6月24日に東京六本木ヒルズにおいて『THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2019 TOKYO』(主催:株式会社デジタルガレージ、株式会社カカクコム、株式会社クレディセゾン、KDDI株式会社)が開催された。
初回から数えて19回目となるこのイベントでは毎回、イノベーションの最前線から見える近未来への展望や、そこで生まれる課題についての議論が行われてきた。今回は、「How to Build a Data Ecosystem〜“個人情報の保護と活用における新たな仕組みを考える”」と題し、個人情報を消費者と企業双方にとって有益に活用するための「データエコシステム」に関する諸問題が取り上げられた。
開催の挨拶で登壇したデジタルガレージの林郁CEOがまず聴衆に示したのは、1984年1月のスーパー・ボウルで放映されたアップルによる伝説のCMビデオだ。ジョージ・オーウェルの『1984』を想起させるこのフィルムの中で、アップル自身を擬人化したのであろう女性がテレビに映る独裁者(IBMを暗喩していると言われている)にハンマーを投げつけ粉々に砕く。インターネットが普及する前のこの時期、データを独占し操る悪者はビック・ブルー(IBMの愛称。ちなみに『1984』に登場する独裁者はビック・ブラザー)であり、アップルはその秩序への挑戦者であったわけだが、現在同社はGAFAと称される巨大IT企業の一角を占めでおり、かつて自らが破壊しようとした存在そのものとなっている。
西海岸のスタートアップだったアップルが、わずか三十数年で世界最大の企業となったことについて林は「隔世の感がある」と語ったが、その間に世界に広がったインターネットにもさまざまな課題があらわれた。
そうした課題にどう対処してきたのか。続いてオープニングリマークスを行ったMITメディアラボ所長で株式会社デジタルガレージの共同創業者である伊藤穰一はその話の中で「procrastination principle」という言葉を紹介した。インターネット黎明期からその普及に関わってきた伊藤の解説によると、これはインターネットが構築され拡張されていく間、同時に存在し続けてきた哲学で、彼の言葉によれば「先送りの原則」「今日やらなくてもいいことはやらない」ということ。
つまり、インターネットは大手通信会社のように隅から隅まで検証を済ませた上で進めるのとは真逆のやり方で広がってきた。スピードという観点からそれは最適な方法だったのだが、取りこぼしてきた問題のいくつかは、後になって解決することは容易ではないものも含まれている。インターネット上に流通するデータとプライバシーの問題もそうしたもののひとつで、早い時期から欧州などではネット上でのプライバー保護を口にする人はいたが、それが今日ほど主要な課題と認識されずにここまで来てしまったという。
そうこうしているうちに、インターネットは世界に拡大。欧米のみならず中国、東南アジアなど政治体制や教育制度、生活習慣や倫理観などが異なる国々に広がった。
この日のプログラムの中では、中国やエストニア、フィンランドといった国々の個人情報取得、利用の技術の紹介やプライバシーに対しての地域ごとの考え方の違いなどが登壇した識者から披露された。監視がある一方で、その先進技術がもたらすメリットを最大限に享受する中国の例や、フィンランド発で個人情報を自らが主体的に利活用できるようになる仕組みを作ろうとしているMyData Globalの活動なども紹介された。こうした活動や議論などはほとんどが道半ばで、「保護」か「活用」か。「個人の主体的判断かは可能なのか、不可能なのか」など両極の間で揺れ動いている。
ただこの日の話のなかで、見えてきた道筋は、着地点は両極のどちらかにあるのではなく、その間に合理的な解を見つけたいという懸命な意思があることと、そのための議論には立場や背景が異なる多くの利害関係者間での議論が必要だということだ。
先送りにしてきた問題の中で、データの利活用とプライバシーの問題というのは最大の課題だ。解決や新しいルールの実施にあたっては「根本的なエコシステムの設計やモチベーションを替えなければならない。これまでのビジネスモデルが維持できるか」(伊藤穰一)との懸念がある。
ある程度既存のエコシステムを破壊し、作り替える事が必要かもしれない。三十数年でアップルが挑戦者から覇者となったこの世界には、また新たな変革者の登場が必要なのかもしれない。