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数学とグローバルな秩序の時代へのメッセージ〜Scaling Bitcoin 2018 Tokyo Kaizenを振り返って 〜

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Scaling Bitcoinとは

 2018年10月6日と7日、慶應義塾大学の三田キャンパスにおいて、第5回目となるScaling Bitcoinワークショップが開催された。この会議は、2015年の9月に第1回がカナダのモントリオールで開かれ、その後、香港、ミラノ、スタンフォードと開催されている。この会議が企画された背景としては当時からビットコイン(Bitcoin)のスケーラビリティ問題(現実世界の支払い処理の全てを処理する性能を達成できない問題)があり、その解決方法を巡り政治的、技術的対立が存在した。その対立を解消するために、エンジニアとアカデミアが協力して、中立で冷静な議論を行い、その結果はビットコインの技術仕様に反映された。当初は、いわゆるブロックサイズの問題が話題の中心ではあったが、エンジニアとアカデミアが協力して技術課題を解決するという議論のスタイルは、Bitcoinにまつわる多くの技術的発展に資するため、ブロックサイズに限らず、Layer 2と呼ばれる異なるレイヤーの処理、プライバシー保護、そのほかの多くの技術的発展を議論する場となっている。

 筆者は、今年のScaling Bitcoinを日本に招致し、共同プログラム委員長を務めたが、その際に、会議のサブタイトルを「Kaizen(改善)」とすることにした。これは、日本のエンジニアリングを象徴するキーワードであるとともに、グループで協力して細かい問題をひとつひとつ現場で技術的に、かつ真摯に課題を解決していくことの意味を示す狙いがあった。今年のプログラムは、その趣旨に沿った素晴らしい提案が集まった。

 Scaling Bitcoinでは、他の学術的な会議と同様、提案に対する世界的専門家による査読プロセスを採用している。今回、学術とエンジニアリングの協働の象徴として、アカデミアから10人、ビットコインのコードに中心的に貢献しているコミュニティから10人という同数の計20人でプログラム委員会を構成した。この50:50のミックスによって、これまでに加えて発表と議論の質を上げることに注力した。そしてその試みは成功したのではないかと考えている。

 今回の会議の特徴は、スタンフォード大学をはじめとして、世界トップレベルの暗号研究者やブロックチェーン研究者の参画が増えたことで、より本質的な、時に高度な数学が必要とされる発表が多くなったことだ。これは、基本的には正常な発展であり、Bitcoinやブロックチェーンの性能とセキュリティの改善が、より本質的な数学のレイヤーに手を加える部分に踏み込んでおり、またセキュリティを犠牲にせずに性能を改善していくためには、厳密な議論を必要とするフェーズに進んできたことを示している。

なぜ日本に招致したのか

 2015年9月にモントリオールで第1回が開催された際にProgram ChairであったJeremy Rubinは、筆者に発表者として参加することを促した。この時も査読を通過して発表を行ったのだが、その内容は、幅広い数学からなるBitcoinにおいて、科学的な議論に基づくガバナンスを考えるという観点で、私が関わっていたNIST SHA3コンペティションのプロセスから学べることを、Bitcoinのエンジニアコミュニティに伝えることだった。この会議への日本人の参加者は私1人だった。その後の香港、ミラノ、スタンフォードと世界各地で開催されているが、日本から技術の提案申し込みをして、査読を通過し、発表にこぎつけたケースはなかった。本当にBitcoinとブロックチェーンをスケールさせ、社会を良くするための基盤とする活動の現場と、日本における実情の乖離を少しでも埋める必要があると感じていた。ミラノでの会議以降、私はScaling Bitcoinの運営の委員会のメンバーではあったが、日本においてビジネス的な事情により混乱していた業界の事情も考慮し、2年間という時間をかけて、BASEアライアンス[1] という金銭的利害に左右されない場所を作り、ここがアカデミックホストとしてScaling Bitcoinを開催する形で慎重に招致書類を準備した。

