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「ぶどうの粒いくつある?」を自動判定するAI来夏実用化へ〜山梨大学と農業生産法人が共同開発

作業の様子とカウントされた画像(山梨大学リリースより)

作業の様子とカウントされた画像(山梨大学リリースより)

 今、日本の農業の現場では、担い手の高齢化や労働力不足が深刻な問題となっている。この問題を解決するため、ICTやAI(人工知能)、ロボット技術、センシング技術などを活用し、農業の効率化、省力化を目指す取り組みが各方面で進められている。

山梨大学工学部コンピューター理工学科の茅 暁陽(まお・しやおやん)教授(オンラインにて取材)
山梨大学工学部コンピューター理工学科の茅 暁陽(まお・しやおやん)教授(オンラインにて取材)

 山梨大学工学部コンピューター理工学科の茅 暁陽(まお・しやおやん)教授と、農業生産法人ドリームファーム株式会社(山梨県甲府市)が共同開発する「ぶどうの摘粒作業を効率化する粒数の自動判定AI技術」も、そうした取り組みから生まれた技術のひとつだ。

 ぶどう栽培では年間を通してさまざまな工程があるが、出荷の際の最終房型を形作るうえで重要なのが「摘粒(てきりゅう)」と呼ばれる作業だ。摘粒とは、ぶどうの不要な粒を間引くこと。摘粒後の粒数は、人気の品種「巨峰」であれば35粒から40粒、黒ブドウの一種「ピオーネ」なら32粒など細かく決まっており、ぶどう農家はその数に合わせるように一房毎、多すぎる粒を切り取っている。

図1:スマートグラスを着けて農家が作業する様子(山梨大学リリースより)
図1:スマートグラスを着けて農家が作業する様子(山梨大学リリースより)

「ハサミでぶどうの粒を切り取りながら粒数を数える」。この作業は、高い技術と経験が求められるため、新規就農者や未経験者には難しい。また、作業時期が梅雨と重なるうえ、短期間に大量の房を処理する必要があり、ぶどう農家の大きな負担となっている。

 この摘粒作業を効率化し、ぶどう農家の負担を軽減しようと開発されたのが、「ぶどうの摘粒作業を効率化する粒数の自動判定AI技術」だ。ぶどう農家はこの技術を使うことで、摘粒時に粒数をAIに自動判定してもらえるようになる。本技術の仕組みや現在の実用レベル、今後の展望を山梨大学の茅教授に聞いた。

“目的の房”だけを解析させる難しさ

「ぶどうの摘粒作業を効率化する粒数の自動判定AI技術」とはどのような技術なのか。

図2:スマートグラスを通して作業者が見ている判定画面(山梨大学リリースより)
図2:スマートグラスを通して作業者が見ている判定画面(山梨大学リリースより)

 茅氏によると、粒数を自動判定する流れはこうだ。まずスマートグラスを装着した利用者が摘粒中の房を見ると、スマートグラスに搭載されたカメラが房の写真を撮影し、AIが搭載されているコンピューターに無線で送る。その画像をAIが解析して粒数を自動判定、その結果を利用者のスマートグラスに送り返して表示する(図2の画面右上の数字)。

 粒数の自動判定はスマートフォンのカメラでも行える。スマートフォンの場合は専用のアプリが開発されており、スマートフォン単体で判定することが可能。粒数の判定はどちらの場合もリアルタイムに行える。

 同技術の特徴は、「たくさんぶどうの房がぶらさがっている畑の中で、作業している房だけを検出できること」だと茅氏は強調する。

 茅氏によると「基本的に深層学習(ディープラーニング)による物体検出は、画像解析を行う際に、画像内の同じ特徴をもった対象物全てに反応する」という。例えば車を対象物とする場合、画像内に同じ特徴をもったたくさんの車があればその全てを検出する。このため、摘粒作業中の画像から粒数を自動判定させようとすると、背景に写り込んだ房にも反応してしまい、目的の房の粒数をうまく判定させられないという。

 そこで茅氏は、作業中の房だけを捉えるよう、学習データに位置情報を組み込んで深層学習を実施し、作業対象の房の粒数だけ数えさせることに成功したという。

「これが私たちの技術の大きな特徴のひとつで、特許も出願しています」(茅氏)

 さらに本技術では、1枚の画像から房の粒数を自動判定することもできる。その場合、画像に写っていない “房の裏側の粒数”はどのように数える仕組みになっているのか。

 茅氏は、AIに学習データを与える際、房の密度、かたまり具合、粒の大きさなど、房や粒に関するさまざまな画像を集めてグループ分けして、それぞれの画像に対応する粒数の正解も学習させた。その結果、実際の作業にあたって、AIが画像を解析する時に、こうした学習データを参照することで、1枚の画像の房や粒の様子から、房全体の粒数を自動判定できるという(※)。

※房をぐるりと回して複数枚の写真を撮影することで、より正確な粒数を判定することもできる

将来は「ぶどう成長シミュレーション映像」も

 現在「ぶどうの摘粒作業を効率化する粒数の自動判定AI技術」の開発は順調とのこと。ただしスマートグラスのインターフェイスには改良の余地があるようだ。

「いろいろな場所で実験を行っているのですが、例えば農業用ビニールハウスの中だと少し暗くて、太陽の下だと明るすぎて困ることが多い。こうした明るさ調整を含めたインターフェイスの改善を進めながら、農家の皆さんと実験を重ねることで、来年夏の実用化を実現したいです」(茅氏)

 この秋からは、さらに一歩進んで「『どの粒を切り落とすべきか』をAIが予測し教えてくれる技術の開発を開始する」と今後の展望も教えてくれた。

「今年はぶどう農家が粒を切り取っていく過程を全てビデオで撮影しました。この映像を使って『切り落とす粒はどういう粒なのか』についてAIに深層学習を行います。これをもとに、作業者のスマートグラス上でAIが『切り落とすべき粒』を矢印などで指示するような仕組みを開発できればと考えています」(茅氏)

 さらに茅氏は、ステレオカメラが搭載されたスマートグラスを活用し、摘粒作業中に、ぶどうの房の成長過程を予測したシミュレーション3D映像を表示する構想を持っている。

「ベテラン農家さんと意見交換したときに、摘粒作業中に何をしているのか聞くと、『頭の中でシミュレーションしている』とおっしゃっていました。その粒が成長したときにどんな悪さをするか予想して切り落としているというのです。こうしたベテラン農家さんの頭の中の映像を他の作業者も共有できれば作業がしやすくなるのではと考え、開発する技術のイメージを膨らませています。シミュレーション3D映像の表示技術は、2D映像から切り落とすべき粒を予測する技術を開発した後に手がけ、ぶどう農家さんの負担をさらに減らしていければと考えています」(茅氏)。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。