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ブロックチェーン開発コミュニティとの積極的な対話姿勢を打ち出す〜G20財務大臣・中央銀行総裁会議レポート

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

 先進7カ国を含む20カ国・地域の代表が国際経済の課題について議論する「G20財務大臣・中央銀行総裁会議」が2019年6月8日〜9日に福岡市で開催された。米中の貿易摩擦や、グローバルなインターネット企業に対する課税といった喫緊の課題に加え、中長期的な視野で対処すべき今後の課題として話題となったのは、世界経済の中で急速に存在感を増している暗号資産に対する取り組み。その背景には、暗号資産の基盤となっているブロックチェーンに代表される分散型台帳技術が、既存の金融システムを根幹から変える可能性があることを、各国の金融当局が近未来の課題として認識したことがある。

 これまで金融当局は、金融システムの安定性や公益性を確保するためには、銀行などの金融機関に対する規制を行ってきた。金融システムにおいて中心的な役割を担うのが金融機関だったからである。ところが、分散型台帳技術がもたらす分散型金融システムでは、これまで銀行が果たしていた機能を銀行を介在させずに実現できるようになる。すなわち金融機関に対する従来の規制が役割を果たさない。このため金融当局からも「規制だけに依存するアプローチが、将来も持続可能であるかについて考える時期にきているのではないか」(金融庁長官の遠藤俊英氏)といった声が上がる状況になった。

 今回のG20財務大臣・中央銀行総裁会議で、世界の金融当局が分散型台帳技術に対してより踏み込んだ動きに出た背景には、当局を含む日本のコミュニティの積極的な働きかけがあったという。「少なくともITの世界においてはこれまで、日本のコミュニティはルールに従うことはあってもルールメーカーになることはなかった。今回は、日本がルールメイキングにおいて主要な役割を担う重要な機会になる」(G20に参加した関係者)。

金融当局と開発者、アカデミアが直接対話

 今回のG20財務大臣・中央銀行総裁会議で、分散型台帳技術がもたらす金融システムの変革について熱い議論が交わされたのは、6月8日の午後に開催されたセミナー「デジタル時代の未来」における「分散型金融システムにおけるマルチステークホルダー型ガバナンス」と題したパネルセッションだった。分散型台帳技術により加速しているイノベーションを阻害せずに、金融システムの安定性と公益性を維持するには、分散型台帳技術の開発に関わるエンジニアと、その技術を利用した金融サービスを提供する事業者、そして金融当局という、立場が異なるステークホルダー(当事者)の連携が欠かせないという前提に立ち、オランダ中央銀行総裁・FSB(金融安定理事会)副議長のKlaas Knot氏、ブロックストリーム(Blockstream)CEOのアダム・バック(Adam Back)氏、ジョージタウン大学研究教授(Reseach Professor)の松尾真一郎氏、国際金融協会(IIF)Sinior DirectorのBrad Carr氏といったそれぞれのステークホルダを代表するスピーカーが、慶應義塾大学環境情報学部教授の村井純氏の司会のもと意見を交換した。

G20財務大臣・中央銀行総裁会議で行われたパネル登壇者
G20財務大臣・中央銀行総裁会議で行われたパネル登壇者

 FSB副議長のKlass Knot氏は、G20の開催に先立ってFSBが6月6日に発表した「Decenterized finacial technologies」と題したレポートを引用しながら、「分散台帳技術は多くの競争、多様化をもたらす」というポジティブな認識を示し、金融システムの安定化のためにはエンジニアを含む他のステークホルダーとの積極的な対話が重要と語った。