 Scaling Bitcoinの主要なメンバーと議論する中で、コミュニティの日本に対する期待は高く、特にPrecision Engineering(精密工学)の面で日本の優秀さは高くリスペクトされている。Bitcoinやブロックチェーンは、さまざまな技術の精巧な組み合わせであり、直接的に価値を扱うことから、特に理論から実装に到るまで、セキュリティと品質管理に対しては最高度の配慮が必要となる。例えば、シリコンバレーは、エンジェルやベンチャーキャピタリストの視点でスケールするビジネスアイディアを実証する場所としては極めて優れているが、社会基盤としての品質を確保するのは後回しで、日本ほど品質確保にはリソースを割かないことが多い。その意味でも日本に対する期待は高い。

 しかしながら日本からBitcoinのコードにコミットしている人数はそれほど多くない。そこで、昨年のスタンフォードから開始した、Bitcoinの中心的開発者が講師となるエンジニア養成イベントDev++を今年も継続して実施することができたことで、日本のBitcoinとブロックチェーンにおけるエンジニアリングの質を上げる種を少しでも蒔けたのではないかと思う。

 今回のScaling Bitcoinにおいて2日目は、あえてモントリオールで開かれた第1回のScaling BitcoinのTシャツを着たが、これは第1回のモントリオールに1人で参加していた状況から、日本においてこの取り組みに関係する人が増えたことを示したい意図があった。その意味で、少なくとも、日本でBitcoinとブロックチェーンに関わる多くの人に、技術面での最高峰の議論に触れる機会が作れたことはよかったと考えている。

 一方で、プログラムを選定したプログラム委員長として述べると、日本からの提案は期待したより少なかった。こうした点が、前述のように日本への期待と実態が乖離している部分でもある。この部分の改善は、今後の課題として残ったと考えている。

 どんなイベントでもそうだが、Scaling Bitcoinは、偶然、天から降って来たように、東京で開催されたわけではなく、BASEアライアンス、LSOを務めたDG Lab、Scaling Bitcoinの委員会メンバーが思慮深く、かつ献身的な努力によって実現できたことをここで強調しておくとともに、深い感謝を申し上げたい。

[1] InternetにおけるWIDEと同じように、ブロックチェーンにおいて産学連携で研究を行う研究アライアンス。慶應義塾大学SFC研究所と東京大学生産技術研究所が中心となり2017年7月から活動を行なっている。 http://base-alliance.org

ブロックチェーン技術開発に関わる際の3つのレベル

 ブロックチェーンは、基盤技術として今後、非常に大きな可能性に恵まれている。さらに、ブロックチェーンは暗号技術やP2Pのようなネットワーク技術だけでなく、ゲーム理論、経済学、規制など、さまざまな要素の絶妙なバランスの上に立った総合的な技術だ。それゆえに「ブロックチェーンを使っていろんなアプリを簡単に書いてみる」というわけにはいかない。今回のScaling Bitcoinを終えて、議論の内容が難しすぎるとの意見もあったが、もとよりハードルの高い技術であり、なんらかのアプリケーションのための道具のひとつとしてブラックボックス的に使えるようになるには、まだまだ多大な努力と時間が必要だ。だからこそScaling Bitcoinのような会議は、真剣にそのための理論構築と実装に挑戦している。

 技術者がブロックチェーンに関わる際に、暗号技術の部分に限ったとしても、関わり方のレベルには3つの段階が存在する。そのレベルとは

  1. 書かれている数式を追って動作を理解するレベル
  2. 与えられた数式が、必要とされる安全性や性能などの性質を担保していることを示すことができるレベル
  3. 達成したい安全性や性能などの証明を行う前提で、新しい数式とアルゴリズムを作り出すレベル

 1は、ある意味、書籍や教科書、動画などの座学でも、ある程度できるようになり、数ヶ月もあればキャッチアップできるだろう。しかし、2になると途端に難しくなる。大学院レベルの1セメスターの暗号理論の講義を受けただけで理解を深めることは難しいだろ。修士レベルの2年間の研究で身につくレベルだろう。そして3は大学のドクターコースのレベルに相当する。世界中のエキスパートと切磋琢磨し、レビューやコメントに耐えながら新しい提案の良さを数学とコードで証明し、説得していく必要がある。残念ながら、このレベルに達するには座学では難しいし、ちょっとした人材育成プログラムでも到達するには無理がある。

