ここまでは、デジタル広告とコンテンツ課金の課題について考察を重ねてきた。これら広告と課金にまつわる諸問題が全て理想的な解決を見れば、メディアはこの先も存続可能なのだろうか。
おそらく多くのメディア関係者は、そう楽観してはいないだろう。メディア周辺のビジネス環境が大きく変化した今、広告と課金収入だけでは、メディアのエコシステムを支える資金量は今後確実に不足するだろう。では他のどこから資金を調達すればよいのか。
富豪とファンドがメディアを買収
メディア(※ここでは主に新聞社のこと)の経営難が先行する米国の状況は深刻だ。もはや広告と課金だけで持続可能なメディアはないといっても過言ではない。イベント収入、ポッドキャストなど音声コンテンツなど、売上の多様化は進んでいるが、その規模は現在のところ大きくはない。では大きな資金はどこに存在するのか。
日本と異なり、メディアへの資本参加が比較的容易な米国で、資金の出し手として目立つのは、大富豪や買収ファンドだ。富豪が買収した例としては、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOによる『ワシントン・ポスト』以外にも、ボストン・レッドソックスのオーナーの投資家ジョン・ヘンリー氏が保有する『ボストン・グローブ』や、バイオテクノロジー企業への投資で成功した、医師で富豪のパトリック・シオン氏が買収した『ロサンゼルス・タイムズ』などがある。こうした名門紙は、オーナーがもたらした巨大な資金で一息つき、デジタル化をすすめるなどして、再生に向かおうとしている。
買収ファンドも資金の出し手であるが、こちらの思惑はさまざまだ。2008年にニューヨーク・タイムズ株式の約20%をファンドが保有していた事があった。当時はまだ、今後のデジタル化の進展などで、メディアにはポテンシャルがあると考えられていたため、買収後の事業分割・整理での収益性の向上、さらには新たな買い手への転売利益も視野にいれての投資という側面もあったと考えられる。しかし、その後メディアを取り巻く経営環境はより深刻になり、もはやポテンシャルが評価できる産業分野ではなくなった。
ただその後も、ローカル紙が次々と集約され、それがファンドに買収されている。斜陽産業であるはずのローカル紙を買い集める狙いはなにかと訝しく思うが、年々縮小しているとはいうものの、こうしたメディアには月々の購読料などある程度先の見込める収入がある。管理部門、印刷などの共通部門を集約し、最小限の記者だけを残して、大幅な人員整理をすれば、コストは小さくなり、しばらくの間は利益を吸い上げることができる。斜陽産業にありがちな末路で、デジタル化に無策であった自らが招いた結果という面もあるが、歓迎すべき先行例ではない。
デジタル化によって、従来テレビ・新聞・出版を支えてきた広告収入やコンテンツ課金収入をさらっていったデジタルネイティブな企業が前門の虎だとすれば、買収ファンドは後門の狼だろう。昨今、米国の地方都市メディアが直面している事態はさらに深刻で、虎にも狼にも見放され、次々と消滅しつつあり、存続ではなく、一旦消滅した後の再生のための資金を探しているようなありさまだ。
もはやメディアは“支援”の対象に
では、広告でも課金でもなく、大富豪にも頼らずにどうすればいいのか。ジャーナリズムやアートなどの支援を手掛ける米国の非営利団体ナイト財団(John S. and James L. Knight Foundation)ではメディアのエコシステムについても多くの調査を手掛けているが、 Mark Glaser氏による レポートには、これまでの広告・購読料からの収入にかわる、5つの新しいメディア維持のための手法が紹介されている。
その5つとは「コープ(協同組合)」、「政府支援」、「公共メディアとの統合」、「州レベルでのメディアエコシステムのサポート」さらにはメディア企業の「非営利化」だ。
米国では、地方都市やローカルコミュニティで活動するメディアやジャーナリストが消滅しつつあり、それを維持するためメディアのエコシステムを支える新しいモデルが必要とされている。経営危機に瀕したメディアに手を差し伸べるのは、州政府や地元自治体、公共放送など公的な機関やNPOだ。こうした組織がメディア運営資金やジャーナリストの雇用、訓練を受け持ち、活動の場を創出するなど、地域でのメディアのエコシステムを維持しようとしている。
それぞれの動きについてもう少し詳しく見ていこう。まず「コープ(協同組合)」だが、これは日本にもある生協などと同じく一般から出資金を募る。2009年に創業したカリフォルニア州のデジタル紙『Berkeleyside』は、購読者などによる、新聞の共同経営方式を採用している。同社は2018年に新聞社としては全米初となるDPO(Direct Public Offering)を用いて自社の株式をカリフォルニア住民に直接公開し、約350人の市民から100万ドル以上の資金を得た。この方式は主に小規模の地方紙が採用している。出資の見返りは各社さまざまだが、どの様な調査報道を行うかなどの提案をしたり、理事会のメンバーとなることができる。
さらに州政府による支援としては、ニュージャージ州では2018年に「Civic Info Consortium」が設置され、地元メディアを支援するために州政府が約200万ドルの予算を確保した。(※コロナの影響でこの予算は凍結。しかし21年度には50万ドルの予算が新たに確保された)また、直接的な資金提供でなはないが、ニューヨーク市では市が使う広報予算をより多く、多言語発信をする小さなコミュニティメディア(米国では小規模なメディアはマイノリティーのための英語以外のメディアであることが多い)などに投下し、こうしたメディアが維持できるように努めている。
