前回の記事ではボストンのスタートアップの概要と大学からイノベーションが生まれる背景を紹介した。今回はスタートアップをサポートするコワーキングスペースを紹介する。執筆にあたってCambridge Innovation Center(CIC)のCEOであるTim Rowe氏、日系企業向けのボストンイノベーションツアーを企画運営しジャパンデスクであるLia Camargo氏にお話をうかがった。
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ボストンには世界最大級のコワーキングスペースCICがあり、スタートアップエコシステムの中核を担っている。1999年にTim Rowe氏により設立されたCICは、これまでに4,500以上の会社の利用実績があり、現在も1,100社以上が入居している。Googleに買収されたいまやスマホの代名詞ともなっているアンドロイド社(Android)や2014年にニューヨーク証券取引所に上場したインバウンドマーケティング用のソフトウェアを提供するHubSpotもかつてCICの住人だった。
日本にも多数のコワーキングスペースが存在するが、「規模の大きさ」と「他の機関との密な連携」の点でCICとは大きく異なる。
筆者はコワーキングスペースにおいて広さはあまり重要な要素ではないと思っていたが、CICに行きその考えは大きく変わった。CICには、スタートアップだけではなく、スタートアップと協業を模索する大企業、投資を行うベンチャーキャピタル、法律の専門家、アクセラレータープログラム運営者、行政機関、外国の領事館などが同じ屋根の下に存在する。極端な話、CICにいれば外に出ることなしに事業を成長させることができる。
そして、ただ広いだけではなく、コミュニケーション・コラボレーションが生まれる仕掛けがされているのもここの特徴だ。例えば、5階にあるVentureCafeというスペースでは頻繁にイベントが開催されるが、イベント会場の脇に個室の会議室が複数用意されており、空いていればその場で予約をして使うことができる。
イベントで知り合った相手と「また、別途ミーティングしよう」と名刺交換をするものの、その後ミーティングが実現しなかったという経験をしたことがある人も多いと思うが、CICでは「今ここでミーティングしよう」と言える。時間を無駄にすることも、機会を逃すこともないのである。
また、同じビル内の別フロアの入居者と接点を作る仕掛けのひとつとして、各階のキッチンに置く食材を変えている。ポテトチップスが食べたい時は3階のキッチン、チャイティーが飲みたい時は14階のキッチンに行く必要がある。小さな仕掛けかもしれないが、他にも多く存在するこうした仕掛けが、コミュニケーション・コラボレーションを生み、イノベーションを加速させている。
CICの収益モデルは非常にシンプルで、基本的にはオフィススペースをレンタルしてテナントから賃料をもらうのみである。自社でアクセラレータープログラムを運営するわけでもなく、スタートアップへの投資もしていない。理由は、CICがそれらを行うと、こうした分野の企業と競業関係になるため、彼らが入居してくれなくなり、CICの施設内でのエコシステムを築くことができなくなるためだ。
CICは不動産業に特化することで、イノベーションに必要な多くの企業を集約することができるのだ。その結果、CICには複数のベンチャーキャピタルやコミュニティパートナーが入居し、さまざまな産業の異なるサイズのスタートアップをサポートできる体制を築いている。
約20年コワーキングスペースを運営してきたTim氏は、エコシステム構築にはMoney – Idea – Talentの”MITサイクル” が重要と言う。最初は大学の研究機関から出てくるIdeaから始まる。そのIdeaにTalent(CEO)が紐付き、Money(資金調達)が集まる。そして、このサイクルが一度回れば、あとは自動的に拡大し続けると言う。CICがMIT(マサチューセッツ工科大学)やBroad Instituteから徒歩5分の位置にあることは、IdeaとTalentを融合させるために重要である。
また、Tim氏は日本には多くの優秀な研究者がいること、さらにリスクをとり新しいことにチャレンジする精神があると言う。例えば、1800年代に日本人として初めてアメリカに渡ったジョン万次郎や、戦後に設立され今や大企業となった数々の会社の創業者たち。日本においてもコワーキングスペースの役割は”MITサイクル”を回す場を提供することであり、それができれば革新的なスタートアップが今以上に生まれてくるはずだと強調した。
>>次回(その3)は日本のコワーキングスペースはどうあるべきか?を考察
>>その1はこちら