 現実のビットコインやブロックチェーンの技術開発は3のレベルで行われているし、この舞台に上がらない限り、考案したアイディアや技術が世界に使われることはない。査読を通過し、今回のScaling Bitcoinで議論されたさまざまな提案は、このレベルの戦いであることを記しておきたい。

 世界的に見ても、ブロックチェーンの将来にまつわる話は、ブロックチェーンがもたらす将来像をわかりやすくするために、1のレベルの理解を元に耳あたりの良い言葉を駆使したものが多い。時に、耳あたりの良い言葉はわかりやすさと正確さの境目を曖昧にし、耳あたりの良い言葉を聞いてわかったつもりになることがある。しかし、3.のレベルで物事が動いていることを考えると、耳あたりのよさと、正しいことをわかりやすく知ることの違いには配慮する必要があるだろう。

After the InternetとAfter Bitcoin

 なぜ、あえてこの「取り組みのレベルの差」の話をしたのかを述べたい。

 少し大きい話になってしまうが、After the Internetで何が起きたかと言うことに関係する。最初のキーワードは”Permissionless Innovation”だ。これは、イノベーションを起こす際に誰かに許可を得なくても良いということで、限られた運営者にサービスやビジネスを提供する力が集中していた時代からの明確な変化である。インターネットが普及する以前には、日本ではCAPTAINシステムがあり、日本電信電話公社が電子的な情報提供基盤を構築していたし、フランスにもMinitelと呼ばれる同様の官製インフラが構築されていた。しかし、このような状況下では、新たにサービス発明し、こうしたインフラを通して提供する際にはその運営者に許諾を得なければならなかった。ところがインターネットの登場により、サービスの発明や提供を行う者と、通信インフラの提供者が分離(アンバンドル)され、通信を用いたイノベーションはPermissionlessになった。

The basic illustration of the pathetic dot theory: wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Pathetic_dot_theory)から引用

The basic illustration of the pathetic dot theory: wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Pathetic_dot_theory)から引用

 Lawrence Lessigは、1999年に出版された”Code and Other Laws of Cyberspace”で、サイバースペースにおいては、コードと法律と市場、そして規範と言う4つのregulator(規制役)が、社会に重要な影響を与えるとしている。Before the Internetであれば、多くの秩序は法律であったり、コミュニティの規範であったり、経済的原理によって支えられていた。しかし、インターネットの登場以降はイノベーションを起こすのに許可は不要となり、プログラムコードとそれを支える数学が、社会の秩序を形作る重要な要素となった。

 つまり、かつては秩序とは小さいところでは「コミュニティの同意」であり、大きなところでは「議会が作る法律」によって形作られていたが、After the Internetでは、数学に基づくコードが法律に先行して社会の秩序を作るケースが出てきた。これが良いことか悪いことかはケースバイケースではあるが、我々の社会の安全性を守りながら、新たな秩序の作り方を模索する必要が出てきた。

 インターネットが商用化されて20年以上経過して、イノベーションにより社会の色々な場面で生じる便益と既存の秩序との軋轢は、この新しい枠組みによって生じている。欧州におけるGDPRなどのデータの取り扱いや、ネット中立性の問題などは、議会による法律では秩序の全体を形作れない。その一方で数学とプログラムコードのエキスパートが、かつての議員や政治家の役割の一部をすでに果たしはじめていることを意味している。

 After Bitcoinがもつ意味合いについては、Joi Ito(伊藤穰一氏)が2016年のブログ記事で述べている。それは、通信の世界でAfter the Internetに起こったPermissionless Innovationの扉を開くような事柄が、会計や簿記や価値の取り扱い方という、経済活動の根幹であり、ひいては共同体や国家の秩序に関わる面でも起こるということだ。その当然の帰結として、数学とプログラムコードを熟知し、その安全性を確かめながら、さらに新しい数学の仕組みを提案しグローバルに同意を得て普及することを目指す人たちが、世界の秩序構築に一定の役割を果たすようになると言うことだ。このような世界では、法律を作るようにバイデザインで完璧な秩序を予め誰かが考え出すことはできないし、コードによるイノベーションのスピードに法律の制定が追いつくことは難しくなる。さらに、現時点で大きな問題は、After Bitcoinの時代に、Permissionless Innovationに対応したガバナンスのあり方はまだまだ暗中模索の段階であることだ。

