――ブロックチェーンのビジネスにはフェイスブックの「Libra」のような、GAFAなどの巨大企業が手がけるものもある。また中国の存在感は、インターネット草創期に比べるとはるかに大きなものとなっている。そうした勢力を牽制しながらオープンな議論でガバナンスを形成することはできるのかだろうか。
松尾真一郎氏(以下、松尾): ビットコインとかイーサリアムのソフトウェアコードは、GitHubでみんなが管理しているんだけど、そこに金融庁の職員がプログラミングコード書いてGitHubにプルリクエストするようなことが、本当は起きるべきだと思うし、また金融庁あるいはG20が作るレギュレーションがGitHubで管理されていて、そこにプリリクエストかけてそれをマージするみたいなことができれば、それがたぶんブロックチェーンにおけるマルチステークホルダーガバナンスのひとつの形だと思うんです。台湾のIT担当大臣のオードリー・タンが東京都のWebサイトにプルリクエストする時代ですので、すでにその芽はあります。
コロナウイルスのせいで国境に壁が立ち始めている時代ですけど、一方でいろんな人が議論できる共通の場所を用意することが重要だと思うんです。つまり例えば中国が国として国内標準を決めますといったとしても、「いろんな人がいろんなアイデアを突っ込んでいるGitHubの方がより魅力がある」ということを信じて共通化をはかっていくほうが勝つのではないかと思っています。それはインターネットでもそうした考えのもとにみんながひとつのスペースで議論してきたんじゃないかなと。
■企業人としての意識は3割くらいで
村井純氏(以下、村井):インターネットではどうだったかを思い出してみると、エンジニアはエンジニアで動けばいいわけなんだけどそこで、「なぜ、なんのために動くのか」「リクワイアメント(requirement)は何?」いうことを風通しよく聞けるかどうかってことだと思う。
例えばエンジニアが違うリクエストを持って集まったとすると「うちの会社からこういうふうに言われててさ」と話を始めたとしても話し合いを重ねると「結局のところ、こうやって作るべきだよね」という解決が生まれてくるわけです。つまり、要求を満たしつつ、その上でときちんとした技術を作るならどうすればいいですかっていう合理的な技術の議論ができる場所が必要なんですね。そうするとポリシーが違っていても、作る技術は一緒であるっていう出口がそこにある。こういうことをできる場所がIETFだったんですね。
これはすごく大事なことで、IETFってInternet Engineering Task Forceでしょ。それで「インターネットのエンジニアリングはここに任せるよ」となっていて、そこには外部からは口を出さない。IETFの参加者には企業名はなくて、エンジニアは個人で参加というルールがある。例えばグーグルのエンジニアが“Google”背負ってきちゃいかんというわけ。でも個人としては、その人がグーグルの要求を一番よく知っている。だから周りが「これさえ動けばいいんだよね」って聞いて、その人が「それはそうだ」って言って合意できる。そしてそのグーグルの人は会社に戻って、「これでうちの要求は全部満たせることがわかりましたのでこういう標準に合意しました」って言えばいい。エンジニアの身体の7割ぐらいIETFのメンバーなの、3割ぐらいはそこ企業に属しているわけ。そうやって標準を決めるんですよ。
■日本のエンジニアが活躍するには
村井:だから僕はあまり中国のことは心配してないんですよ。そういう意味で。IETFにも中国からの参加者もたくさんいますよ。でもオープンな場所で決まった標準だから、中国だけで勝手にやったらグローバルに繋がらないんだから。まあ、なかにはそういう技術もあるんだけど、そういう技術はグローバルには使えないわけだから。
中国の例えばワンベルトワンロード(一帯一路)みたいなそういう仕組みはできなくなるんですよ。中国が国際戦略として次の世代のインターネットのリーダーシップをとってそれでやろうと思うなら、標準の技術に貢献しないといけない。実際にはW3C(World Wide Web Consortium)でもアリババは大活躍しているし、ウェブの標準化という意味ではIETFではファーウェイが大活躍している。そうでなければ、中国の国際戦略できないと私は思いますけどね。
そうすると問題は、ブロックチェーンというのがどういう視点で捉えるのかという、これは松尾さんたちが決めることだとは思うけども、本当のデータシェアリングのテクノロジープラットフォームであるということであれば、これはロジックがインターネットと同じだと思うんですよね。
僕は「インターネットの世界はGAFAに全部持ってかれた。日本はどうなっているんだ!」みたいなことをいつも文句言われているけど、考え方がちょっと違う。僕も日本の産業が元気になり、世界に貢献してくれればいいなと思うので、IETFにたくさんの日本の人が参加できるようにお手伝いもしてきた。いいと思ったものは提案してきたし、結局はいろんなとこがマージされてひとつのものになるかもしれないから、日本の利益になるかどうかは、その上でのビジネスがどうできるかどうかということなので。だからたまたま今の時期はGAFAって言うけど、その前はマイクロソフトだった。今もある分野ではNECが強いし、グーグルが地球を支配しますかみたいな話があったらそんなわけないじゃん、歴史みてごらんよって。WindowsやInternet Explorerで全部マイクロソフトに乗っ取られるといわれたこともあるけど、そんなことはこなかったわけで。
