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ドリップコーヒーから抽出されるデータ活用でいつでも美味しい一杯を

右手にDRIP ANALYZERプロトタイプを示す大澤氏

右手にDRIP ANALYZERプロトタイプを示す大澤氏

 今後の巨大市場として期待を寄せられる「フードテック」。食品や調理の世界に最新テクノロジーを導入していく動きだ。フードテックの範疇は広いが、シェフや板前の勘や経験、熟練の技術に頼っていた調理法をデータで「⾒える化」し、我が家の台所でおいしい料理を再現できるようにする技術が注目される。

 代表的な職人技術のひとつが「美味しくコーヒーを淹れる技術」。コーヒー豆を挽いてお湯を注ぐという一見シンプルな工程ながら、同じコーヒー豆を使ったとしても、バリスタと呼ばれるコーヒーの熟練の職人と、素人が淹れるコーヒーはまったく別物になる。豆の種類、その量(重さ)、お湯の温度、湯量、そして注ぐタイミングなど、シンプルでありながら、微妙な要素が複雑に絡み合う。これを「⾒える化」して、素人が再現できるようにと考えたスタートアップが東京・品川のKOANDRO株式会社(コアンドロ)だ。

 KOANDROは2014年に創業したコーヒー器具のファブレスメーカー(工場を持たない製造業)だ。社長の大澤広輔氏はソニーでキャリアを積んだ後、コーヒー関連機器を扱うメリタを経てこの会社を設立した。

 2019年2月同社か発売開始した「DRILL DRIPPER(ドリルドリッパー)」は、一見するとふつうのプラスティック製のコーヒードリッパーだが(実際ふつうのドリッパーとしても使える)、底部にアタッチメントが取り付けられ、「お湯の落ちる速度」を変えることが可能だ。つまり、素人でもこの速度調整によってコーヒーの濃さを簡単に調節できる。

DRIP ADVISERに入力することにより示される“コーヒーブリューイングチャート”

DRIP ADVISERに入力することにより示される“コーヒーブリューイングチャート”

 また、同社はベータ版として「DRIP ADVISOR(ドリップアドバイザー)」を無償で公開している。これは、自分で淹れたコーヒーのデータをインプットしていくもので、「コーヒーの濃さ」「お湯の量」「使ったコーヒー豆の量」「お湯の温度」「抽出時間(かけはじめから最後のお湯が落ちきるまでの時間)」を入力し、「分析する」をクリックすると「分析結果」が「あなたの淹れたコーヒーの分析結果」として“コーヒーブリューイングチャート”(コーヒー業界で広く使われている分析表)上に表示される。ちなみに自分でコーヒーを淹れ、DRIP ADVISERに入力してみると「あなたの淹れたコーヒーは一般的なコーヒーと比べると『濃いめ』で『苦みが強め』」と分析された。さらに、自分で飲んだ評価を入力していくと「美味しく淹れるアドバイス」が表示される。この手順を、自分でコーヒーを淹れるたびに保存していき、自分のコーヒーの淹れ方を「⾒える化」していくとともに、自分の好きだと思う美味しいコーヒーの味に近づけていくことができる。

DRILL DRIPPERの底部に取り付けたDRIP ANALYZER

DRILL DRIPPERの底部に取り付けたDRIP ANALYZER

 理屈ではわかるが、正直いって毎回それぞれの値を計って入力していくのは面倒に思える。そこで、同社が開発中なのが、DRILL DRIPPER の底部に取り付けるアタッチメントのIoT仕様「DRIP ANALYZER(ドリップアナライザー)」だ。

「このDRIP ANALYZERをDRILL DRIPPERの底部にアタッチメントとして取り付けます。そしてコーヒー豆をセットしてお湯を注ぐと、『濃度』『お湯の量』『コーヒー豆の重さ』『温度』『抽出時間』を自動的に測定し、ブルートゥース経由でDRIP ADVISERに入力されます。つまり、自分が淹れたコーヒーが自動的に分析され、“コーヒーブリューイングチャート”に記録されていくのです」(大澤氏)

 コーヒーの淹れ方を「⾒える化」するツールはプロの間でも徐々に普及しており、他にはacaia(アカイア)社のデジタルスケールがある。これもコーヒーの抽出をレシピとしてスマートフォンに記録できる物だが、豆や湯量などの「重さ」を測定の基準としている。また、GINA(ジーナ)社のIoTスマートコーヒーメーカーも「ビルトインスマートスケール」を使って、湯とコーヒーの量を計測し、スマートフォンにレシピとして記録していくものだ。これらと比べてDRIP ANALYZERは前述の5つのポイントで測定できるところが大きな違いで、現在この技術は特許を出願中とのこと。

 DRIP ANALYZERによって、ユーザーが自分のレシピをクラウドに記録していくのだが、大澤氏によると実はそこからがお楽しみなのだという。ユーザーが作成した“コーヒーブリューイングチャート”のデータが蓄積され、公開されていくと、現在のレシピ共有サイトのように、「人気のコーヒー抽出レシピ」が生まれていくかもしれない。逆に「いい腕を持ちながら知られていなかったバリスタや職人」が、自分のレシピを公開することによって、自分のコーヒーを淹れる技術を広めるきっかけにできるかもしれない。また、さらに多くのデータが蓄積されると、「日本人が平均的に好むコーヒーの味」が「⾒える化」され、コーヒーメーカーの商品開発に役立つかもしれない。さらにAI(人工知能)のアドバイスによってコーヒーのドリップを行う構想もあり、その機械学習のデータとしても生かしていきたいとのことだ。

 一足先にお目見えしたDRILL DRIPPERは、カフェからの注文が多いという。プロの店でも、安定的に同じ味を提供していくために利用されているのかもしれないと大澤氏は述べる。そうであれば、このDRIP ANALYZERもプロに活用されていく可能性は高い。「そのために一日300杯程度淹れられるほどの充電池を内蔵予定です」(大澤氏)

 大澤氏によると、コーヒーブームと言われながらも、インスタントのコーヒーを飲む日本人がまだまだ多いとのことだ。「コーヒーを淹れるのは難しいことだというイメージがあります。それを誰にでもできるようにしたいと創業したのです」(大澤さん)

 テクノロジーとは無縁かと思っていたコーヒーの世界にもイノベーションの波は訪れるのか?「コーヒーのIoT、DRIP ANALYZERは本年中に発売を予定している。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。