 ビットコインは、Lessigがいうところの4要素のうちの3つ「法律」「規範」そして「市場」とは独立して、その論文に記された通り「数学とコードに閉じた中で信頼できる第三者が不要な、二重支払を防止する支払いスキーム」であり、100% “Code is Law(プログラムコードが法律)”としてデザインされている。その意味では、ビットコインのプロトコルを規定するコードは“ビットコイン国”の憲法と考えても良い。一方で“ビットコイン国”では憲法改正の手段が不完全なため、その秩序に不満があっても簡単に憲法は変えられない。2017年に発生した、ビットコインの分裂は憲法改正ができないので、新しい憲法で国を独立させたのに近い。どの暗号通貨が良い、という瑣末な話ではなく、After Bitcoinにおけるあるべき秩序の構成の問題として、より真剣に考えるべきなのだ。

 ビットコンやブロックチェーンにまつわるビジネスと規制も「社会の秩序の一部が数学で規定される時代」との認識で、より根本的な視点で考える必要がある。

 例えば仮想通貨交換所について上記の認識をもって再考してみたい。最近あいついで発覚した仮想通貨流出などのインシデントや、ガバナンス不在の運営。こうしたことが明らかになると、イノベーションを起こそうとする側と規制当局は対立構造になりがちだ。規制当局はあるべき運営をより強く求めるようになるし、スタートアップは規制の目が強まることを「イノベーションの芽を摘む」と非難する。しかし、数学とコードによる秩序のための基盤として考えると、仮想通貨交換取引所のような組織は、ブロックチェーンに記録される価値に関する数学上の取り扱いと、現実の我々の生活をつなぐ接点になる可能性があり、これはインターネットにおけるISP、モデム、ISP間の通信を取り持つインターネットエクスチェンジのような役割を果たす可能性が高い。だとすると、ブロックチェーンを支える数学と現実の生活の接点において気をつける部分について深く考察をし、数学と社会秩序の両面から必要なアーキテクチャを考える幅広い議論をしないといけない。残念ながらいくつかのブロックチェーンや暗号通貨に関わる事業者は、近視眼的に市民からお金を巻き上げることしか考えていないし、そのような事業者はビットコインとブロックチェーンがもつ本質を毀損している。だからこそ、より技術的な、建設的な議論の中に、取引所の運営者や規制当局などの関係者を取り込んでいく必要がある。

インターナショナルとグローバル

 Scaling Bitcoinの基調講演(Keynote)は“インターネットサムライ”である村井純教授によって行われた。このKeynoteは非常に示唆に富む内容が多く、ぜひScaling BitcoinのWebページにある動画をご覧いただきたいが、特に写真にあるような、インターネットのグローバル性に関する話は重要だろう。この部分の筆者による日本語訳を以下に載せる。


(Scaling Bitcoin 2018, Jun Murai, Invited Talk: Deploying Blockchain At Scale. Lessons from the Internet Deployment in Japan.発表資料より引用)

(Scaling Bitcoin 2018, Jun Murai, Invited Talk: Deploying Blockchain At Scale. Lessons from the Internet Deployment in Japan.発表資料より引用)

 このスライドを見てください。この本は、(慶應義塾大学を創設した)福沢諭吉が書いた本です。彼は1864年にアメリカを訪問しています。そして彼はこの本を書きました。表紙の後の最初の絵がこれです。4つの海、1つの家族、5つの人種(民族)、そして兄弟。グローバルの視点で全ての人類は1つの兄弟であると書いています。これを彼は書いています。近代の日本が始まる前、日本は鎖国していました。これは将軍の時代です。明治時代が始まる前の1866年に彼が書いたのは、蒸気、経済と社会のあらゆること、電気、そして情報の伝達と通信。その時情報の伝達は、肩で物を運ぶ人によって行われていました。1864年に、アメリカでは電報がすでに使われていました。彼はそれを見て、すぐにこの絵を描いたのです。これは驚くべきことです。電柱が地球全体を覆っていて、日本語では飛脚といいますが、情報を運ぶ人が電線の上を走っている。これこそインターネットです。彼はその時、すでにこのイメージを持っていたのです。世界は繋がっているのです。これが(飛脚が運んでいるものこそ)インターネットのパケットです(会場笑い)。これは非常に優れたビジョンです。


