日本のスマートシティ建設が“再び”動き出そうとしている。国土交通省は今年8月、「スマートシティの実現に向けて」と題した報告書を発表。11月には国土交通省と日本経団連がスマートシティの具体化に向けて協力することで合意し、連携窓口も設置された。2019年には数カ所のモデル都市が選定される見通しだ。
上記のニュースに、「え、いまさら?」という感想を抱いた人も多いのではないか。そもそも、スマートシティという言葉は目新しいものではない。2009年にはオバマ政権が提唱したグリーン・ニューディールの一環として取り上げられるようになり、2011年にはスマートシティ・エキスポ・ワールドコングレスが開催されている。それから約10年が過ぎた今になって、モデル都市選定と言われても周回遅れ感は否めない。
なぜ今再びスマートシティなのか。種明かしをすると、スマートシティの“含意”と“アプローチ”が変化したため、「スマートシティ」という言葉が再登場したという事情がある。
まず含意だが、かつてのスマートシティは「最新技術を活用した環境配慮型のものづくり」であった。効率的な送電を実現するスマートグリッドが代表例だ。現在では環境の要素が弱まっている。国土交通省の報告書では、「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」(出典:国土交通省 平成30年8月21日「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】(本編)」)がスマートシティだと定義づけられている。都市内にはりめぐらされたセンサーでデータを収集、その解析を通じて交通や治安維持、商業施設の再開発などさまざまな課題を解決するという全方位的な内容に変化しているのだ。
そして、アプローチにも変化がある。再び同報告書から一節を引用すると「スマートシティという言葉が社会に浸透し始めた2010 年前後は、エネルギーをはじめとして、特定分野を対象とした「個別分野特化型」の手法を用いて成立した取組みが多く行われてきた。(中略)一方で、近年のICT・データ利活用型スマートシティは、「環境」「エネルギー」「交通」「通信」「教育」「医療・健康」等、複数の分野に幅広く取り組む「分野横断型」を謳うものが増えてきている。」
家庭用電力節電、災害対策、交通情報……と課題ごとのソリューションがばらばらに導入されていたのに対し、複数の課題を一気に解決しようとするアプローチ、これが今回日本で再起動したスマートシティだ。報告書ではいくつかのモデルケースを設定しているが、その一例「オールドニュータウンに関する課題解決」では、自動運転車の配車、高齢者のための健康情報配信、買い物難民のための移動販売車の提供、遊休施設の活用、防犯・見守りサービスなどを統合的に供給する事例が示されている。
中国スマートシティの取り組みはすでに500都市以上に
日本のスマートシティ再起動に関する報告書を読んで、中国を専門とする筆者がもっとも強く印象を受けたのが、ここでも典型的に現れているイノベーションへの日中のアプローチの差だ。
2010年前後のオバマ政権下におけるグリーン・ニューディールは中国にも大きな影響を与えた。太陽電池メーカーが乱立し過剰生産に陥り業界大混乱……というニュースは広く知られているところだろうか。スマートシティについても日本以上のブームが到来。当時はエコシティの訳語である「生態城」という言葉が使われていた。中国とシンガポールの共同事業である中新天津生態城をはじめ、曹妃甸生態城、深圳湾生態科技城などのモデル都市が作られたが、どれも成功したとは言えないところまでは日本でのスマートシティブームと共通している。
しかし中国では「生態城」の試みが挫折したその後も、データ活用型の「智恵城」、「智能城(スマートシティ)」の取り組みは継続しており、すでに500都市以上に広がっている。そして、そのアプローチは個別ソリューションの統合という形で行われていることが多く、その結果として都市のスマートシティ化が進んでいるのだ。
マンホールの蓋が外れていないかだけをひたすらチェック
個別ソリューションの事例をいくつか紹介しよう。今年10月、上海市で開催された中国通信大手ファーウェイの発表会「Huawei Connect2018」では、スマートシティに関する展示があった。ここでは山東省濰坊市、広東省深圳市龍崗区などがモデルとして展示されていた。
濰坊市で導入されているソリューションのひとつに、スマートマンホールがある。中国ではマンホールの蓋が外れて、人が下水道に落ちるという事故が少なくないため、マンホールの蓋が外れていないかどうかだけをひたすらチェックするというものだ。
日本の日立システムズもスマートマンホール・ソリューションを提供しているが、こちらは蓋が外れているかどうかに加え、有毒ガスが発生していないか、水質・水量のチェックができるというのが売りだ。マンホールにわざわざセンサーを取り付けるのならば、このように高機能化すればよさそうなものだが、発表会の会場にいたファーウェイ担当者は、センサーを増やせばコストが上がり、電池の消耗も早い。そこで、もっともニーズが高い開閉センサーだけにしたと説明していた。
深圳市龍崗区の例としてはデジタル政府ソリューションが提示されていた。中国は世界最古の官僚制国家。役所への申請にはともかく大量の書類が必要となる。例えば公積金(住宅積立金)の申請では、警察で戸籍証明、銀行で個人信用報告、職場で収入証明、民政局で婚姻状況証明、国土局で家庭住宅証明を取得しなければならない。しかもお役所を回る順番も決まっていることも多く、走り回ってようやく申請が終わるとへとへとになる、という状況だった。展示されていたソリューションではスマートフォンの顔認識機能を使って本人であることを証明すれば、電子証明書が送られているという内容だ。
実際に目の前で電子書類取り寄せのデモを見せてもらったが、わずか数分で6件もの書類が集まってきた。中国のお役所巡りの辛さを知っている身としては感動的だ。もっとも担当者によると、このシステムは完璧ではないという。住宅積立金に必要な書類は電子で集められるが、他の申請に必要な書類は対応していないものも多い。結局、それぞれのお役所が持つデータベースは形式が異なる。地方によっても差異がある。すべてを一括して解決することはできず、ひとつひとつやっていくしかないのだとか。
「まあ、全部の書類が取り寄せできなくても、一部でも手間が省ければいいじゃないですか」
とは担当者の言葉。結局、先に解決できるもの、解決すればメリットが大きいものから先にやっつけていくというのが中国流だ。
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比較すると、日中のスマートシティに関するアプローチの違いは鮮明ではないだろうか。上からの計画ですべてをカバーするソリューションを作ろうとする日本、個別の組み合わせでカバーする範囲を広げていく中国という違いだ。
あれこれやってから統合するという中国式では統合に手間がかかり、また重複などの無駄がでる。一方、上からの計画で推進しようとする日本式では歩みが遅い。「乱暴だが早い」中国、「丁寧だが遅い」日本。スマートシティの分野でも、いつもの構図が繰り返されている。