 アダム・バック氏は開発者の立場から、ブロックチェーンの利用によって「金融取引における仲介者を減らすことができるほか、会計操作がリアルタイムに把握できるため、監査、監督が容易になる」と説明し、こうしたシステムの実現に向け金融当局の協力を得て進めている取り組みとして、デジタルガレージと東京短資株式会社、ブロックストリームの合弁会社であるCrypt Garageが開始する、規制のサンドボックス制度を使った、ビットコインに裏付けされたトークンと交換可能な円建てトークンを発行できるサービスの実証実験について言及した。また、松尾真一郎氏は「金融当局とオープンソースエンジニアの間に共通言語がないため、やり取りが困難になっている」と現状を指摘し、双方とのパイプをもつ大学を中心としたアカデミアこそが、仲介者としての機能を果たせると主張した。

 こうした議論やこれまでの検討結果を踏まえ、今回のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の総括として出された共同声明には「暗号資産の基礎となるものを含む技術革新は、金融システム及びより広く経済に重要な便益をもたらし得る」という文言が盛り込まれた。その上で「暗号資産は、現時点でグローバル金融システムの安定に脅威をもたらしていないが、我々は、消費者及び投資家保護、マネーロンダリング及びテロ資金供与への対策に関するものを含め、リスクに引き続き警戒を続ける」と警鐘を鳴らした。また「分散型金融技術、それが金融安定性や規制、ガバナンスにもたらす潜在的な影響、及び当局が広範なステークホルダーとの対話をどのように強化できるかについてのFSBの報告書を歓迎する」とし、分散型台帳技術の開発者や、これを利用するサービス事業者との対話を重視する姿勢を示した。基本的に、マルチステークホルダーのガバナンスに移行するということは、これまで政府が持っていた権限の一部を放棄するということを意味している。今回の声明は、規制当局のみでは技術革新の推進と規制の施行を両立することが困難であると判断したとのサインと受け取れる。

インターネットの黎明期に学ぶ

 分散型台帳技術による新たな金融システムに対する金融当局としての方向性は定まったものの、ステークホルダー間の連携体制を築くまでの道のりは平坦ではない。分散型台帳技術を巡る現在の状況を、前述したパネルセッションの司会を努めた村井純氏は、インターネットの黎明期に似ていると分析する。「当時、インターネットと通信は別世界の技術だった。電話交換機しか知らない人に、インターネットについて教えなければいけなかった」。もっとも村井氏は「通信当局に比べて、金融当局は情勢に合わせてダイナミックに規制を見直す。リーマンショックを受けた規制改革がその好例」と、柔軟性に期待を寄せる。

 金融当局にとって特に重要なのは、分散型台帳技術を開発する技術者コミュニティの協力を引き出す点にありそうだ。現在の技術者コミュニティには、暗号技術によって、政府や大企業に依存することなく社会を変革することを目指す「サイファーパンク」が象徴する、急進的な考え方を持つエンジニアが少なくないためである。

パネルで発言する松尾氏
パネルで発言する松尾氏

 こうした技術者コミュニティと金融当局との対話を促す手法として、松尾真一郎氏は、一定の条件のもとで新技術の実証実験を可能にするサンドボックス制度のような仕組みが有効だと話す。開発者にとっては、当局がお墨付きを与える形で先進的な技術の実地検証が行えるためだ。ただしサンドボックス制度は現状では国ごとに制定されるため、グローバルな実証実験が難しい。松尾氏によると、こうしたニーズに対して、ブロックチェーン技術の研究用のテストネットワークである「BSafe.network」がグローバルなテストベッドとして機能するという。BSafe.networkは、ブロックチェーン技術の検証を金銭的、政治的立場から離れて中立で行うために、世界中に点在する中立性をもった大学のみで構成したネットワークで、松尾氏が共同設立者を務める。世界中から31の大学が参加しており、日本を含むアジア、ヨーロッパ、北米、アフリカと広く分散したネットワークを構成している。

 今回のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の共同声明において、当局と広範なステークホルダーとの対話が必要との認識が示された。そして対話を進める方法として、インターネットを普及させる過程で得た知恵や手法を活かそうという取り組みも始まっている。分散型台帳技術による新たな金融システムは、普及に向けて次のステージを迎えた。

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