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いつまでたってもアリペイ日本版ができない理由

埼玉・西川口のチャイナタウン。中国モバイル決済で支払える店も

埼玉・西川口のチャイナタウン。中国モバイル決済で支払える店も

 キャッシュレス化が進まない日本。クレジットカードや電子マネーなどの普及は進んでいるが、お店がコスト負担しなくてはならない読み取り端末の普及が進まない。そこでよりお店の負担が少ないQRコードを使ったモバイル決済に期待が集まる。最近、日本の大手スーパーでも中国で普及しているモバイル決済の利用が可能なところが増えている。キャッシュレス先進国である中国企業の日本への進出はこの先どうなるのか?当媒体でもおなじみの中国IT事情に詳しいジャーナリスト高口康太氏に、解説してもらった。

広東省深セン市、道路脇の雑貨店。スマホとシールだけ用意すればモバイル決済が導入できるため、こんな小店舗でもキャッシュレスに対応

広東省深セン市、道路脇の雑貨店。スマホとシールだけ用意すればモバイル決済が導入できるため、こんな小店舗でもキャッシュレスに対応

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「中国のモバイル決済ってすごいらしいですね。テレビでもよく取り上げられてますし。日本上陸間近という話を聞いたんですけど、いつごろになりますか?」

 こうした質問を受けることが多いが、なかなか答えるのが難しい。というのもモバイル決済に限らず、中国企業の多くは日本人から稼ぐことにさほど興味がないからだ。それはなぜなのか?理解するためには中国経済の発展モデルを理解する必要がある。

ボーナス駆動の中国経済

  「紅利」という中国語がある。日本語の意味は「ボーナス」。1980年以降の中国経済は次々と現れる「ボーナス」を追いかけて発展してきた。

 まず「改革開放ボーナス」。外資の導入や規制緩和によって次々と新たな産業が発展した。中国は文化大革命までガチガチの社会主義体制だっただけに変えるべきところはいくらでもある。それだけにボーナス(「伸びしろ」と言い換えてもいいかもしれない)は大きい。

 そして「人口ボーナス」。労働人口の増加を指す言葉だ。働く人の数が年々増え続ければ、経済は成長する。

 中国では2011年前後に労働人口が増加から減少に転じたとされる。人口ボーナスから人口オーナス(onus=重荷・負荷)への転換だ。既存の成長モデルがあてはまらなくなるだけに、すわ一大事と騒がれたが、「いやいや中国は大丈夫です」と反論するロジックも登場している。そのひとつが「エンジニア・ボーナス」。大学定員増加と留学経験者の帰国に伴い、中国のエンジニア人口は増加している。それに比例してイノベーションも加速し、経済も成長するという理屈だ。

 他にも「インターネット・ボーナス」(IT化が進むことによって得られる成長)など、中国には「〇〇ボーナス」という概念がごろごろ転がっている。大きく成長するためには地道な努力だけでは不十分であり、「ボーナス=一気に伸びる要素」を見つける必要がある。低成長の日本とは異なり、中国では過去30年以上も高成長を続けてきた。小さな改善の積み重ねではなく、ボーナスをうまくとらえて、爆発的な成長を続けてきたのだ。

ボーナスを求めての海外進出

 しかしボーナスはいつか食い潰される。人口ボーナスはすでに終結した。外資開放や規制緩和がある程度進んだ今、改革開放ボーナスもそう多くは残されていない。中国国内には、もう伸びしろがないなら次は海外だと、中国企業は対外進出に乗りだした。やはりボーナスの追求は続いているのだ。

 メインターゲットとなる市場は東南アジア、南アジア、中東、アフリカなどの途上国だ。人口ボーナスが続いている国も多いほか、「技術ボーナス」という伸びしろもある。技術ボーナスとは、現状の技術レベルが低いがゆえに、最新技術にキャッチアップした場合に大きな進展や利益があることを意味する。

 技術ボーナスで印象的だったのがアリペイを提供するアントフィナンシャル社を訪問した時のエピソードだ。最近、注目を集めるのが同社の芝麻信用(セサミクレジット)。ネットショッピングやネットバンクなどの利用履歴から、AI(人工知能)が個人の信用を判定するシステムだ。巨大ネット企業が個人情報を収集し個人を評価する。まるでSF小説に描かれるディストピアではないかと恐れる人もいるようだ。担当者にこの問題について質問すると、返答はきわめてあっさりしたものだった。

 「先進国はクレジットカードの履歴で信用が評価されていますからね。クレジットカードの普及が遅れている中国で信用をどう評価するかという目的で始まりました」

 先進国ではすでに個人の信用が評価されている。そうしたシステムがない中国で、評価システムを構築できるならば、メリットが大きいという意味だ。まさに技術ボーナスの典型だろう。

中国企業が日本人向けビジネスに乗り気じゃない理由

 こう考えていくと、なぜ中国企業が日本人相手の商売にあまり積極的ではないのか、見えてくるのではないだろうか。少子高齢化が進む日本は人口オーナスの極致をひた走る社会だ。その上、すでに先進国として整備された技術、社会制度を持っているため、技術ボーナスは見込めない。現時点での経済規模は大きいが、ここから伸びしろは少ない。スマホゲームなどすぐに利益があがるプロジェクトならばともかく、大きな成長を目指すことは難しい。

広東省深セン市。ウィーチャットペイを展開するテンセントの新本部ビル

広東省深セン市。ウィーチャットペイを展開するテンセントの新本部ビル

 このように整理すると、中国企業による日本人向けのモバイル決済が始まる可能性は低いという結論が導き出されてくる。アリペイを展開するアントフィナンシャルでは展開を摸索した時期もあったようだが、日本のパートナー探しに難航してストップしたようだ。 保守的な日本社会の中でも、特に金融業界はがちがちだ。今年2月、三菱UFJ、三井住友、みずほの3大メガバンクグループは、共同規格でのQRコード決済システムの開発を発表したが、取引情報の海外流出を避けるための大同団結との触れ込みだった。中国企業にとっては、もともと進出が難しい日本人向け決済サービスだが、それに加えてメガバンクが団結しこれほど強烈な反発を見せられては、なかなか手が出しづらいだろう。

 もちろん、日本と商売しないわけではない。例えば、日本の商品を中国に輸出する越境EC(海外製品のネット輸入販売)だ。5月22日にはアリババグループは東京で「Japan MD center annual conference」と題したイベントを開催。アリババの越境ECプラットフォーム「天猫国際」における日本ブランドの流通額が前年比122%増という急成長を続けていることを明かした。日本企業は重要なパートナーだが、あくまでビジネスの相手は中国人だ。中国ブランドを日本に売ることには、あまり力を入れていない。

 モバイル決済も同様で、アリペイとウィーチャットペイは現在、日本国内で中国人観光客向けの決済サービスを展開しているのみ。短期的には日本人向けサービスを導入させる可能性は低そうだ。

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 現在のビジネス、技術を着実に少しずつ改善させることよりも、大きな成長を狙ってボーナスを追求する。ホームラン狙いの中国企業は、日本とは正反対だ。どちらが正しいかは一概には言えないが、日中経済を比較するに日本にももう少し山っ気が、つまりボーナス、成長分野を追い求める姿勢があってもいいのではと思うのだが。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家、千葉大学客員准教授。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。