2018年3月1日、ものづくりベンチャーのためのインキュベーション施設「センターオブガレージ」(東京都墨田区)のオープニングセレモニーが開催された。同施設は東京スカイツリーから徒歩10分程のところにあり、日本たばこ産業(JT)の倉庫の一角を改修して作られている。
運営は科学教育、起業支援などを手がける株式会社リバネスとその子会社である株式会社グローカリンクが担う。従来の創業前後の支援に加え、創業1~3年の段階をサポートする方針だ。ものづくりベンチャーは製品開発に時間がかかる。売り上げはないのに社員は増え、オフィスが手狭になる苦しい時期に中規模オフィスを提供するなどのサポートを展開していく。
またDG TAKANO(大阪府東大阪市)、浜野製作所(東京都墨田区)の2社がパートナーに加わっている。DG TAKANOは節水ノズルの開発で成功し、現在は海外市場での展開を進めている。ものづくりベンチャーの先輩格として、ビジネス展開をサポートする役割を担う。墨田区の町工場である浜野製作所はプロトタイプ開発、製造を手がけ、高い評価を受けている。浜野慶一CEOがセンターオブガレージのセンター長に就任し、ハードウェアの開発をサポートする。
「多産多死」のベンチャー育成
こうした施設から続々と成功する企業が生まれることは間違いなし……。と言いたいところだが、ベンチャー企業、とりわけものづくりの企業育成はそう簡単な話ではない。高須正和『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D、2016年)で紹介されている「Hardware is Hard」という言葉が象徴的だ。ソフトウェア開発と比べて、ハードウェアの開発には多種多様な工程とノウハウが必要となり、成功までの道のりは長い。
オープニングセレモニーには、ものづくりを支援する日本の官公庁関係者も訪れていたが、創業したものづくりベンチャーが量産にたどりつくまでには大きな「壁」があり、なかなか乗り越えられないと嘆いていた。
どのような企業が壁を乗り越え成功するのだろうか。膨大な人口を抱える中国や、世界中の人材が集まるアメリカではパソコンやスマートフォン、また近年ではドローンなどの製品を生み出すものづくりベンチャー企業が生まれ育ってきた。その成功の秘訣は、とにかく多くの起業家の存在と、その起業家が次々と生み出すベンチャー企業の数が日本よりはるかに多いことだ。多く生まれた企業は当然ながら玉石混交で、その大半が目論見通り事業が進まず、脱落して消えてゆく。生き残ったほんの一部が成功企業となるのだ。両国に比べ起業が盛んとは言えない日本では、少ないベンチャー企業に施設やノウハウを手厚くサポートしたとしても、起業規模の差を埋め合わせ、不利を覆すのは難しいだろう。
オールジャパンか、グローバルネットワークか
そうした背景がある中でもセンターオブガレージに大きな魅力を感じるのは、海外ベンチャーの誘致という戦略を打ち出しているためだ。リバネスは海外でのベンチャー企業支援事業を手がけており、そのネットワークを使って期待の持てるベンチャーの誘致をサポートしていくという。
リバネス・グローバルブリッジ研究所の武田隆太所長によると、アジア各国のベンチャー企業にとって日本の市場は魅力的だという。米国や中国は自国に巨大市場を抱えているが、アジアの国々ではどれほど優れた製品を開発しても自国の市場だけでは十分ではない。日本に拠点を設ける理由は、日本の技術力だけが目的ではなく、日本市場にアクセスするための足がかりとなるからだ。
同様の発想は中国でも聞いたことがある。「中国政府のイノベーション支援政策により、インキュベーション施設は星の数ほど作られたが、成功しそうな企業はごく少数だ。ならば海外の有力な企業家を中国に招けないか。中国の強大な製造能力と市場を活用してもらえばいいのではないか」中国メイカームーブメントのイデオローグとして知られるデビッド・リーはこう語り、ケニアの起業家を中国に招くプロジェクトを検討している。
こうしたストーリーは読者の期待に背くものなのかもしれない。日本の若者が画期的なアイディアでベンチャー企業を興し、町工場など日本の草の根製造業がサポートし、世界に飛躍していく。これこそが求められている筋書きではないのか。海外企業に日本市場への足がかりを提供するなど想定外だ、と。
「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」とはかつての中国の指導者、鄧小平の言葉。これにならうなら「日本に拠点を置いてくれる企業ならば国籍を問わない」というコンセプトになるのではないか。「オールジャパンで世界に飛躍」という下町ボブスレー的物語は美しいが、この先それはおそらく現実解ではない。グローバルサプライチェーンに全力で乗っかる、「技術の日本」のみならず「市場としての日本」という強みも活用する。大胆な発想が必要だ。
その意味では、センターオブガレージのガレージ長、浜野慶一・浜野製作所CEOの言葉は印象的だった。「日本の町工場は量産工程に特化した企業が多いが、付加価値が低い分野だけに苦しい経営は避けられない」と喝破。「付加価値が高いプロトタイプ製造などの分野に注力するべきだ」と提言していた。裏を返せば日本の町工場でプロトタイプを作ったハードウェアを、海外の工場で大量生産することも視野に入れているということだろう。オールジャパンではなくグローバルネットワーク。世界を視野に入れたインキュベーション施設としての狙いがはまれば、センターオブガレージは魅力的な存在として輝くのではないか。