 村井教授は、インターナショナルという言葉は使わず、グローバルという言葉を強調したが、これが2つ目のキーワードであり、大きな意味がある。それは、インターナショナルとグローバルの違いだ。インターナショナルは、Inter + Nationalなので、すでに存在する国家間の関係であり、その総体としての国際関係を意味する。つまりは、国家の存在がその基盤にあり、立場の異なる国家の事情が自然と反映されたものとなる。一方で、グローバルはGlobe(地球)からきているように、地球全体が先にあって国家の都合というのは後から来る話だ。

 インターネットはThe InternetとTheをつけているように、地球でただひとつの存在であることをバイデザインとして考えている。インターネットのガバナンスに尽力をしてきた人たちは、その理想の下に活動してきた。ビットコインも、数学が規定している思想そのものは、インターナショナルというよりグローバルの視点だ。

グローバルトリレンマ再考の時代に、日本に問われているもの

(Dani Rodrikのblogから引用)

(Dani Rodrikのblogから引用)

 Dani Rodrikは、2007年のブログ記事、および2011年に出版された”The Globalization Paradox: Democracy and the Future of the World Economy”(邦題:グローバリゼーション・パラドクス――世界経済の未来を決める三つの道)において、民主主義、国家主権、そしてグローバライゼーションは同時に追求することができないという、グローバルトリレンマを提唱している。インターネットはもとよりグローバルを志向しているので、民主主義か国家主権のいずれかに影響を及ぼす可能性がある。SNSが活躍したアラブの春はその2つの間の綱引きの好例であるし、それぞれのいいとこ取りをしようとして、インターネットの経済的便益を得ながら、インターネットの国家主権への介入度合いを下げようとしてインターネットの検閲を試みる場合もある。もちろん、民主主義も国家主権も、安全な市民生活の礎であるがゆえに、それぞれの共同体や国家の事情に合わせて十分に守られる必要がある。一方で、インターネットが普及してからのこの20年余りは、インターネットという情報技術が、基本的にはグローバルな視点を基盤に持ちながら、グローバルトリレンマに対するバランスの修正を迫って、一部は大きなバランスの修正に成功し、一部は失敗し、一方でテックジャイアンツによる寡占という状況に至っている。

 通信におけるインターネットがそうであったように、価値やアイデンティティにおけるブロックチェーンも、同じようにグローバルトリレンマに対して、何らかの部分的解決を与えたり、少なくともバランスの変更をもたらしたりする可能性は高い。そして、その根幹は、この記事で何度も書いているように(情報)数学とコードだ。

 つまりは、このタイミングで数学に基づいた高度な議論が必要な理由は、ブロックチェーンがもたらすグローバライゼーションの方向性に対して、国家主権や民主主義といった実体的な我々の生活基盤をバランスよく再構築する必要があるからだ。つまり、Lessigが描いた、コード、法律、コミュニティの規範、そして経済的原理の再設計のタイミングだ。好むと好まざるとに関わらず、残念ながら、世界はそういうゲームで動き始めている。そして、これもまた残念ながら、ルールはグローバルの視点で決まっていく時代であり、このルールの構築プロセスに参加する必要があり、そのためには前述の1や2の程度の理解レベルで止まることは許してもらえない。

