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ベンチャー育成にみる日中戦略の違い~「選択と集中」と「裾野の広さ」

タススターのオフィスビル入り口。かつてはグーグル中国がここにオフィスを置いていた。よく見るとうっすら「Google」の文字跡が残っている

タススターのオフィスビル入り口。かつてはグーグル中国がここにオフィスを置いていた。よく見るとうっすら「Google」の文字跡が残っている

 「2023年までに20社のユニコーン企業を作り出す」。日本政府が6月15日に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」に盛り込まれた、ベンチャー支援の数値目標だ。ユニコーン企業とは評価額10億ドル以上の未上場企業を意味する。米調査会社CBインサイツによると、世界のユニコーン企業は242社(注:2018年6月26日現在、すでに上場したメルカリも掲載されている)だが、米中が占める割合は7割以上。日本はというと、メルカリが上場した今、AI(人工知能)開発のプリファード・ネットワークスだけだ。

 新時代の産業育成のためには新たな成功企業を生み出すことが必要だ。この指摘に反対する人はいないだろうが、問題は「どうやって」生み出すか、だ。大きく分けて、「裾野の広さ」と「選択と集中」という2つの道がある。

清華大学サイエンスパークのインキュベーション施設「タススター」の共有オフィ

清華大学サイエンスパークのインキュベーション施設「タススター」の共有オフィ

 スポーツ選手の育成に置き換えるとわかりやすい。スーパースターを生み出すためには裾野の広さ、すなわち競技人口を増やせばよいというのが選択肢のひとつ。スポーツを楽しむ子どもたちの数を増やせば、自ずとすごい選手が生まれてくるという発想だ。もうひとつの選択肢は、素質ある子どもを集めて徹底的に鍛え上げるというやり方だ。

 日本が選んだ手法は後者の「選択と集中」寄りだ。「未来投資戦略2018」の一環を担うベンチャー育成プログラム「J-Startup」には92社の有力企業が選出された。今後第2弾、第3弾の候補が選ばれていく予定だが、この程度の規模の選出数は、決して大きな数字ではない。

 

清華大学にみる圧倒的な規模の「裾野の広さ」

清華大学サイエンスパークのインキュベーション施設「タススター」のロゴ

清華大学サイエンスパークのインキュベーション施設「タススター」のロゴ

 ユニコーン企業育成で先行する中国はどのような取り組みを続けているのか。中国を代表する名門大学、清華大学を訪問したが、そこにあったのは圧倒的な「裾野の広さ」だった。

 清華大学の関連組織であるタスホールディングス(Tus Holdings)は大小合わせて800社以上を傘下に持つ巨大企業。環境技術からスキー場経営まで多くを手がけるが、創業支援も重要な役割としている。子会社の創業支援企業タススター(TusStar)は、コンサルティング、トレーニング、外部企業とつなぐオープンプラットフォーム、資金を供給するエンジェル投資と、全方位のソリューションを提供するのが売りだ。

 タススターによると、これまでにインキュベーション(事業創出支援)サービスを提供した企業は累計5000社。うち2000社あまりがインキュベーション課程を卒業して独り立ちしている。イグジット(株式公開などによる投資回収)の成功例を見ても上場企業で30社、M&Aでの売却で約40社という成果を誇る。約70社のイグジットを生み出すためには、5000社のインキュベーションが必要だったというわけだ。

 タススターの裾野の広さはそれだけではない。創業に踏み出す前の修行の場を、ふんだんに用意しているのだ。大学の授業での創業教育、清華大学内に設けられたラボ、中国各都市で開催される創業トレーニングキャンプといったプログラムが用意されており、起業に踏み出す前の教育環境が充実している。

清華大学サイエンスパーク

清華大学サイエンスパーク

 清華大学は北京市に位置するが、彼らのサポートは中国全土に及ぶ。そのインキュベーション施設は250カ所以上に達している。規模によってインキュベーション施設、サイエンスパーク、サイエンスシティと3つのブランド名があるが、最大規模のサイエンスシティにいたってはインキュベーション施設と企業誘致、住宅建設などの不動産開発と融合した巨大プロジェクトとなる。現在、南京市など計7都市で計画が進行しているという。

 タススターでエンジェル投資を担当する劉博投資総経理に話を聞いた。エンジェル投資の時点では誰が成功するかは一切見当がつかない。技術やノウハウ、ビジネスプラン、信頼できる人物かをざっくりチェックし、広く薄く投資していく方針だ。

 「清華大学では年間1万件の技術的成果が生まれます。ただし、その99%は産業化に失敗します。この比率を98%に引き下げることが私たちの使命です」と劉総経理。失敗率が高いのは当たり前、次から次へと新しい企業が生まれては消えていく多産多死の世界が前提となっているのだ。

日本の「裾野の広さ」戦略で中国を上回るのはサッカー

 J-Startupは一定の成功を収めた企業をユニコーンへとステップアップさせるプログラムだ。一方のタススターは創業前、または創業最初期の企業が対象。両者はステージが異なっているのは事実だ。

 しかし日本政府の肝いりプログラムがある程度育った企業に焦点を合わせているのに対し、中国では企業育成の焦点が、裾野にあるという点では明確な違いがある。清華大学だけではない。「双創」(万人の創業、大衆のイノベーション)を政策とする中国では、今ベンチャー支援が最重要課題なのだ。日本も創業支援に取り組んでいるものの、その規模感は中国の足元にも及ばない。例えば東京大学区産学協創推進本部のインキュベーション施設では入居できる企業は50社程だという。清華大学とは桁が2つ違う。

 人口が多い中国と同じことはできないかもしれない。しかし別の分野では日本の「裾野の広さ」戦略が中国を上回っている。それがサッカーだ。日本では部活動をベースに青少年育成を続けてきた。日本がワールドカップ常連国として飛躍した背景には、競技人口のピラミッドを拡大する戦略が機能した。中国ではこうした分析のもと、日本を模範に学校教育にサッカーを取り入れる方針を推進している。サッカーの分野では日本の「裾野の広さ」戦略を中国が見習ったわけだ。ではベンチャー育成では日本は今後どうするべきだろうか。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。