松尾:ブロックチェーンっていうのはインターネットのオーバーレイにあって、データに対してイミュータビリティ(Immutability:不変性)とか検証性に基づく信用とかを付加してくれるものなので、ブロックチェーンに関して言うと、今はGAFAの独占をうんぬんっていうコンテキストではなく、BGINができて、新しいスタートラインに立ったところだと思うんですよ。さっき村井先生も日本からもIETFにたくさん参加しているという話があったんですが、今はすごいチャンスで、日本のエンジニアがBGINにワッと押しかけていく時期だと。IETFの初期にはシスコの人たちが個人の資格でいろんな貢献をして、それがインターネットにおけるシスコの存在感につながった。いろんな会社の人が集まって、いいアーキテクチャが出来たと思うんです。日本からもどんどん出ていくのがいいと思います。それが対GAFAとか対中国っていうのとは全然関係無く、グローバルなスペースを作っていく鍵だと思うので、新しい世界を作ると思って参加してもらいたいなと思っています。
村井:インターネットも日本人は、最初は、あまり関わってないですよ。だからめちゃくちゃ仕掛けましたね。いろんなインターネットの会議を日本で全部開催するようにしましたね。当時、僕は30代で若かったからだれも言うこと聞いてくれないし、最初は「俺が1人でやんのかよ」と思いつつも、結構仕掛けましたね。WIDEプロジェクトを作ってみんな巻き込むとか。いいアイデアがあったらずっとつきっきりで手伝って、日本(企業)の提案が世界で受け入れられるようにして成功モデル作るとか。
弱いんだよ日本人ってそういうとこ苦手なの。世界に出ていって会議で議論して、それで休憩時間になった時に雑談しつつ仕掛をして「結果として勝つ」みたいな。エンジニアはすごく下手なんですよそういうのが。だから苦労しましたけど。もうインターネットの標準化の中で「日本のエンジニアが活躍する、貢献する」というのを私の個人的なゴールにしていたから
■未来をつくる議論の場
松尾:BGINはまだ表面的にはあまり進捗がないんだけど、裏では面白い議論がいくつかあって、例えばいまコロナウイルスのこの時代において、単にドルじゃないお金を作るということではなくて、ソーシャルディスタンスを保たないといけない社会で、ブロックチェーンを使った物々交換など、アプリケーション作ることを考えるべきだみたいな議論があります。そのための技術だけではなくて 、その際のプライバシー、アイデンティティ、あるいはアーキテクチャはどうなるんだってことを考えようって提案があったりとか。またBGINではないけど、WHOとIBMとマイクロソフトはMiPasaというプロジェクトをやっていて、WHOなどが集めたコロナウイルスの情報をブロックチェーンで扱ったり、あるいはグーグルとアップルがやっているコンタクトトレーシングの話も、プライバシー上問題があるから、もっといいやり方がないかみたいな議論がいろいろと動き始めているんですね。
去年G20の時には、例えばマネーロンダリングとプライバシーで、エンジニアと規制当局が対立軸にあるから、アカデミアが仲立ちしましょう。それでBGINを作りましょうという話だったんですけど、その時からさらに状況は変化してきています。COVID-19でソーシャルディスタンスをしなければいけない社会になった時に、物理的に今まで処理してきたことをサイバーで処理しなければならない。それはブロックチェーンの助けを借りないとできないこともたくさんあって、それを政府も我々もみんな困っている中で、それをどう一緒に作るんですかっていう別のモーメンタムが出てきたんです。
少し前に村井さんとお話したときに「インターネットがコロナウイルスに間に合ってよかった」と村井さんがおっしゃったんですが、BGIN創設と公表もそうで、3月にもうコロナウイルスがある時に無理矢理にでも間に合わせて作ってよかったなと思います。アイルランドの人と、コロンビア大学の教授と、パリの人と日本の人で、コロナウイルス後のブロックチェーンっていうのはどういうようにすれば社会の円滑な動作に役立つのかということをすでに議論していて、アンチマネーロンダリングのような対立軸の解消だけではなくて、同じ目的に向かって異なるステークホルダーがアイディアを持ち寄るようになっています。 BGINでこうした議論ができるようになるということは良かったなと思うし、今後もフォローも続けたいと思っています。
村井:やっぱりメジャープレイヤーが、テクノロジーの未来に対する共通の議論ができる場所があるという事がとても大事だと思うんですよね。「そこでないとみんなと話ができないし、新しい世界も作れない」というモチベーションを持てるコミュニティができる必要があると思うんです。
それともうひとつは、「ポリシー」「デザイン」「オペレーション」「エンジニアリング」これのハーモニーがどうやったらできるのかっていうのがとても大事で、インターネットの歴史上でも色々と事件があってこれは難しいチャレンジだと思うんだけど。この2点ですね。つまり全てのプレイヤーが共通に議論でき何かがあったら報告し合ったりして、未来をつくる。こういう議論ができるような場がいるということと、その役割の違う人たちが、ハーモニーを持って未来を作っていける。BGINっていうのはそういう役割の少なくともきっかけになる、こういうことが大事なんじゃないかなと思いますね。
※対談は日本時間の2020年4月24日にテレビ会議システムを通して行われました。(構成・北元均)