公共放送もジャーナリストの職場確保に一役買っている。寄付と連邦政府の予算で運営される公共メディアはラジオのNPRとテレビのPBSが存在するが、近年、こうした公共メディアが単独では生き残りが難しいスタートアップデジタルメディアを吸収する動きが見られる。例えばコロラド州デンバーでは、昨年コロラド公共ラジオがスタートアップのDenveriteを買収し経営の安定化を図った。またワシントンにあるNPR加盟のラジオ局WAMUは、一旦は閉鎖した地元の人気デジタルメディア『DCist』を買収し再開にこぎつけた。
さらに、メディアエコシステムを維持するNPOの活動もある。ニューメキシコ州では昨年、地元メディアや学生を支援する目的で非営利団体「New Mexico Local News Fund」が創設された。非営利団体はフェローシップなどを通して記者への資金援助や取材協力を行っている。
これらの支援策は、どちらかといえば規模の小さなローカル紙やコミュニティメディア向けの例が多い。
多様な組織が非営利化メディアに寄付
より規模の大きなメディアで注目されるのが非営利化の動きだ。非営利メディアには大きく分けて2種類ある。ひとつは初めから非営利のメディアとして運営しているもの(政治ニュース専門サイト『ProPublica』や『テキサス・トリビューン』など、そのほとんどはデジタルだけ)。さらに近年目立つのが、元々営利目的の新聞社が非営利団体化するもで、ペンシルベニア州で200年近くの歴史を持ち、数々のピューリッツァー賞に輝いてきた『フィラデルフィア・インクワイアラー』(「Lenfest Institute for Journalism」という非営利団体が所有する営利企業という位置づけ)や、昨年非営利化したユタ州の『ソルトレイクシティー・トリビューン』などがある。非営利のメリットとしては、財団や企業からの寄付を受けやすくなることと税負担が軽減されること、さらには大株主やオーナーなど特定の外部勢力の影響を受けにくいことが挙げられる。一方で非営利であるがゆえ、メディアを使って特定の政党や候補者を支持することは法で禁止さている。
こうした非営利メディアは、個人、企業、財団などからの寄付や各種助成金など複数の資金源から成り立っている。成長分野ではないため、一般的な利益追従型のVCがから資金提供を受けることは難しいが、ベンチャー・フィランソロピーという主に非営利組織に資金提供を行う組織からの援助も期待できる。ジャーナリズムの分野ではAmerican Journalism Projectという組織があり、前出のナイト財団などの、旧来の篤志家が設立した財団など以外にもフェイスブックのジャーナリズムリズムプロジェクトなどの企業基金から資金を調達し、ローカルニュースのエコシステムの維持のために資金援助や経営支援を行なっている。
非営利の成功と困難
非営利メディアの成功例といわれているのが『テキサス・トリビューン』だ。テキサス州でベンチャーキャピタリストのジョン・ソーントン氏が2009年に地元企業などから約3.6億円の寄付金を募り、非営利のオンライン・ニュースのサイトとして創設された。地元テキサス州の議会や行政に特化した公共性の高いニュースを扱い、事件事故などの一般のニュースは扱わない。
創設から9年の間で5600万ドルの資金を調達しているが、報道によるとその内訳は48%が個人や基金からの寄付、19%が企業のスポンサーシップ、18%イベント収入で、これには毎年9月に開催される地元の一大イベント「Texas Tribune Festival」などが含まれる。有料メールマガジンなど個人のメンバーシップから得ているのは10%ほどにすぎない。
もうひとつの成功例『ProPublica』は、その活動内容について詳細なアニュアルレポートを公開しているが、それによると2019年には寄付や助成金で3300万ドルの収益がある。同社は2010年にはオンライン・ニュースとして初めてのピューリッツアー賞を受賞しており、報道内容にも定評があるが、レポートによると、ニュースにかかった人件費などのコスト(News salaries, payments and benefits)は約1969万ドルにすぎない。
一方、非営利であっても営利メディアからの転換、特に紙の新聞を保有する場合は、そのコストを負担し続けるのは難しいようだ。『フィラデルフィア・インクワイアラー』は今月になって、印刷工場を閉鎖売却し、500人を解雇することを自社の媒体で公表している。この記事の中で同社が運営するデジタルメディア「Inquirer.com」には約45,000の有料デジタル加入者がおり、イベントやその他の事業で補完が進んでいると述べてはいるが、1998年には100万部を超えていた日曜版も、直近では16万部弱と急減しており、収益も2011年の2億5,690万ドルから2019年には1億3,950万ドルと大幅に減少している。
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米国の動向を見る限り、メディアにとって広告、課金に加えて有望な資金源とみなされているのは、寄付や助成金のようだ。その受け皿として“いっそのこと非営利化してしまう”という戦略はもはや米国では突飛なものとは言えなくなっている。課金で成功していると言われるニューヨーク・タイムズも、同社が進めるいくつかのプロジェクトの資金源として寄付や助成金を必要としており、そのためにシアトル・タイムズで実績を上げてきたSharon Pian Chan氏を慈善団体担当のバイスプレジデントに迎えている。
NYTほどの企業規模(2019年度売上18億ドル)では無理だが、年間数十億〜数億円で運営されているメディアであれば、寄付や助成金などを主な収入源のひとつとしてやっていくことは可能だろう。米国では今後、ジャーナリズムを支えていく資金は寄付や助成金であり、メディアはその規模を収入に見合ったサイズに縮小し。環境保護や社会福祉関係などの非営利団体と同じく、主にNPOとなって継続していくことになるのかもしれない。
(調査・執筆協力:新垣謙太郎)