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人間の能力を拡張する 暦本純一(東京大学大学院 情報学環 教授)The New Context Conference 2017基調講演

基調講演を行う暦本純一教授

基調講演を行う暦本純一教授

 テクノロジーは人間の能力を強化し、拡大することができるのか。人間拡張(Human Augmentation)について研究する東京大学大学院の暦本純一教授は、IoTの先にはIoA(Internet of Abilities)が続くとし、コンピューターと人間をつなぐことで可能になる未来を紹介した。それと共に、人間は技術とどう向き合って行くべきなのかとの問いかけをした。

 11月3、4の両日、DG717(米・サンフランシスコ)で「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 SAN FRANCISCO(主催:株式会社デジタルガレージ、株式会社カカクコム、株式会社クレディセゾン)が行われ、「AI時代の人間拡張」をテーマにした初日の基調講演で暦本教授が話した内容は以下の通り。

* * *

IoTの次のフェーズ「IoA」

 オーグメンテーションは個人が対象とは限らない。自分以外の他者とつなげることができるし、「他者」とはロボットであったり人間であったりする。つまり、さまざまなタイプの組み合わせによるコラボレーションができるのだ。

 こうしたことは、IoA(Internet of Abilities)と呼ばれる、IoTの次にやって来るフェーズである。IoTはモノのネットワークであるのに対し、IoAはAbility(能力)のインターネットである。IoAによって、「能力」を結びつけたり、交換したりできるようになる。

 例えば、ジャックイン(JackIn、没入)ドローンというものがある。これはウェアラブル端末を装着している人にはドローンからの景色が見えており、自分がドローンであるかのように感じている。人間が動くと、ドローンも動く。これによって、ドローンが自分から離れた場所にあると仮定すれば、自分の能力を広げることができるのだ。──これが、非常に基本的な人間・ドローン接続の形態である。

 テクノロジーは、人と人とをつなげることもできる。人間の能力を拡げる、非常に重要な方法である。「人間対人間ジャックイン」(Human–Human JackIn)である。ある人の知覚を丸ごと他の人に移し替えることであり、新しいタイプのコミュニケーションや教育となりうる、非常に大きな機会である。現代の技術ではまだできないが、視覚については可能である。例えば、スカイダイビングのような特別な瞬間を交換するなどの場合である。

 こうした営みは視覚が中心となっているものであり、我々はジャックイン・ヘッド(JackIn Head)という、複数のカメラがついたウェアラブルコンピューターを開発した。360度の景色を捉えて送ることができる。送られる内容はカメラからであって、脳の働きではないが。これによって例えば、バンジージャンプなどの「経験」を共有することができる。

 もう少し極端な例を追求して、鉄棒の大車輪で同じことをしてみた。体操選手の頭にジャックイン・ヘッドを装着してもらって映像を記録すると、選手が回転するのに伴って映像も大きく回転する。しかし選手と話したところ、本人が見ているものはこのカメラの映像とは違っていることがわかった。彼の体が回転していても、視覚・知覚は安定しているのだという。脳が補正(Compensate)しているものだと思われる。そこで我々は、この働きをシミュレートしてカメラからの風景を安定させようと試みた。得られた映像は、体が回転しているのにもかかわらず安定しており、選手本人が見ている風景に近い。より快適な形で、他者の経験を作り出せる可能性があるということだ。

 さらに、別の人物の知覚に切り替えて、そこから情報を得ることもできる。「ジャックイン・スペース」(JackIn Space)である。「デジャヴ」(2006年)という映画をご存知だろうか。人が時空を超えていかなる場所にも移動できる技術を描いており、テレポーテーションの夢を映像化したといえる。こうした技術はいまだにSF映画の域を超えていないが、部分的に取り入れることは可能である。

 「ジャックイン・スペース」は、ウェアラブルコンピューターによって得られた360度の画像と3次元再構成(3D Space Reconstruction)の組み合わせである。ある人間の視点から始まり、その人物からジャックアウト(離脱)し、そしてまた、別の人物の視点に切り替わり空間全体を見渡すことができるのだ。そこからさらに進んで、「外側」から見ていたスポーツを選手の視点に切り替えるなど、すべてをシームレスにつなげることで、人間の能力や知覚を拡張することが可能になるのだ。

自身の存在を「離す、移す」

 幽体離脱(体外離脱、Out of body)を経験された人はいるだろうか。自分自身の肉体を離れた場所から見ることで、人が亡くなる瞬間に起こるとも言われている。これを技術に応用すると、特にスポーツの練習に役に立つ。能を大成した世阿弥は、このことを「離見の見」と表現し、「優れた演じ手の能力は、自分を離れた場所から見ることができることである」と言っている。体外離脱の視点、つまり自分を外から見ることでフォームを確認したり、コーチが遠隔で指導したりすることに応用できるということです。

