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リチウムイオン電池の課題を解決する「カリウムイオン電池」の可能性

東京理科大学の駒場慎一教授 博士(工学)

東京理科大学の駒場慎一教授 博士(工学)

 2019年、旭化成株式会社名誉フェロー吉野彰博士らが「リチウムイオン二次電池(以下、リチウムイオン電池)」開発の功績により、ノーベル化学賞を受賞したことは記憶に新しい。吉野博士らが開発したリチウムイオン電池は、軽量で寿命が長いうえ、エネルギー密度が高く小型化できるとあり、EV(電気自動車)やスマートフォンなど現代社会になくてはならない存在となった。

 しかし、リチウムイオン電池にもいくつか弱点がある。そのひとつが資源の問題だ。リチウムイオン電池に使われるリチウムは希少金属(レアメタル)であり、南米や中国、オーストラリアに偏在するため、日本は輸入に頼らざるを得ない。今のところリチウムの埋蔵量や採掘量は充分であるものの、今後需要が増加すれば資源が不足し、価格が高騰する可能性がある。

カリウムイオン電池について語る東京理科大学の駒場慎一教授 博士(工学)
カリウムイオン電池について語る東京理科大学の駒場慎一教授 博士(工学)

 こうした問題を回避できるのではと期待を集めているのが、豊富に存在する元素カリウムを使う次世代型二次電池「カリウムイオン二次電池(以下、カリウムイオン電池)」だ。カリウムイオン電池研究の第一人者である東京理科大学の駒場慎一教授(理学部応用学科)に、カリウムイオン電池の特徴と実用化への見通しを聞いた。駒場教授は、企業との共同研究で実用化を目指しつつ、科学技術振興機構のA-STEP事業や文部科学省の元素戦略プロジェクトで研究開発に取り組んでいる。

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カリウムイオン電池の基本構造
カリウムイオン電池の基本構造

 リチウムイオン電池の基本構成は、「正極と負極の間に電解液(液体電解質)があり、その中をリチウムイオンが行き来する」仕組みとなっている。カリウムイオン電池とは、この行き来するイオンをリチウムからカリウムに置き換えようというものだ。

 カリウムに置き換えるメリットのひとつが「リチウムと性質が似ているうえ資源が豊富なこと」だ。資源不足の心配がなく、安価な二次電池を開発できる可能性が高い。さらに、カリウムイオンはリチウムイオンに比べて電解液中を素早く動けるうえ、電池の作動電圧も0.1 ボルト広く取れるため「充電時間の短縮」ができ、「リチウムイオン電池と同等かそれ以上の高出力(電圧)」も期待できる。

 また、カリウムイオン電池は、カドニウムや鉛など有毒な素材を使わずに作ることができるため、環境を害するリスクも回避できるという。

 さまざまなメリットが期待されるカリウムイオン電池だが、デメリットもある。リチウムの原子番号が「3」なのに対し、カリウムは「19」。このためカリウムイオン電池はリチウムイオン電池よりも重たいものになってしまう。

「スマートフォンのバッテリーなど『より軽いこと』が求められる用途には、カリウムイオン電池は向いていません。しかし大型電力蓄電所など持ち運ぶことがない用途であれば、多少重くても電池としては許容されるので、コストを下げられるカリウムイオン電池を利用するメリットは大いにあると考えています」(駒場教授)。

「意味がない」と揶揄された研究

 駒場教授がカリウムイオン電池の開発に取り組むようになるまでにはどういった経緯があったのだろうか。

 もともと岩手大学でリチウムイオン電池の研究に携わっていた駒場教授は、「人と違う研究をしたい」と、2004年にフランス・ボルドー固体化学研究所に留学し、1980年代に行われたナトリウムを使った二次電池の研究に触れた。

 当時はリチウムイオン電池に注目が集まっていたこともあり、リチウムよりも重い元素であるナトリウムを使った二次電池の開発は「意味がない」と各所で批判を受けたという。しかし駒場教授はバイオ関連の研究も手がけていた経験もあり、異分野の研究を融合すればナトリウムイオン電池も「うまくいく」予感があった。そして2009年に新型ナトリウムイオン電池の実証に成功。これを機に、世界中の研究者がナトリウムイオン電池の開発を始め、論文数も増加した。

 ナトリウムイオン電池の開発が隆盛となる一方で、駒場教授は「誰もやっていない電池を手がけたい」と、2013年に今度はナトリウムに似た性質を持つカリウムを使った二次電池の開発に着手する。ナトリウムよりもさらに重いカリウムで二次電池を作ることは、ナトリウムイオン電池以上に「意味がない」と揶揄された。そんな声の中2015年に駒場教授はカリウムイオン二次電池の開発に成功。そして駒場教授が開発したカリウムイオン電池は、リチウムイオン電池と同等以上の電圧(4ボルト級)を示し、ナトリウムイオン電池以上に大きな反響を呼んだ。

「今年(2020年)1月に、これまでのカリウムイオン電池研究の成果を網羅した総説論文を発表しました。こうした取り組みもあり、すでに世界中の研究者が動き出しています。今のところカリウムイオン電池研究者の数は数百人規模ですが、今後は数千人規模まで増えるのではと期待しています」。

席巻ではなく“共存”する未来

電子機器には欠かせないリチウムイオン電池(イメージ)
電子機器には欠かせないリチウムイオン電池(イメージ)

 現在、日本のカリウムイオン電池開発は世界の中でどういった立ち位置にあるのか。駒場教授によると、以前もカリウムイオン電池の開発を手がけた研究者はいたが、正極、負極、電解液の仕組みを持つリチウムイオン電池と同じような形でカリウムイオン電池を作り、動作確認をしたのは駒場教授が最初だという。カリウムイオン電池の実用化にいたる研究としては、今のところ日本(駒場教授)はトップランナーと言えるだろう。

 ではカリウムイオン電池の実用化に向けた今後の道筋はどのように考えているのだろうか。

「実用化までのストーリーはなかなか言いにくいです」と駒場教授は言葉に詰まった。例えば、10年ほど前には、「2020年頃には水素で走る燃料電池自動車などがすでに実用化され社会に広く浸透しているだろう」と期待されていたという。しかし2020年現在、実際には期待されたレベルには程遠い。そういった先例も鑑み「数年後にすぐ実用化されるとは言えない」と駒場教授は実情を話してくれた。

「カリウムイオン電池の開発は学術レベルでは今後ますます盛り上がると思います。しかし本当に実用化され、社会課題の解決などに役立つまでには、私は10年以上かかると考えています」。

 もうひとつ重要なこととして、駒場教授は「リチウムイオン電池も同時に進化していく」ことを挙げる。カリウムイオン電池が今後実用化され進化しても、実用化から30年が経ったリチウムイオン電池自体も進化しており、立場が逆転する可能性はまずないとのことだ。

「このままカリウムイオン電池の開発がトントン拍子でうまくいったならば、例えば、高出力(電圧)が必要なハイブリッド車用の電源、資源枯渇やコスト高が問題となる大型蓄電池など、カリウムイオン電池のメリットを活かせる用途で利用されていくのだと思います。リチウムイオン電池を席巻するのではなく共存する。これが次世代二次電池の将来のあり方だと思います。その証拠に、鉛蓄電池やニッケル水素電池もいまだに不可欠な電池ですから」。

 駒場教授は率直に、しかも控えめに今後の展望を語ってくれたが、今現在、東京理科大のこの研究室が世界のトップランナーであることは間違いない。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。