 誤解を恐れずに言えば、After the Internetの時代に日本がIT産業で出遅れているのは、新しい数学とコードを作り世の中の同意を取り付けられる人が、政治家や経営者と同じくらいに秩序の作り手として重要な位置を占めるようになった、という認識が遅れたためだろう。日本では、米国や世界で起こった潮流をタイムマシンで輸入すれば良いと考えていた時代が長かった。それは先の3つのレベルであれば1のレベルで仕事になっていた。しかし、3のレベルで活躍できる人は、国家に基づくインターナショナルの概念ではなく、より広範なグローバルの規範の作り手であり、さまざまなステークホルダーとの共同作業によって、グローバルトリレンマのより良いバランス探しにおいて重要な役割を果たし、現実社会の営みに直結する国家や共同体のあり方の改善に役立つのだ。

 

の少し前の9月27日に行われた「フィンサム2018&レグサム」(主催・日本経済新聞社、 金融庁)において金融庁主催で行われたパネルディスカッション”Blockchain X-border talk with the tech community”(モデレータNat Sakimura)に、サイファーパンクの一員でありProof-of-workを使ったHashcashを提案したAdam Back、グローバルなインターネットの構築に初期から携わったPindar Wong、鈴木茂哉特任准教授と議論に参加した。その議論の帰結のひとつとして、After Bitcoinの新しい時代の規制を含む秩序のあり方として、3のレベルのエンジニア、アカデミア、ビジネス、規制当局、そして市民がマルチステークホルダープロセスを採用する必然性があることが議論された。これは、イノベーションと規制のいたちごっこからの脱却を、規制当局も含めて考え始めている興味深いサインだ。

 グローバルに、マルチステークホルダーによるプロセスを採用するとなれば、そこには極めてダイバーシティに富んだ、ステークホルダーの参加が必要だ。Biビットやブロックチェーンが極めて多様な異なる専門性のバランスの上に成り立っているのと同様に、多様なバックグランドに基づく、中立で、ラフな合意による改善こそが、ブロックチェーンによる社会秩序の改善を促す。これは思考の専門性だけでなく、地域やジェンダーなどあらゆる多様性が重要になる。少なくとも、Scaling Bitcoinがある特定の地域に集中するのではなく、あらゆる地域で開催することを考えているのは、このムーブメントに多様な背景を取り込む必要があるからだ。

 すでに、このムーブメントは静かに、しかし確実に動き始めている。残念ながら多くの技術は指数関数的にスケールすることはなくて、本当に細かな数倍単位の改善が積み重なることで、時間をかけて大きな性能的発展を遂げる。夢のような技術はないし、社会に応える技術基盤を構築する際にはマジックは存在しない。極めて地道な活動だ。しかし、数学とコードが社会の秩序の一部を構成する時代に、その作り手として日本を含む、ダイバーシティ溢れるグループの参画は必須だ。冒頭に書いたように、日本が誇るPrecision Engineeringは、ブロックチェーン技術が必要としている安全性と性能の両立に大きく貢献するはずだ。

 このメッセージが日本のエンジニア、研究者、学生、そして社会とガバナンスを考える人に伝わることを願いたい。

謝辞

このブログ記事を書くにあたりさまざまなコメントをいただいた方に感謝申し上げます。

※この記事は松尾真一郎氏が2018年10月15日に『Medium』に寄稿された記事を元に当媒体向けに加筆修正したものです。

松尾真一郎 Written by

Georgetown University, Research Professor
MITメディアラボ 所長リエゾン
BSafe.network共同設立者
DG Lab アドバイザー

 シリコンバレーを拠点に活動する、暗号技術と情報セキュリティ分野の研究者。ブロックチェーンをアカデミアの視点から成熟させる活動をしている。Pindar Wong氏ともに、ブロックチェーンの学術研究を行う大学による国際研究ネットワークBSafe.networkの構築を行っている。
Georgetown大学でResearch Professorとしてブロックチェーンに関する研究活動をするとともに、MITメディアラボでは金融暗号分野の所長リエゾンとして活動。また、慶應義塾大学SFC研究所ブロックチェーンラボ、東京大学生産技術研究所を中心に、中立なブロックチェーン学術アライアンスであるBASEアライアンスを設立。日米を中心に、国際的に中立で信頼のできる学術コミュニティをリードしている。
また、Scaling Bitcoinのプログラム委員、アドバイザリー委員 IEEE, ACM, W3Cなどのブロックチェーンカンファレンスのプログラム委員を務める。