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中国の社会信用システムの真実 後編~「失信被執行人」リストとは何か~

社会信用システム後編(イメージ図)

社会信用システム後編(イメージ図)

 前編で紹介したとおり、中国の社会信用システムについては、「中国では信用が低い人が鉄道、飛行機に乗れないように制限されている」との報道をよく目にするが、正確とは言いがたい。

 そうした規制を受けている人は存在するが、そのような人は「失信被執行人」と定義されており、該当者のリストは最高人民法院によって公表される。その条件は以下の6項目だ。

  1. 履行能力があるのに、有効な法律文書で確定した義務を履行しなかったもの
  2. 証拠の偽造、暴力、威嚇などの方法で執行を妨害、拒否したもの
  3. 虚偽の訴訟、虚偽の仲裁、あるいは財産の隠匿、移転などによって法の執行を回避したもの
  4. 財産報告制度に違反したもの
  5. 消費制限令に違反したもの
  6. 正統な理由なく協議の履行、執行に違反したもの

最高人民法院広告2017年7号より抜粋。

 4、5は中国共産党幹部や国有企業関係者の党紀違反を罰するためのもの。残る項目は裁判で確定した賠償などの義務を履行しなかった場合に科せられると考えればいい。サプライヤーに代金を支払わなかった企業の代表者から、離婚裁判で子どもを毎月、前夫に会わせると約束したのに従わなかったケースまで、さまざまな不履行が含まれている。

 このリストに掲載されるとどうなるのか。2017年に改定された「失信被執行人の合同懲戒に関する協力覚書」で55項目が規定されている。その中には飛行機、列車の1等寝台、船舶の2等船室以上に乗れないとか、1つ星以上のホテルやナイトクラブ、ゴルフ場での消費禁止や、学費が高額な私立学校に子どもを通わせることが禁止という項目もあるが、他にも証券会社の設立禁止や、政府サイトやメディアでの実名公開、人民元を外貨に替える際の審査厳格化……などさまざまな項目が盛り込まれている。

 この覚書には中国共産党の党機関、省庁、中国鉄路総公司などの国有企業など44もの部局が関わっており、それぞれが「自分たちができる罰を考えてみました」というノリで、あれやこれやの規定を盛り込んでいる。

 失信被執行人という制度の目的は、「裁判判決を守らない者を生きづらくする」ことにある。「寸歩難行」(一歩も歩けない)という言葉で表現されるが、リストに掲載され、生活のさまざまな場面で支障があることで生きづらくさせるわけだ。重大なケースでは刑事罰やら強制執行が考えられるが、もう少しライトな処罰を与えて圧力をかけましょうという発想だ。なお、失信被執行人リストに掲載された場合でも、2~5年で削除されるという「忘れられる権利」に配慮した規定や、不服な場合の異議申し立ての規定もある。実際にどれだけ機能しているかは明らかではないが。

 日本でも裁判に勝訴しても、被告が判決を守らず、お金を返してもらえない、養育費を払ってもらえないというのはよくあることだが、そうした人々を困らせて判決を履行させようとする制度だと考えると、中国がうらやましいと思う人もいるのではないだろうか。

ブラックリストとレッドリスト

 前編で、社会信用システムとは、「1対1で相手を信用すること」「世間から認められること」「融資返済能力の認定」という広い範囲を含むものだと述べた。「融資返済能力の認定」については前編で説明したとおり。

 失信被執行人は「1対1で相手を信用すること」「世間から認められること」に属する仕組みだ。生きづらくなるだけではなく、リストに掲載されれば社会に公開され、またデータベースで名前を検索すればすぐにチェックできる。

 信頼に関する社会信用システムは、問題ある人物のデータベース化、その統合、公開が主流だった。2000年代前半から政府各部局はブラックリストを作成し、問題ある企業、個人を公開した。そうしたデータベースが電子化され、相互接続するように進められている。

 さらに2010年代に入ってからはレッドリストも登場した。こちらは褒めるべき人を掲載するもの。企業の場合だと税務書類をきっちりそろえて申告したA級納税者が代表的なレッドリストだ。個人の場合では古くからあった道徳模範、労働模範などがレッドリストとして電子化されている。「大人の内申点」と考えると、わかりやすいだろうか。

地方政府による住民の信用スコアの失敗と復活

 さて、この信頼に関する社会信用システムについて、近年気になる動きがある。それが地方政府による住民の信用度の点数化だ。先駆的な事例が、江蘇省徐州市睢寧県だ。同県は2010年に「大衆信用管理試行弁法」を施行し、14歳以上の全市民に対するスコアリングサービスを導入した。

