世界最大のIT・家電展示会「CES(Consumer Electronic Show)」が1月11日から14日まで開催された。例年、米国ラスベガスの広大な展示会場を利用して多くの人を集めてきたが、コロナ禍の今年は、初めて完全オンラインでの開催となった。世界中の人々がコロナ感染の不安にさらされている現実を踏まえ、家電や通信関連の企業も「安全」「清潔」などをキーワードに、コロナ対策と関連付けて自社の商品やサービスをアピールする姿が目立った。さらに、こうした状況下ゆえに今回のCESで注目度が高かったのはヘルステック関連だ。各社とも世の期待に応えるべく、さまざまなコロナ対策製品の提案をしていた。目についた製品をいくつか紹介したい。
ここアメリカでもマスクの着用がすっかり定着した。より高機能なマスクを求める消費者向けに、心拍数のモニタリングや空気洗浄機能などが装備された「スマート・マスク」も、今回のCESでは数多く紹介されていた。
自ら世界初の“air wearables company”を名乗るスタートアップのAirPopは、新しいマスク「Active+」を発表した。このマスクに装着された直径25mmのセンサーは、ユーザーの呼吸データや周囲の空気汚染度を測定し、その情報を専用アプリに送信し、それによって利用者の健康状態を管理することができる。健康管理のためのスマートウォッチは数多く存在しているが、これはそのマスク版である。
マスク内に取り付けられた使い捨てフィルターは空気中の微粒子を99%カットし、センサーがフィルターの交換時を知らせてくれる。同社は2015年から「新しい形のマスク」を開発してきたが、センサーを使用したマスクのスマート化は本製品が初めてとなる。北米において2月から149.99米ドル(約1万5千円)でオンラインの販売開始を予定している。
また、ゲーム周辺機器を開発しているRazer(本社・米サンフランシスコ)は、口元が見えるように透明の素材を使用したスマート・マスクのプロトタイプを発表した。このマスクは、声がこもらないようにマイクやアンプを備えており、見栄え良くマスク内を照らす照明も内蔵している。同社は世界中でコロナ感染が拡大した当初から一部の生産ラインを医療マスク製造に転換し、100万枚を医療機関に寄付したことでも有名になった。まだ実用段階には至ってはいないが、「Project Hazel」と名付けられたこのマスクは、両頬の部分に付けられた交換可能な空気フィルターがウイルスを遮断し、マスクをチャージするためのケースはUV殺菌も行えて繰り返し使用できる環境に優しい「進化系N95マスク」として注目されている。
マスクが苦手という人には、空気洗浄機が付いたヘルメット型のフェイスシールドがある。米国のSeguroが開発した「Airsafe」は医療現場でも使用されている高性能の空気洗浄装置「HEPAフィルター」を搭載している。このフェイスシールドは、頭の後ろから取り入れた外気をフィルターで洗浄した後、ヘルメット伝いに顔面へと送る。これによって常にフレッシュな空気が鼻や口を覆うことになる。フェイスシールドには口の部分が覆われていないハーフサイズのものもあり、飲食にも差し支えない。同社は300〜400米ドル(約3万1千〜4万1千円)で今春の発売を予定している。
今年はこうしたスマート化したマスクなどを着用して、外出する人々が世界中で増えるかも知れない。
新たなコロナ対策製品が次々と登場する一方で、コロナ以外の医療について「TELEHEALTH / TELEMEDICINE(遠隔診療)」の割合が、米国ではこの1年で急上昇しているという。
アメリカ南部ジョージア州を拠点としてIoTソリューションを提供するKOREのブライアン・ルーベル氏は、「このパンデミックで遠隔医療の分野は急成長しています。新型コロナ感染患者の急増により、病院などの医療機関は逼迫し、それ以外の患者は遠隔で診療を受ける必要性が生まれました」と話す。
同社によると、昨年アメリカではコロナ感染防止のために一般患者の約半数が直接病院へ足を運ばず、通院を避ける傾向にあったという。このため医療のデジタル化、遠隔治療は急速に進んだ。今回のCESではこうした現状に対応する技術も紹介されていた。
