新聞社には日本全国を発行エリアとする朝日・毎日・読売・日経などの全国紙の他に、特定の地域で大きな販売シェアを持つブロック紙や地方紙といわれる新聞社が多くある。「コンテンツメディアコンソーシアム」にも、福岡県を中心とした九州北部ブロックで多くの読者を持つ西日本新聞社が幹事社として参加をしている。
主に地元の話題をその地域に住む読者に提供し、広告ビジネスでは地場の企業を主要な顧客としてきたブロック紙や県紙には、デジタル化にあたって全国紙とは異なったアプローチを考えざる得ない事情がある。今回のコンソーシアムへの参加も含め、西日本新聞社はこうしたデジタル化で直面する諸問題に対して、積極的に取り組んできた新聞社だ。
地方にある新聞社ならではの課題、これまでの取り組みなどを西日本新聞社の吉村康祐執行役員メディアビジネス局長に話を聞いた。
■地方の話題のポテンシャルは高い
西日本新聞社おけるデジタル化のチャレンジの多くに吉村氏は深く関わってきている。2014年に西日本新聞社は、デジタル関連の事業すべてを関連子会社の株式会社西日本新聞メディアラボに移管した。その代表取締役社長となったのが、それまでは紙の広告セクションで過ごしてきた吉村氏だ。
西日本新聞メディアラボは当初、ラジオ番組を制作する会社として設立され、その後ウェブサイト制作や運営受託なども手掛けるようになっていた。西日本新聞のウェブサイト運営も同社に業務委託されてきたが、デジタル業務を移管する一環で、これを自社事業としたため、デジタルメディアで稼ぎ出すことに本腰を入れる必要に迫られた。
「子会社としても稼がなきゃいけないという考え方に発想を転換しました。まずヤフーへの蛇口をちょっと広げる。ウェブ記事の見出しを付け替えて、ヤフーの(トップページの見出しの)13文字に合わせていかにして読まれるということを研究していました。」
吉村氏によれば、「ヤフーなどの大手ポータルサイトには、あまりニュースを提供しない」というのがそれまでの西日本新聞社の方針だった。しかし、「地方紙のコンテンツが、限界までやった時にどのくらいのPVを稼ぐのかという実証実験」と位置づけて、運営体制も整え配信を始めた。ネット上では全国紙の記事と並列して読まれる地方の話題が、その記事1本でどのくらいの読者数を獲得する事ができるのか。そのポテンシャルを見定めたいという思いもあった。
結果、この試みで、ヤフーニュースに記事を提供する地方新聞社の中で、実績はトップとなった。さらに自社サイトへの流入も増え、PV(ページビュー)が5倍ほど増えたという。
しかし、この結果を得たことで自信を得た反面、解決し難い問題も見えてきた。
「『ローカルのコンテンツにも日本中から読まれるものがある』ということに気がつくわけですね。でも多くの人に読まれているその割には収入が少ないと。そこをやっぱり大きなジレンマとして長く考えていました。大きな課題としては、やはり広告単価が非常に小さいと。それとパブリッシャー側として、プラットフォーマー側にお渡しする記事の対価、コンテンツの対価も安い。というところに大きな課題を抱えていました」
地方の出来事を書いた記事も、全国ニュースとして通用するものがあることがわかった。しかし、その本数は全国紙などに比べると少ない。そうなるとサイト全体のPVに左右される広告ビジネスだけでは苦しい。
「ウェブ広告収入だけでは非常に厳しいというのが、ローカルに行けば行くほどそういう課題感があるんじゃないかなと思います」
地方に本拠を構えるメディアはどこも同様の課題を抱えているはずだ。だが、危機感はあっても、対応策は各社それぞれで、一緒になって課題解決にあたる取り組みはこれまでなかった。単独では解決困難問題に悩んでいただけに、今回のコンソーシアムはまさに、渡りに船だったわけだ。
■地元でのつながりを継続していく
地方都市を拠点とする新聞社が抱えるデジタル広告の課題は他にもある。地方の新聞に掲載されている広告の多くは地元の企業の広告だ。地方銀行など地元の大手企業といったところもあれば、不動産業、自動車販売といったエリアに根ざした業種、さらには美容院や飲食店のような規模の小さな事業者の広告もある。メディアがデジタルシフトした際に、こうした広告主を取り込むことができるのか。
「地場で中堅以上の企業は、やはりヤフーやグーグルへの広告がメインになります。そうしたプラットフォーマーのエリアターゲティングなどを利用されているケースが多い。われわれの地場のメディアのウェブメディアに出稿というのはなかなか、予算をかけてはいただけないというのが実情でしたね。」
紙の新聞の時代は、地方の主要都市では大半の新聞購読者がそのエリアのブロック紙や県紙を読んでいた。札幌では北海道新聞、名古屋では中日新聞、福岡では西日本新聞といった具合だ。地方都市でも全国紙は購入できるが、地元住民が馴染んでいるのは地方紙だ。よって、地元企業は地元新聞に広告を出してきた。しかし、インターネットの利用者の多くは東京でも福岡でもヤフーでニュースを読み、グーグルで検索をする。ネット上で最も多くの地方読者を抱えているのはこうしたサイトで、さらにインターネット広告では、特定エリアの読者に向けて広告を出し分ける技術があるため、地方の広告主のニーズに答えることも容易だ。
長い年月をかけて築き上げてきた地元企業との関係性を今後も維持していくには、どうすればいいのか。西日本新聞グループの次の一手は意外なものだった。
2017年7月に位置情報データを用いたモバイル広告配信プラットフォームを開発した米国のスタートアップ企業チョークデジタル社に対し、西日本新聞グループで出資・業務提携を行った。これにより、西日本新聞社は広告を掲載するメディアとしてではなく、広告を配信するプラットフォーム側として地元の広告主にアプローチをかけることができるようになった。
「スマホにジオターゲティングの広告を出稿するという仕組みを利用できるようになりまして、地元の中小企業、流通店、自動車ディーラー、不動産業者とか、そういったところにモバイル広告を出稿しませんかという営業活動をやりました」(吉村氏)
さらにこの米国のスタートアップであるチョークデジタル社は、“カフェの店頭黒板(チョークボード)に書かれた今日のオススメをSNSにアップするような手軽さで広告が出稿できる”ことを目指してこのシステムを開発しており、街の飲食店や美容室など、これまで地方紙広告の顧客であった業種・業態を取り込むのに最適なシステムとなっている。
吉村氏によるとこの事業は好調で、実績の伸びも著しいとのこと。さらにこれを他の地方都市でも、そのエリアの地方紙と組んで展開しているおり「今7社ぐらい地方紙さんにご利用いただいている」という。
提携先の地方紙もやはり、広告代理店として地元企業の広告をこの仕組につなぐ営業を行っている。獲得した広告は自社メディアだけに掲載されるわけではないが、自社メディアの広告営業のみだと地元企業の要望に応えることができず、それだけを続けていると関係性が徐々に薄れていってしまう。それに対して代理店として営業することで、これまで築いてきた関係性を維持することができる。地方新聞社にとって、地元での信頼性を背景にした商店、企業などとの関係性こそが今後の命綱となる。それをデジタル広告のプラットフォームを利用することで維持することができるというわけだ。
※コンテンツメディアコンソーシアムは株式会社デジタルガレージの子会社である株式会社BI.Garageにメディア28社が出資する形で事業展開されています