 「人間-人間ジャックイン」(Human-Human JackIn)は、自分の存在を離れた場所に移すことである。人の顔が画面に映し出されるフェイス・ロボットを遠隔から操作するという方法もあるが、これはロボット自身が動く上で困難があった。階段を登れないとか、ドアを自分で開けられないといったことだ。すると、学生の一人が「クレイジー」なことを思いついた。「人間ウーバー」をやろうというのだ。自分の顔を映し出すタブレットをマスクにして、代理の者の顔に装着するのだ。

 驚いたことに、装着しているのは別人だとわかっているはずなのに、多くの人が画面の人物の存在を信じたのだ。人間の存在感や相手に対する信頼感は、その人の顔の表情に依存していることの現れであろう。このシステムは非常にシンプルだが、非常に効果的に人間の能力をどこかへ移す便利な方法なのだ。このマスクは3Dプリンターで作成すれば、よりリアルな感じになる。

 最後の例は、「常時接続可能な情報チャネル」(Human Subchannel)だ。人間とAIが常につながっている状態のことだ。例えば、骨伝導イヤホンは、骨伝導装置を頭に装着することで音の響きを受け止め、鼓膜を通らずに聴覚神経に直接音が伝わる。しかし現状の骨伝導イヤホンは大きい。我々が開発しているデバイスは、ごく小さな磁石を頭皮に装着し、そこにコイルを組み合わせる小型のものだ。頭蓋骨の乳様突起の上の部分、耳のすぐ後ろに外耳道という、神が人類に用意しておいてくれたかのような平らな場所がある。装着するなら、まさにこの部分であろう。これにより、目立たずに装着できる。

IoAの先にあるものは何か

 これまで、IoAについて話してきたが、懸念点が一つある。我々人間に備わっている能力は、衰退していくのか、それとも拡張するのか、という点である。オートメーションなのか、オーグメンテーションなのか?映画「モダンタイムス」の一場面を見てほしい(チャップリンが機械の前に座らされ、機械に食事を食べさせられている写真)。我々はこうなりたいのだろうか? デジタル健忘症の問題もある。ある研究によれば、GPSやグーグルアースへの過度の依存により、海馬が小さくなるという。つまり、よりスマートに動けるかもしれないが、常に満足感を得られるとは限らないのだ。

 一方で、新たな可能性もある。パーキンソン病患者のためにLift Labs社という会社が開発した、特別なスプーンを紹介したい。パーキンソン病患者は手の震えのために自分で食事をすることが困難だが、このスプーンはバイブレーション補正技術をスプーンに備え付け、患者の手の震えを吸収している。こうしたことが、「モダンタイムス」とは違っている点だ。パフォーマンス自体の効率は良くないとしても、自分で何かをできるという感覚と満足感は極めて重要である。オーグメンテーションが果たすべき役割はここにある。技術は、人間の生活を幸せにするためにあるのだ。

 他の研究によると、何らかの芸術活動──絵を描いたり歌を歌ったりなど、何らかの創造的活動をするときに、コルチゾールレベル、つまりストレスは劇的に減少するという。オートメーションではなく、自身で何かを創造すること、あるいはそれをサポートすることが、人間拡張に極めて重要な点である。

 マズローの欲求5段階説によると、人間の欲求は最も下位の「生理的欲求」から、最も高位の「自己実現」まで、一段ずつ段階を踏んで上がっていくという。人間拡張は、単にパフォーマンスを上げるだけでなく、自己実現を果たすための手助けをするべきである。「モダンタイムス」のような効率性か、前述の特別なスプーンのように「幸せ」を生み出すのか。私は後者を選択するべきだと考える。

 人間拡張には、三つのタイプがあると考える。一つは、不可欠な人間拡張。人工装具やメガネなど、こうした技術を人間の体に装着させる必要があるもの。二つ目は、人機一体(Human-Computer Symbiosis)の人間拡張。人間とAIを統合させたオーグメンテーションにより、効率性が上がるというものだ。これも非常に良いオーグメンテーションのあり方だ。三つ目は、満足度を高める人間拡張。効率性は必ずしも高くないかもしれないが、自己実現に近づく、または自信を深める役割を果たすもの。これも極めて重要である。これら三つは、人間拡張の基本であり、なぜ人間拡張が必要なのかの理由である。もし技術がこれら三つのカテゴリーに該当しないとすれば、人間の介入を必要としないわけで、オートメーションが可能だと考えれば良い。

(2017年11月3日 DG717・サンフランシスコにて講演 編集協力 株式会社ポッセ・ニッポン)

 

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