Open Innovation Platform
FOLLOW US

もう空想ではない「培養肉」とはどんなもの?

モウ牛を牧場で育てなくてもいいの?(イメージ)

モウ牛を牧場で育てなくてもいいの?(イメージ)

 細胞を培養して作る「培養肉」と聞いて、それがどんなものでどうすれば作れるのかを説明できる人は、よほどの科学通かSFオタクだろう。これまではSFや空想科学の世界の産物であった培養肉は、関連する生物工学技術が発展のおかげで現実のものとなりつつある。

 ここでは、培養肉とは何か、それを作るための培養とはどういった技術なのか。また、培養肉の普及にあたって、課題は何なのかを考えてみたい。

* * *

 まず、培養肉を実現するにあたって必要となる培養について説明したい。

 培養にもいくつか種類がある、培養肉の分野では主に、単一の細胞種を培養する「細胞培養」と分化(細胞の性質や形状が変化し特徴や機能を持つこと)した細胞を組織化して培養する「組織培養」のふたつが用いられる。

 前者の細胞培養では、単一の細胞種を食品スケールまで培養するために用いられる。細胞培養は生物学では最も基本的な手法のひとつで、さまざまな手法が確立されている。後者の組織培養は 、皮膚や筋肉などの複雑な構造や機能を持つ組織を培養することを目的としており、細胞培養に加え、分化誘導などのステップが必要である。この方法を用いて、霜降り肉やロース肉のような血管、脂肪、筋肉などの複数の組織からなる食品の生産など行う。

 次に、培養を行う際には以下のものが必要となる。

  • 生きており増殖可能な細胞 – この細胞を培養する
  • 血清 – 細胞の増殖や分化に必要な因子を含む
  • 基礎培地 –液状または固形の物質でアミノ酸、塩類、糖、ビタミンを含む
  • 成長因子 – 血清とは別に必要な、細胞の増殖や文化に必要な因子
  • 無菌環境 – 汚染や細胞の成長の妨げになる要因を防ぐ
  • インキュベーター – 培養に最適な温度や湿度などを一定に保つ機械

 これらがあれば細胞の培養は可能である。

 こうしたことからわかるように、培地で行う細胞の培養は、土壌に影響を受けず、飼料の育成や糞尿処理なども不要なため、環境負荷が非常に小さい。加えて常に清潔な環境が保たれているため、ウイルスや細菌による感染症も防ぐことができる。家畜では感染症対策やストレス対策、屠殺などにコストがかかるのに対し、細胞を培養するにあたってはこれらの問題がほとんど無い。また、ブランド牛のような特殊な血統や特定地域でのみ生育されている家畜の細胞を培養することで、希少価値の高い肉や品質の良い肉を広く提供できる可能性もある。(ただし食味は分子などの化学的なものが影響するため、味の再現には分子ガストロノミー〈科学的に味や調理法を分析する分野のような分野〉の技術を活用する必要があるだろう。)

 このように、従来の畜産では実現できなかったことも可能ではあるが、現時点ではいくつかの技術的な問題に加え、培養に必要な血清と培地にかかるコストが非常に高いことが普及への課題となっている。

 2013年にオランダ・マーストリヒト大学教授のマーク・ポスト医学博士らが作った培養肉を使ったハンバーガーの試食会が行われたが、この時のハンバーガーはひとつあたり換算で約33万ドルもしたという。しかしこれは、一般的な培養と同じ手法を使い、手作業で培養していたことが原因だ。現在では、世界中のさまざまなスタートアップが安価に培養する方法を開発している。

 以前、このサイトの記事で紹介されたニューヨークのNew Harvestや、日本のIntegriculture なども細胞培養の低コスト化に取り組んでいる。また、国内の有志団体Shojinmeat Projectの試算によると、現在実現している手法だけで、100gで3万円以下までコストを抑えることが可能だそうだ。低コスト化できるプロセスはまだまだ多く残っているため、それらを解決すれば、これ以上の低価格化も可能になるだろう。

 また、このように食品生産のための培養コストを下げる競争は、結果として同様に培養技術を必要とする再生医療分野や既存の生物学分野での低コスト化にも寄与する。そうなるとこうした分野への参入への障壁が下がり、オープンイノベーションが推進されるはずだ。

* * *

 培養肉の普及にあたって、生産する側の技術やコスト以外に、消費する側にも留意すべき点がある。

 これまで生物工学技術を応用したもので、人間の暮らしにも大きなかかわりがあるものの代表例としては遺伝子組み換え技術がある。自然界で自然に起こる遺伝子の変異のメカニズムを利用した技術で、それまでは手動の交配で行ってきた品種改良を飛躍的に効率化し農業の発展に貢献した。

 しかし、このような技術へ懸念を持つ人々がいるのも事実で、現在もスーパーなどでは「遺伝子組み換えでない」といったような表記を日常的に目にする。食品はこうしたレベルでも多様化している。多様化し選択肢が増えるということに対応するためには、消費者の側でもその食品の技術的な背景を正しく理解する能力がより一層重要になる。

 培養肉業界では、これまで社会実装されてきたさまざまな生物工学技術の動きを参考に、組織と技術の透明性の向上にも力を注いでいる組織が多い。New Harvestなどでは世界中の培養肉クラスタと繋がり情報共有し、世の中に正確な知識を伝える活動なども行なっている。今年の10月にはNew Harvestの拠点であるニューヨークにおいて、培養肉や代替食品に関する企業や団体を招きカンファレンスを開催している。(この模様はTwitterのハッシュタグ#NEWHARVEST2017で当時の様子も確認できる。)また、2015年からオランダのマーストリヒト大学 で始まった培養肉の国際学会でも透明性は注目されているようだ。

 国内で日本語の情報を発信している組織としては、Shojinmeat Projectがある。彼らは情報発信手法として主に「同人誌」を活用しており、年2回開催されているコミックマーケット(コミケ)に出展し、そのブースでは、自宅で細胞培養する方法や培養肉試食会の情報などをメインに業界の動向などもまとめた同人誌を販売している。

 国内では、培養肉の研究開発を主体とする企業や組織はまだまだ少ないようだが、世界に視野を広げると、培養肉業界の動向は食品製造業界としての技術的な観点以外でも、その組織形態、情報発信手法など非常に興味深いことも多いので、ぜひ注目していただきたい。

Written by

Wild Scientist
DG Lab 海外特派員
MIT Media Lab Research Affiliate

中学生時代、家族や友人の病気をきっかけに、免疫学分野で主にIgE抗体とクラススイッチング、エピジェネティクス分野でDNAメチル化中心に生物学を学び始める。
高校生時代には、研究費と試薬を集め、株式会社リバネスのラボや京都大学のラボを始め、様々な機関のラボで設備を借りながらDNAメチル化に関する研究を行った。高校卒業後は、フリーの研究者として研究を継続し、現在は主に生命を理解するための研究を行っている。