日本のオムロン・ヘルスケア株式会社は、遠隔患者モニタリングシステム「VitalSight」を出展し、デジタルガジェットニュースサイトであるEngadget主催の「BEST of CES2021」において、今年の「BEST of CES2021(デジタルヘルス&フィットネス部門)」を受賞した。
この製品は、遠隔診療を支援するセットで、血圧計や体重計などバイタルデータ計測器と通信ハブがひとつのセットになっている。患者が自宅で計測したデータが簡単な操作で、かかりつけの医師などとオンライン共有できるようになっており、万が一、血圧などに異常が出た場合にはアラートが発せられる。これにより、心臓発作や脳卒中などを予防するために定期的に通院せずとも、遠隔から診療で対応ができる。
また、アメリカのBioIntelliSenseは胸に直接貼り付け、ユーザーの健康状態を継続的に測定できる使い捨てのパッチを開発した。こちらはCES 2021のイノベーションアワードを受賞している。
500円硬貨ほどの大きさの「BioButton」は90日間使い続けることができ、防水機能もあるので身につけたまま入浴も可能だ。スマートフォンのアプリに同期させて体温や心拍数、呼吸速度などのデータを管理し、日々の健康レポートを作成する事ができる。それに加えて、睡眠時間、せきや嘔吐の回数なども記録する。これらのデータは、医師や医療機関などとも共有することで、医療従事者などの健康管理にも役立っているという。
さらに、こうしたバイタルデータからコロナ感染の早期検知を目指しており、現在、ミシガン州のオークランド大学と提携し、このデバイスを利用して大学スタッフや生徒のコロナ感染の発見に努めている。また、コロラド州では12月から地元医療機関と協力し、ワクチン接種後の患者の健康状態を管理するためにも使用されている。
サンディエゴを拠点とし、ベンチャーキャピタルを主に取り扱う弁護士事務所Cooleyのウェインライト・フィッシュバーン氏はCESのパネル・ディスカッションでコロナ禍におけるデジタル医療分野の市場について、「(コロナ禍により)デジタル医療の分野はようやくメインストリームになった」と話した。
同氏によるとアメリカにおける2019年の遠隔診療の利用者は11%に過ぎなかったのに対し、2020年は76%まで急上昇した。またデジタル医療関連の世界市場に対する投資金額は2019年には約97億米ドル(約1兆59億円)だったのが、2020年には約147億米ドル(約1兆5200億円)まで増加し、過去最大の規模になっているという。さらにGlobal Market Insightsが2020年6月に発表したレポートによると、2019年に1060億米ドル(約11兆円)規模だったデジタル医療のグローバル市場が、2026年には6349億米ドル(約66兆円)に急成長するとの見通しを示した。
コロナ禍により世界規模で急成長の見込まれる市場ではあるが、急速なデジタル化にともなう問題点もあると専門家は指摘する。
「デジタル・ヘルス2020:伝染病のルール」というタイトルのパネル・ディカッションでは、急増するデジタル医療の需要に比して、ブロードバンド回線などのインフラが追い付いていない点が指摘された。また、医療に関する個人データの管理や遠隔診療における診断の正確性、そして料金設定の問題(遠隔診療と通院した際の料金の違い)なども課題として挙げられた。
パネルに参加した健康政策の専門家であるインダー・シン氏は、こうした医療のデジタル化、新型デバイスの開発も重要だが、最も重要なのは今回の新型コロナ感染で学んだ教訓を決して忘れないことだと強調した。
「(アジアを中心として広まった)2003年のSARSは1〜2年で人々は忘れ去ってしまいました。2009年の豚インフル(H1N1)も半年も経たないうちに、忘れられてしまいました。私が希望するのはこのコロナが終息したとしても、次に向けて準備をすすめること。そして、決してこの経験を忘れないことです」
コロナの終息までにはまだまだ時間がかかりそうだが、手元にあるテクノロジーを駆使して私たちはこれからも闘って行くしかない。