 銀行融資返済の滞納記録がなければプラス50点。滞納1回でマイナス30点、2回以上でマイナス50点。納税記録があればプラス50点、脱税でマイナス50点。社会保険をちゃんと支払えば35点。故意に未払いでマイナス20点。社会秩序を破壊した記録がなければプラス50点、政府機関や企業を包囲した記録があればマイナス50点。邪教の活動に参加した記録がなければプラス50点。あればマイナス50点。家庭内暴力や老人の扶養義務の放棄がなければ50点。あればマイナス50点……。と膨大なチェック項目がある。満点は1000点で、970点以上はA級。850点以上はB級。600点以上はC級。それ以下はD級と区分される。A級の市民は入学、雇用、生活保護、社会保障、共産党入党、昇進、軍への応募、企業に対する政策支援などで優遇措置が得られる。低ければ上述の項目についての資格が取り消されたり、審査が厳しくなったりするというものだ。

 これぞまさにディストピアという話だが、かなり粗雑なディストピアであった。まず地方政府がこうした制度を構築する、法的根拠が皆無だった。2010年当時、中国世論は睢寧県を激しく批判し、一部規定の撤回に追い込まれている。

 そして法的根拠以上にお粗末だったのが運用面。システムをスムースに運用するためには、各部局間のデータ連携が必要であり、また社会生活のさまざまな場面で市民の信用点数をチェックする体制を構築しなければならないが、そうしたオペレーションはほとんど動いてなかったという。いわば「紙の上だけのディストピア」で、現地住民を取材した中国報道によると、この制度の存在すら知らない住民が多かったという。

 大失敗に終わった地方政府による住民の信用スコアだが、2017年から複数の都市が採用するなど復活している。首都・北京市も2020年までの導入を表明した。なぜ大炎上した試みが復活したのだろうか。

政府による信用スコアは未知数

 転機となったのは2018年6月、中国都市信用建設ハイレベルフォーラムだ。ここで山東省威海市栄成市による信用スコア制度が表彰された。実は栄成市も2012年から住民の信用評価制度の構築を進めていたが、田舎ということもあってまったく注目されずにきた。睢寧県にしても、たまたまネットで目立って炎上したが、注目されなければ何も起きなかっただろう。

 栄成市の制度は「道路で穀物を乾かしたらマイナス5点」「紙銭(死者を弔うために燃やす、紙で作られた葬具用のお札)や広告をばらまいたらマイナス5点」「お墓参りで紙銭を燃やしたり爆竹を鳴らしたりすればマイナス20点」「新たに作った墓の面積と深さが基準を超えていたらマイナス100点」「派手すぎる結婚式マイナス10点」「栄成市を跳び越えて上級自治体に陳情したらマイナス10点」など、山東省の田舎にある自治体が何に困っているのかがよくわかる項目が並ぶ。高評価を受けると、水道代や暖房代の補助金がもらえる、バス料金が安くなるといった特典がつくが、果たして情報をどれだけ正確に収集できるのかは疑問で、本当に機能しているのかには疑問符がつく。

 しかしながら、「栄成が表彰されたならうちもやらねば」という心理が働いたのではないか。2018年6月以降、地方自治体での信用スコア導入の動きが目立つ。記者が知る範囲では、江蘇省蘇州市、江蘇省宿遷市、福建省福州市、浙江省金華市義烏市ですでに制度が施行されている。

 ただし、睢寧県、栄成市と比べると、法的根拠と実効性に配慮した制度となっている。基本的には交通違反や公共料金未払いで減点。ボランティア、献血、労働模範への選出などで加点という仕組みだ。高評価だと図書館の貸出期限が延びたり、バス代が安くなったりという特典がつく。これらの都市では導入したのはいいが、やはり問題が多いようだ。2018年9月の蘇州日報の報道によると、同市の信用スコアでは全住民の12.5%しか加点を持たない(なお、蘇州市では現在、減点項目がなく加点のみ)。また配車アプリで車がつかまりやすくなる、高得点者には海南省への旅行が安くなるといった特典を導入しているが、あまりありがたみがなく、ほとんどの住民にとっては他人事でしかないという。

 政府による信用スコア。これだけ聞くと、SF小説に出てくるようなディストピアを彷彿とさせる制度だが、市民に納得してもらうように法的根拠を与えること、実際に機能させることはかなり大変で、地道な努力が必要だ。そしてその努力に見合うだけの効果があるのかも未知数である。監視カメラ網による交通違反の摘発などは明らかに中国大都市の交通マナーを改善させていると感じられるが、果たして信用スコアにその力があるのだろうか。

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編集部よりお知らせ

中国の社会信用システム、信用スコアについての詳細については現在、本稿の筆者と神戸大学の梶谷懐教授との共著という形式で、NHK出版から監視社会に関する著作が刊行予定です。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。