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―メディアの課題7― 課金プラットフォームを活用するには(後編)

―メディアの課題7― 課金プラットフォームを活用するには(後編)

―メディアの課題7― 課金プラットフォームを活用するには(後編)

 前編では、コンテンツ課金を始めるにあたっては、電子版の有料化だけではなく他マネタイズも視野に入れておく必要があること。さらにあらゆるマネタイズの基礎となるデータを、“賢いデータ”に育て上げる必要性について説明してきた。次にコンテンツ課金をスタートさせてからは何をすべきなのか。前編に引き続いて、江川氏のお話からその要点を整理してみた。(前編はこちら

■成果を拡大するには“回し続ける”

 サイトに頻繁に訪れ、有料課金の会員になり、イベントにも度々参加してくれる。こうした優良な顧客をひとりでも多く確保するためには「カスタマージャーニー」を構築し、各段階でタイミングよく働きかけを行い、顧客との距離を近づけていく必要がある。そのための施策は時により、また相手により最適なものが異なるため、常時さまざまな試みが必要であり、またその成果についての検証も必要となる。いわゆるPDCA(Plan・Do・Check・Action)を回すということだ。(PIANO Japan提供の下記図2参照)

図2(PIANO Japan提供)
図2(PIANO Japan提供)

 課金システムを導入し、PVや会員数などの実績数字を眺め、それに一喜一憂するだけでは期待した成果を得ることはできない。顧客の様子を見極めて、適切なプロモーションを次々と実施するといったようなことは、これまで顧客と直接向き合うことがなかったメディアが苦手とする部分だが、工夫の余地が多く、それが実績につながるためやりがいのある仕事でもある。

 インタビューの中で江川氏は、実例としてある海外雑誌媒体の有料会員数の伸びを示す右肩上がりのグラフを示し、「加速度的に収益を上げるには、どういうユーザーに対してどういうアクションをとればいいかということをアドバイスします。例えばデータ分析の結果や他社の成功事例であるとかをメディアの方々にお伝えして、いろんな施策を回すことによって成功体験を作るのです」と成果につながる継続的なコンサルタントを実行しており、そのアドバイスに従って動き続けることが大切だと説明してくれた。

 こうしたことの必要性は、メディアの担当者も頭では理解している。だが一方で、家電や化粧品では有効なマーケティング手法を、そのまま持ち込んでも上手く行かないのではないか、という懐疑的な気分がメディア企業内にはある。「読みたければ買う、読みたくなければ買わない」それが全てで、顧客の好みに合わせて記事を作ることはできない。という考え方が根底にあるため動きが鈍くなるのだ。

 しかし、ここ数年でデータ解析の技術は進歩し、データから見える顧客像の解像度は上がってきた。メディアの商品(つまり記事)に読者がお金を払ってもいいと感じるのは、どのタイミングで、そこでどんなプロモーションが効果的なのかを比較測定するツールも整っている。さらに課金の方式も「無料会員は月何本まで閲読可」という一律の方式ではなく、個々の読者に合わせて無料域を変化させる事ができる「ダイナミックペイウォール」など細かな施策が可能だ。他メディアの成功例なども参考にしながら、施策を次々と試していけば、売上は大きくなるはずだ。

■メディア内部の課題について

 十分なツールやシステムが用意され、有効な手法が提案されていても成果につながらないとすれば、それはメディア内部に問題がある。前述したようにマーケティングの有効性を疑い、それが払拭できないでいること。また、口では「デジタルファースト」と言いつつも、人材配置や社内資源配分ではまだ紙媒体関連ビジネスを優先させているなら、そういったメディアからは、成功例は生まれないだろう。

インタビューに答える江川氏
インタビューに答える江川氏

「コンテンツ課金を成功させるにあたって、メディア内部の課題は何だと思いますか」という問に対して江川氏は、「総じて言えるのは、ほとんどのお客様はダッシュボードを用意して、サイトの中を知ることができる環境を用意されています。ですが、用意されている環境に対して興味を持ってアクセスする人がどれだけそれぞれのメディアにいるか、というところがまずひとつめの課題かと思います」と、まだ初歩的な部分での課題を残していることに対しての指摘があった。

 もちろん、広告営業の担当者は媒体資料向けのサイト利用者数やその大まかな属性についてはよく知っているだろう。また、時々刻々と動く、記事毎のPVや人気記事のランキングといった実績データを興味を持って眺めている記者や編集者も多いと思う。しかし、マネタイズにつながるより詳細なデータ、つまり前述した“賢いデータ”から導き出される分析結果を理解し、それを自分の仕事に反映させてよりマネタイズの成果を拡大しようという動きはまだ限定的だ。

 また、メディアにはデジタルビジネスを推進するための人材が不足していると感じることはないかと聞くと、人を新たに採用することも必要かもしれないが、現有の人材の意識改革と配置転換で対応できるのではないかというのが江川氏の見立てだ。

「そもそも優秀な人材を抱えているはずなので『デジタルで死んでこい』ぐらいの勢いで(笑)。『このユーザーにこうしたらどうなる?』ってことをひたすら回せば、勘所がわかってくると思います」と、内部人材の育成を図るのがよいのではないかという現実に即したアドバイスに加え、不慣れな人でも利用できるツールを用意するのが同社役割であるとのことも付け加えた。

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 インタビューの中で、他にもいくつか興味深い示唆があった。

 ひとつは広告の売上についてだ。ペイウォールを設けると一般的にはPVが減るため、広告収入減は仕方ないと考えがちだが、「広告とコンテンツ課金で、車の両輪のような環境を作っていくって事ができる」というのが江川氏の持論だ。

 ただ、そのためには「PV単価いくら」のこれまでの広告とは異なった広告商品を作る必要がある。前述のようにコンテンツ課金を実施するにあたって顧客データを整備することで、媒体の読者像はより明確になる。そこから新しい広告商品を作り、そのデータを利用した営業スタイルを作り上げるのだ。おそらくそれは広告主のニーズに合わせて、広告商品を設計するといったものになるので、手離れはよくないが、単価の上昇は期待できる。そしてそれがPV至上主義からの脱却の第一歩となる。

 また両方の売上を最大にするために、課金と広告でそれぞれどのくらい売上を作るのかという現実的な目標を予め設定しておき、その計画に従ってペイウォールを設ける場所を詳細にコントロールする必要がある。それでPVを生み出す無料会員を失わないようにしつつ、最適なタイミングで有料側に取り込む事ができれば、それがベストのサイト運営だ。

 もうひとつはごく小規模なメディアについてのアイデア。

「PVで(広告で)儲けることが難しかったメディアでも、サブスクは可能性が十分あるのかなと。バーティカルメディアなど本当に深く刺さったユーザーにそれなりの金額でサブスク会員になっていただくっていうようなビジネスモデルも可能かなと思います」(江川氏)

 大規模なメディアを課金だけで維持するのは難しいが、極めて少人数で運営するメディアであれば、サイト運営のコストを圧縮していけば上記のようなことも確かに可能かもしれない。全顧客の属性が明確な特定のジャンルの媒体ができるとすれば、それはそれでまたいろんな可能性がありそうだ。

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 江川氏の話から浮かび上がってきた課題は、どれも当たり前にやるべきことだが、きちんとやり遂げることは難しい課題だ。しかしやり遂げなければ、メディアには未来がはない。いや、やり遂げたとしてもまだ足りないかもしれない。

北元均 Written by
朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。