サイトアイコン DG Lab Haus

学生のアイデアから「お坊さんにGPS」が生まれる タイの起業家教育その仕組み

タイの学生デザインエンジニアリングコンテストにおいて「お坊さんにGPS」で受賞した高校生たち (写真提供:NSDTA)

タイの学生デザインエンジニアリングコンテストにおいて「お坊さんにGPS」で受賞した高校生たち (写真提供:NSDTA)

 タイのお坊さんの日課として、鉢を持って歩き、寄付を集める「托鉢」がある。

GPSが内蔵された鉢をもって托鉢に回るタイの僧侶。タイの高校生が開発したプロジェクトだ。 (写真提供:NSTDA タイ国立科学技術開発庁)

タイは敬虔な仏教徒が多く、托鉢に来るお坊さんたちに、毎日寄付をすると心がけている人が多い。とはいえ、道端で露天商でもしてないかぎり、お坊さんが通り過ぎることに気づかず、寄付の機会を逃してしまう。

 そこで登場したのが、「タイFablab 学生デザイン&エンジニアリングプロジェクトコンテスト(Fablab Thailand Student Design and Engineering Project Competition 2020)」で賞を受け、メディアでも大きく採り上げられた「寄付の機会を逃さないために、お坊さんが托鉢で持ち歩く鉢にGPSを内蔵し、スマホアプリでお坊さんの位置を把握する」というソリューションだ。

 タイでは、こうしたユニークな学生のアイデアも、きちんと動作するプロトタイプを作成して、他人に評価してもらうPoC(Proof of Concept=概念実証)につながってゆくのだが、これはタイ政府と産業界の協力が実を結んだ結果だ。

「コミュニティに役立つ」を学生たちの工房で

 ほぼ全国の高校が参加しているこのコンテストは「タイのコミュニティに役立つ」ことが目的だ。「ハードウェア」「ソフトウェア」「インターネット上のサービス」を組み合わせ、チームで取り組む形は、スタートアップのインキュベーションプログラムにも似ている。

スマホアプリでお坊さんの位置を見ることができる。3Dプリンタでできた筐体も、無線通信の仕組みも見事だ。(写真提供:NSDTA)

「お坊さんにGPS」のようなソリューションは、タイの文化を理解していないと作ることができない。筆者も最初にこの話を聞いたときは、管理者が「お坊さんがサボっていないか」を監視するためのものじゃないかと、とんでもない勘違いをしていた。外国人が聞いてもわからないようなプロジェクトは、充分プロダクトになりえる。

 “お金を払いたくてたまらない人”相手のサービスというコンセプトも面白い。さらにPoCで開発したプロダクトも、「筐体デザイン」「スマホアプリ」「無線通信の仕組み」含めて見事なものだ。ハード、ソフト、デザイン、アイデアが見事に融合して、チームワークで立派なソリューションを作り上げており、そのクオリティはスタートアップとしても通用するレベルだと筆者は考えている。

 この他にも、蘭の名産地であるタイ北部のメーサリアンにある高校からは、IoT温室のプロジェクトが紹介され、こちらも賞を獲得した。蘭の植生を熟知した高校生たちが、IoT制御で蘭の開花時間を倍に伸ばすプロジェクトを作ったことが評価されたものだ。こうした審査基準からも、「タイのコミュニティに役立つソリューション」というコンテストの目的と、産業界と研究開発をつなげようという姿勢が伺える。

蘭の産地である高校から応募された、IoT温室のプロジェクト。温度制御のコンプレッサーは壊れたエアコンを再利用している。 (写真提供:NSDTA)

全国の高校にデジタル工作工房

 このコンテストにタイほぼ全土の高校が参加しているのは、各校に3Dプリンタなどを備えたデジタル工作工房が整備されたからだ。

 コンテストを主催したタイ国立科学技術開発庁(NSTDA,Thailand National Science and Technology Development Agency)は、日本の産総研やNEDOにあたるような政府の外郭団体だ。当初はタイの科学技術省の監督下にあったが、2019年からこの分野は「高等教育・科学・イノベーション省(Ministry of Higher Education, Science, Research and Innovation)」として教育と研究と経済を担当するいくつかの庁を統合して格上げされた。

 前回のレポート『IoTとAI教育で「中進国の罠」からの脱却を狙うタイ』でお伝えした、20万台のマイコンボードを配布といったダイナミックな施策からも、タイでのこの分野への力の入れ具合が感じられる。全国の高校に工作工房を整備しマイコンボードを配布したのも、このコンテストの主催をしているのも国立科学技術開発庁で、教育界と産業界にまたがる領域から、タイのイノベーションを推進させようとする意図が伺える。

台湾のKinpoグループがコンテストをスポンサード (写真提供:NSDTA)

 審査には産業界からも審査員が参加し、研究開発的なモノづくりで終わらせない意図が見える。今回のコンテストは、台湾から新金宝グループがスポンサーとして参加し、タイ国内を超えて東南アジアの連携を感じさせるものになった。

 新金宝グループは、3Dプリンタ企業のXYZ Printerを傘下に持ち、社員数6万人を超える巨大EMS(electronics manufacturing service 、電子機器受託生産)企業だ。EMS最大手のFoxconn(鴻海科技集団 )には及ばないが、アジアでは名が通った企業と言える。

チームを作り、問題解決をする行為が起業家を生む

産業界からも多くの審査員が参加した。 (写真提供:NSDTA)

 このコンテストを通して参加者は、自分たちの社会に存在するが、まだ解決されていないペインポイントを把握する。それを解決するプロトタイプを、チームを組んで自ら作り上げ、その解決策が実際に役立つという概念を実際にサービスを動かすことで実証する。こうして、起業家にとって必要な一連の流れを体感した学生が多く生まれたことは非常に意味がある。

 現在は「ASEAN間の科学政策をつなげる」部署に所属するモーン博士(Morn Kritsachai Somsaman)は、メイカー教育を数年前からNSTDAとして企画し、今回の台湾の新金宝グループとの提携の実現にも尽力してきた。同博士は、毎回東京で開催されるメイカーフェアにも訪れており、日本のDIYレベルを高く評価している。さらに、過去のコンテストで優勝したタイの高校生をシリコンバレー視察に、そして準優勝の学生たちは日本視察に連れてきたほどだ。

 日本もDIYでは宝の山を抱えている。政府や産業界との連携についても、やはりタイから学ぶべきことは多いと感じる。

モバイルバージョンを終了