になる」というセオリーを掲げ、それを実証した。ジョブ・シミュレーターのユーザーは、任天堂のWii Sportsのように、家族や友人とのパーティーゲームとしてこのVR体験を楽しみ、その結果、商業的にも一定の成功を収め、Vive、PSVR、Oculusの各プラットフォームへ展開するに至っている。
なお「VR独自のデバイス」を普及させることによっても、VRコンテンツの可能性は広がるとタカハシ氏は考えている。例えばゲームセンターなどで展開されているVRを利用したゲーム機がその例だ。同じコンテンツのVR体験でも、個人が10万〜20万円支払いデバイス一式を揃えるよりも、ゲームセンターで1000円を投じた方が手軽にVR体験ができ、ユーザーには受け入れられるかもしれない。タカハシ氏によれば実際、中国では5000台あまりのVRアーケードが展開されているという。
またロドリゲス氏は、今後「VR独自のコンテンツ」でエンタメ・ゲーム分野以外のもの、特に企業向け研修用シミュレーターなどの産業分野コンテンツが伸びると考えている。具体的には医師の手術や建築用重機の操作用のシミュレーターなどがあげられる。こうした産業向けVRの導入はすでに始まっており、今後より普及が進むと、エンタメ・ゲーム分野のコンテンツも自然と受け容れられていく、という考えだ。実際にPCでも、携帯でも、ビジネス利用が先んじて、それを追うようにエンタメ・ゲーム業界が興盛してきた。
VRデバイスの導入台数増加と市場規模の拡大、VR技術の発展とユーザビリティの向上、そしてVRコンテンツの充実と産業利用の加速が、今後、VR関連ビジネスに大きなマネタイゼーションの機会をもたらすことになるだろう。各分野のリーダーたちが大きな期待を寄せるVRビジネス。今後さらに面白い展開となりそうだ。
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