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全固体電池最前線~究極の蓄電デバイスを求める東工大研究者たちの道のり

東京工業大学大学院鈴木耕太助教

東京工業大学大学院鈴木耕太助教

 EV(電気自動車)やIoTが普及するにあたって、これまで以上にその技術的進展が注目を集めるようになったもののひとつが電池だ。なかでも「全固体電池」に関しては、大きな期待が寄せられており関連するセミナーには多くの聴講者が押し寄せる。しかし、全固体電池はそもそもどういうものなのか?わかりやすく説明できる人は多くないだろう。高田和典氏(国立研究開発法人物質・材料研究機構〈NIMS〉)、東京工業大学大学院菅野了次教授とともに、2019年3月1日「全固体電池入門」を出版する東京工業大学大学院鈴木耕太助教に、全固体電池の基本的なことと最前線の状況をレクチャーいただいた。

究極の蓄電デバイスと現在のリチウムイオン電池比較

究極の蓄電デバイスと現在のリチウムイオン電池比較

 まず、現在もっとも身近な蓄電池は「リチウムイオン電池」だ。高容量、高出力、そして高電圧であり、他の電池と比べて高性能であることから、EVやスマートフォンなどに用いられている。

 リチウムイオン電池の構成は、簡単に言えば「正極と負極の間に電解液(液体電解質)があり、その中をリチウムイオンが行ったり来たりする仕組み」である。電解質が液体であることにより、高温あるいは低温で働きが悪くなる、あるいは働かなくなってしまい著しく性能が落ちる。氷点下の屋外でスマートフォンを使っていたら、急にバッテリー残量がゼロになってしまったという事象である。EVにしても、温度の問題は避けられない。また、リチウムイオン電池には、発火・爆発の可能性があり、安全性も大きな課題だ。

リチウムイオン電池に比べての全固体電池の利点は?

液体電解質から固体の電解質のイメージ  出典:高田・菅野・鈴木「全固体電池入門」

液体電解質から固体の電解質のイメージ  出典:高田・菅野・鈴木「全固体電池入門」

 ならば、この電解液を「固体」にすればどうか? 固体電解質の中でも、液体電解質なみにイオンが動き回れるようになる材料を見いだすことが、リチウムイオン電池の弱点を乗り越える蓄電デバイスの開発方向であった。

 「全固体電池の開発イコール固体電解質の開発といっていいでしょう」と鈴木氏は語る。“全固体電池とは、液体電解質でなく、固体電解質を用いることで、正極、負極、電解質のすべてがセラミックス(金属)からなる蓄電池”と定義される。そして、それに用いる物質の探索こそが開発の大きなテーマとなると鈴木氏は続ける。

 期待される全固体電池の利点は、「1.安定性・信頼性(揮発しない・燃えない)」「2.高エネルギー密度」「3.高出力」「4.広い作動温度」だと鈴木氏は述べる。たとえば、安定性・信頼性については、全固体銀イオン電池は20年以上保存しても容量の90%程度が維持される。また、作業温度についてはマイナス30度から100度の高温まで対応できるという。

 さらに、もうひとつ「さまざまな材料を使い分けることができるのも利点」と鈴木氏は続ける。異なる固体電解質の組み合わせによって、多様な全固体電池が設計できる。これは液体電解質を使う電池では不可能なことだ。そのためには、さらなる物質の探索と組み合わせの研究が必要になる。

「超イオン導電性材料」(LGPS)の発見がブレイクスルーに

 ここで全固体電池の歴史を振り返る。最初に商用化された固体電池は、1970年代に開発された心臓のペースメーカー用「リチウムーヨウ素電池」。それまで水銀電池が使われていたが、体内では体温で室温より高い状態になり、水銀電池の機能が落ちることが課題だった。固体電池では体内のような温度が高いところでも機能は劣化しない。その当時のリチウムでは高出力は望めなかったもの、体内で安定的に微弱な電力を発してペースメーカーを動かすことはできた。このように小型、低出力の用途には固体電池が適しているということは昔から知られていたと鈴木氏はいう。

硫化物系固体電解質を用いた電池テスト結果のイメージ

硫化物系固体電解質を用いた電池テスト結果のイメージ

 その後、固体電池の開発に大きな進展はなく、「液体電解質」の電池がメインとなる。だが、東工大など日本では地道にその研究が進められ、ついにブレイクスルーが起きる。「2000年代には入り、高田和典氏が硫化物系と酸化物系の界面制御の方法を発見しました。そして2011年、東工大菅野教授がLi10GeP2S12(LGPS)という『超イオン導電性材料』を発見しました。電解液に負けない導電率が出るということがわかったのです」(鈴木氏)

 この2つのブレイクスルーによって、固体電池はふたたび注目を集めるようになった。菅野教授や鈴木氏らの研究によってできた硫化物系固体電解質を用いた電池のテストでは、出力特性、安全性、作動環境などは大きく現在のリチウムイオン電池の性能を上回っている。

 現在、全固体電池の技術については、日本が世界のトップランナーなのかというと、上記2つのブレイクスルーに至るまでは東工大、大阪府立大、それに高田氏がかつて在籍したパナソニック(松下電器産業)やトヨタのグループなどが少人数で研究を続けており、その頃は日本がゆるぎないトップだったと言えたとのこと。「しかし、こうしてブレイクスルーが起きると我先にと人が集まってきますので、リチウムイオン電池のときのように他国に強みをとられないようにしないと」鈴木氏。しかし、特許や論文をひと目見ただけではわからないような、長い間蓄積したノウハウがあることは強みだろうと鈴木氏は語る。

 そうした中、鈴木氏は今どのような課題に取り組み、研究を進めているのか?ひとつは「全固体電池の体積が大きく膨張したり収縮したりする課題を解決する研究」。そしてもうひとつは、AIを活用した、酸化物系リチウムイオン導電体の探索法の開発。つまり、全固体電池に使って高い効果を上げる物質の探索だという。いわゆるMI(マテリアルズ・インフォマティクス : 機械学習を応用した材料探索)だ。「酸化物の全固体電池に役立つ材料を機械学習で見つけたいと思っています」(鈴木氏)

鈴木氏の部屋を辞して、エレベーターに向かう間、東工大の同フロアには全固体電池の研究を行う教室がずらりと並んでいることに気付かされる。東工大の研究棟は全固体電池の最前線なのだ。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。